目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報
#029


 ダンジョンの入口をくぐってから、体感で一時間ほどになるだろうか。

 ここまでの道中で、ゴブリン、コボルド、オークといった定番の低レベルモンスターを打ち倒すこと、数も知れず。

 オーガーという、身の丈三メートル近い人型モンスターもいた。頭に二本の角が生えてて、人食い鬼とかいわれてるやつ。他に地上にもいた熊の化け物、レグザベアなんかも。

 もっとも、オーガーだろうとレグザベアだろうと、わたしの攻撃魔法の敵じゃない。大群だって一撃で全滅余裕だ。

 モンスターより厄介なのは、各種のトラップ類。落とし穴、壁から弓矢、床から噴き出す炎、天井から降ってくる金属タライ、など種類豊富だ。なんでタライなの。

 当初は、下層へ続く階段を見つけて降りていたのだけど、地下五層あたりから、ワープゾーンというか、転移魔法陣みたいなものが床に設置されていて、それでテレポートしてさらに先へ進む、という状況になっている。

 おかげで、自分の現在地、自分がいま地下のどのあたりの階層にいるのか、全然わからなくなっていた。

(心配ないって! ちゃんと、あたしがいるところに近付いてきてるよ! あっ、そこ、まっすぐね!)

 例の「声」ちゃんは、いよいよノリノリでナビゲートしてくれている。わたしは、言われるまま進んでるだけ。

 でも、トラップ類は自力で察知して回避しないといけないけどね。「声」ちゃん、そういう細かいとこは把握してないっぽい。

 いまも、左右の壁からいきなり突き出てきた槍先を、咄嗟にかわしたところ。あっぶなー!

 わたしの『認識阻害』や『気配察知』もトラップには効果がないようで、いちいち、きっちり、引っかかってしまう。

 行けども行けども、目に入る光景は暗い石の通路。

 幾度も転移魔法陣に乗っかり、ワープを繰り返す。

 遭遇するのはトラップとモンスター。

 もうぼちぼち、嫌気がさしてきたかも……。

(いま、あなたがいるところってね、むかーしから、まだ誰も、降りてきたことがないんだよ。あの悪いやつ以外はね)

 え。

 じゃあ、わたしの現在地って、いわゆる未踏破領域ってこと?

(たぶん、そうだよ)

 声ちゃんは、あっさり応えた。

 その「悪いやつ」ってのは悪魔マルボレギアのことだろう。なにせ、声ちゃんをこのダンジョンの最深部に監禁した張本人だからね。そこは例外というかノーカンってことかな。

 ただ、未踏破領域といわれても、見ためは上層と何も変わらない。

 せめて宝箱でも落ちてればテンション上がるんだろうけど、そういうものはないみたい。ゲームとは違う、ということなのか、それともこのダンジョンだけそういう仕様なのか、そこはわからない。

(あっ、そこの奥ね、悪い子がいるよっ! ちょっと大きい子だよ!)

 声ちゃんの警告。

 通路の突き当たり、また両開きの鉄扉が行く手を塞いでいる。あの奥ね。

 ここのダンジョンは基本的に、ああいう大扉の向こう側が、モンスターの待機所になってるみたいで。

 わたしの場合、『認識阻害』があるので、待機モンスターを無視して先に進むこともできるんだけど、いまのところ、出てくるのは弱い相手ばかりだから、面倒とばかり、魔法一発でカタをつけている。

 さて、扉に両手を掛け、ぐぐっと押し開いてみると――。

 篝火が煌々と輝く、広い石造りの空間。奥には、二本の石柱が門構えのように並んでいる。

 その石柱の手前、篝火に照らされて、それはもう大きな人影が、堂々と佇んでいた。

 それまでのモンスターたちとは、外見からして、まるで格が違う。

 体高は十二、三メートルぐらいあるだろうか? あのアースジャイアントに匹敵する巨体。

 どこが「ちょっと大きい子」なの、めっちゃデカイよアレ!

 青黒い肌、全身ぶ厚い筋肉に覆われ、両腕も太腿も隆々と力強い。肩から上は爬虫類の頭部っぽい。両手両足の五本の指先は、それぞれ鋭い鉤爪になっている。背中には黒い鳥のような禍々しい翼を広げ、赤い両眼を爛々と光らせて……左右を、きょときょと眺めまわしていた。

 あっ、これ、わたしの『認識阻害』普通に効いてる。わたしの存在は感知できてないみたい。

 ご大層な外見の割に、わたしより魔力は低いようだ。

 モンスター図鑑には載ってないな。よっぽどマイナーなモンスターなのか、もしくはこの世に一体しか存在しない……オリジナルモンスター、という可能性もあるかな。そういうのは図鑑にも載らないだろうしね。

(あたしも、名前とかは、しらないよ。たしかー、あの悪いやつの、子分……とか? そんな感じだったかなー?)

 疑問形でいわれても困るんですけど。

 あれが何者であろうと、どのみち、わたしを感知できてないのなら、素通りしても問題なさそう。

 でも、マルボレギアの関係者ってことは……あれも悪魔かな? それも、けっこう大物なやつ。

 だったら。

 わたしは、すたすたと広間の真ん中を歩いて、無造作に、その青白い巨大悪魔の前に立った。

 まだ気付いてない……。

 巨大悪魔は、ひたすら、わたしが開いた扉を凝視して、警戒している様子。

 わたしが、すぐそばの足元まで寄ってきてるのに、無反応だ。

 では。

『極大治癒』

 いきなり治癒魔法をぶん投げてみた。

 十数メートルもの巨体が、たちまち蒼い癒しの輝きに包まれた。

「うぶごかおおおへおどおおべげええおおおお?」

 なんとも言語化が難しい絶叫をあげ、巨大悪魔は、一瞬にして、ぐずりと、その場に溶け崩れた。

 ぶしゅうううー、と、濛々たる蒸気をあげて、名も知らぬ悪魔は、液体と化し、蒸発し、消え去った。

 あっけない……。マルボレギアより、溶けるのが速かった。

 わたしが強くなってるのか、それともこの悪魔、見てくれだけで、全然たいしたことない奴だったのか。

 ……と思ったら、わたしの肌が、猛烈に発光しはじめた。途端、全身にパワーがみなぎり、魔力が溢れてくる。

 また一気に大幅レベルアップしちゃってるよ、わたし。さっきマルボレギアを倒したときと同じぐらいに。

 ってことは、この悪魔……実は、めちゃくちゃレベル高かったってこと?

(うっわー、すごいね、あなた! 悪い子たちって、そうやって、やっつけるものなんだー。しらなかったよ!)

 なぜか声ちゃん、大興奮。

 いえ、わたしも、ついさっき初めて知ったんですけどね。悪魔の弱点。

(さあさあ、もうすぐだよ! あたしのところまで、あともうちょっと!)

 おお、ようやくゴールが近い?

(そこの、わーぷぞーん? から、わたしのところに着くよっ! はやくきてー!)

 え、本当にもう目前に?

 広間の一番奥、二本の石柱が並ぶ門構えの向こう。

 床に、転移魔法陣が光っている。しかも、それまでの白い光でなく、なぜか虹色に輝いてる。なにかの演出だろうか……。

 これを抜ければ、ダンジョン制覇、ということに、なるのかな?

 行こう。

 わたしは、意を決して、門を抜け、虹の魔法陣へと踏み込んだ。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?