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#030


 転移の瞬間。

 まぶしい虹色の輝きが視界一杯にひろがった。

 これ、他の転移魔法陣とは、どうも別物っぽい。

 体感的にも、いままでのは、転移終了まで一秒もかからなかったのに、これはもう三、四秒くらい、ずっと、よくわからない光の空間を漂ってる感じだった。

 しゅんっ、と、視界の光が消えたとき。

 わたしは未知の場所へ降り立っていた。

 それまでの石造りの通路や広間じゃなく、自然岩の洞窟。

 ダンジョンの出入口付近と同じような見た目だけど、漂う空気は、重く、沈殿している。

 長い間、誰もここに足を踏み入れたこともないんだろう。物音ひとつ聴こえず、照明もなく、まったく光も差さない、完全な暗闇。わたしは『暗視』魔法のおかげで、問題なく見えてるけどね。

 で、見ると、足元に転移魔法陣がない。なんと一方通行とは。

 わたしの場合は『転移』の魔法で普通に帰れるだろうけど、そうでない人は、どうやってここを出るんだろう?

(だって、ここ、あたしを完全に閉じ込めるための場所だもん。出口なんてないんだよ)

 とは声ちゃんのコメント。ダンジョンの通常階層とは根本的に別物の空間……地下の牢獄ってことか。いやダンジョンって本来そういう意味らしいけどね。

(そのまま、まっすぐだよー。はやくきてっ)

 なんだか今までより一段、声ちゃんの声が、よりハッキリ聴こえるようになっている。本当にすぐ近くにいるみたい。

 わたしはいよいよ足取り軽く、ごつごつと隆起する岩の上を踏み越えながら、ぴょんぴょん先へ進んだ。

 やがて洞窟の行き止まりに辿りつく。

 行く手を阻むのは、岩窟に忽然とそびえる、黒い壁面。

 扉……じゃないな。これはどう見ても、隔離するための壁。

 これは、どうすればいいのかな?

(んとねー。あなたの魔力を、その壁に流し込んでみて)

 魔力を流し込む? 壁に?

(壁に、手をつけてー、……あ、そうだ、さっき、悪い子をやっつけた魔法があるでしょ? あれ、やってみて)

 ふむふむ。壁に手をつけて、壁に向かって回復魔法をかけると。なるほど、それなら簡単だ。

「ほいっと」

 両手をのばし、黒い壁に、ぺたーと両手をつけてみる。ヒンヤリ、つやつやの感触。金属じゃないな。黒い石壁? なんでもいいか。

『極大治癒』

 魔法を発動させる。サファイアの輝きに似た蒼い魔力が、わたしの手から、黒い壁へと伝わった途端……。

 壁全体が、いきなり青くまばゆく発光した! ちょっとびっくりした。

 と見てると、壁のあちこちに亀裂が生じ、ほどなく。

 がらがらと激しい音をたてながら、わたしの目の前で、それはもう盛大に、黒い壁が崩れ落ちた。

(やったー! これで、お外に出られるっ!)

 脳内響く歓喜の声。

 崩れた黒壁の先にあったのは、壁も床も天井も、灰色の鉄板のようなもので覆われた、ごく小さく狭い空間。内部はせいぜい二メートル四方というところ。

 その鉄の床の上に、わたしの小指の先くらいの、ほんとに小さな金色の球……みたいなものが、ふよふよと浮かんでいた。

(やっと会えたねー! はじめましてー!)

 その小さな金色の球が、わたしのもとへ、いそいそと、浮かび漂ってきた。

 ……えっと。これが?

(そうだよ! あたしだよー! むかしはねー、もーっと大きかったんだよー! でもね、ここに閉じ込められて、こんなになっちゃった)

 そっかー。苦労したんだなー。

 金の球体は、かすかに発光して、かろうじて存在を維持しているように見える。感じられる魔力は小さく、弱々しい。

(でねっ、あなたが持ってる、そのキラキラがあれば、あたし、また大きくなれるんだよ! 昔ほどじゃないけどね)

 あ、そうか。そういえば、もともと、そういう目的で、ここまで来たんだった。

 ワンピースのポケットに放り込んでいた召喚石を取り出す。

 で、これを、どうすればいいのかな?

 召喚石の制御術式を起動するには、ごく微量の「マチン粉」という薬品が必要になる。これは冒険者組合で、一種の興奮剤として売られてるそうな。ただ服用量を間違えると、ぶっ倒れて、場合によっては死に至るというから、普通に毒物だと思うんだけどね。

 名前から推測するに、たぶん硝酸ストリキニーネかと……。

 なんでマルボレギアが、そんな毒物を起動キーに設定したのか、いまとなっては知る由もない。冒険者なら簡単に入手できる薬品だからとか、そういう事情かもしれないけど。

 で、当然ながら、わたしは、そんな危険な薬品、持ってない。

(んー? なにもしなくていいよー。そのまま、がぶっ、ていっちゃうから!)

 おお。それはまた豪快な。

 では、はい。

(いっただきまーす!)

 わたしが、両手に召喚石を載せて、前へ差し出すと、金の光球が、うれしそうに、その表面へ、ひたと取り付いた。

 パキン! と、晶石の一部が割れ砕ける。

 たちまち膨大な魔力がそこから溢れ出し……。

 ぎゅろろろろろー! ずずびずううぅー! ぶじゅるるじゅうううー!

 と、なんとも凄まじい音を立てて、金の光球が、晶石から溢れる魔力を、猛然と吸ってゆく。

 なんか、うどんでも啜ってるみたいな音だ……。

 そうと見る間に、金の光球が、わたしの目の前で、急激に膨れあがりはじめた。

 召喚石の魔力を取り込んでいってるんだろう。

 まるであれだ、コンプレッサーでヘリウム風船を一気に膨らませるやつ。あの様子に、ちょっと似てる。

 そのまま巨大な球体になるのかと思ったら、そうではなかった。

 黄金の輝きはそのままに、球体から、ぐにぐにと形を変えはじめて……。

 あっという間に、わたしと同じくらいの背丈の、人間の子供っぽい形になった。

 といっても、目鼻も口も何もなくて、金に輝く、人型の光の塊、って感じの外見。

(ぷはー! ごちそうさまー!)

 本当に、うどん一杯たいらげた、みたいな声で、すっかりご満悦なご様子。

 いえいえ、お粗末さまで。

 手に載せていた召喚石は、完全にカラッポの抜け殻になっていた。

 これで一応、目的は果たせた……のかな?

 ……それで。

 あらためて、あなた、いったい何者なんですか?

 わたしの疑問に、目の前の光る人型は、ちょっと困ったような仕草で、首をかしげてみせた。

(んー。わかんない)

 え? まだ思い出せない?





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