ひとくちにダンジョンといっても、場所によって随分と違いがある。
ゲーム「ロマ星」では、王都近郊で冒険者組合の管理下にある初級ダンジョン、王国南部ペスカレ地方の湖底にある中級ダンジョン、隣国との国境に近いサントメール地方の山岳地帯にある上級ダンジョン、さらに初級ダンジョンの直下に存在する隠しダンジョン、の計四つが存在していた。
名前の通り、出現する敵の強さも、階層の数も、級が上がるごとに厳しくなってゆく。
隠しダンジョンはゲーム二周目以降に解放され、攻略キャラと一緒に最下層の奥まで辿り着くと、それぞれのキャラに応じた、ちょっとした追加エピソードを見ることができる。ついでに火系最上級攻撃魔法『獄炎』も修得できる。わたしの場合は、うちにある魔術書で普通に修得できちゃったけど。
隠しダンジョンの難易度は凄まじく、ルナちゃんのレベルが相当上がっていないと、クリアはおぼつかない。やり込み派のために、開発元が用意してくれたオマケのようなものだ。
……で、いま、わたしが入口に立ってる、このダンジョンなのだけど。
ここってゲームには一切出てこなかったし、名称も知らない。
両親や冒険者の方々も、ただ、ダンジョン、としか言わないし。おかげで事前情報も何もない。
階層はどれくらいあるのか。各階層の構造はどうなってるのか。トラップはあるのか、ないのか。出てくるモンスターの強さはどんなものか。入手可能アイテムはあるのか。いわゆるボスモンスターというのは、いるのか。いないのか。
普通、そういった最低限の情報くらいは集めてから踏み込むものだ。
(だいじょーぶだって! 迷ったら、あたしが、道を教えてあげるから!)
例のかわいい「声」が励ましてくる。実際、いまでも正直、あまり気は乗らないのだけど、彼女のナビゲートがあるから、一応入ってみよう、という気になったんだし。
頼りにしてますからね? お願いしますよ、いやホントに。
すでに『暗視』『身体強化』『気配察知』は掛け直している。『認識阻害』も念のために掛けておく。
ダンジョンの入口は、岸壁にぽっかり開いた大きな横穴。
その中へと踏み込む。真っ暗で、照明など一切ない。『暗視』のおかげで、ハッキリと内部は見えているけど、いまのところは、ただゴツゴツした岩の洞窟が、ずっと先まで伸びているだけ。
わたしは、慎重にその洞窟を歩きはじめた。
洞窟は右へ、左へ、カーブしながら続いている。ひたすら道なりに進んでゆくと、大きな両開きの金属扉が行手を塞いでいた。
(そこの奥のほう、悪い子たちがいるよ。でも、あなたなら、だいじょーぶ。ちょいちょいって、やっつけちゃおう!)
快活な声が、わたしの脳内に響く。なんか楽しそうだね、あなた……。
ともあれ、扉に、がしっと両手を掛け、押し開いてゆく。うわ、すっごく重いよ、これ。
ギキィィッ! と、不快な金属音とともに、扉は左右に大きく開いた。
扉の内側は、それまでの岩の洞穴とは、趣きがガラリと変わっていた。
広さおよそ三十メートル四方の部屋。天井は高く、床も壁も、きっちりとした石造り。
明らかに人工物。古代遺跡とかだろうか?
ゲームに出てくるダンジョンと、ほぼ同じ見ためだ。ここから先が、このダンジョン本来の状態ってことだろう。
左右の壁に、複数の篝火が点々と並んで燃えている。それでも室内は薄暗い。
広い室内の、向かって一番奥に、大きな石柱二本が並んで、さながら門構えのようになっている。たぶん、あの向こうは、下層へ続く階段になっていると思う。
その門構えの手前に、小さな人影が複数、うろついていた。
……いや、人間じゃないか。
直立歩行の大型犬が、レザーベストっぽい防具を着込んでいる、ように見える。
わが家のモンスター図鑑で見たことがある。あれはコボルドだ。体格は、ほぼ人間に近く、知能も高い。人間が使うような武器防具も扱う。
でも肩から上は、完璧に犬。全身ふさふさの体毛に覆われ、犬みたいな尻尾もある。そういうモンスター。
数は、ええっと、七体。なかなか大勢いらっしゃる。
わたしが中へ踏み込んで、しばし。
コボルドたちは、並んで身構えながら、当惑顔で左右をきょときょと見回していた。
あ、そうか。
わたしがいきなり扉を開けたので、すわ侵入者! と迎え撃とうとしたけど、当のわたしが『認識阻害』で透明人間と化してるせいで、彼らにはわたしを感知できない。それで戸惑ってるわけね。
だったら。
『迅雷』
最低威力の攻撃魔法を、素早く放つ。
ピシリ! と、わたしの手から、白い電光が閃き、七体のコボルドたちは、一斉に、ばたばた折り重なって倒れた。
よし、うまくいった!
わたしは、内心でガッツポーズを決めていた。
以前、初めて『迅雷』を用いた時は、威力を制御できず、モンスターだけでなく、森の木々にまで被害をもたらしてしまった。
けれど、いまのわたしには『応用魔術大全』がある。じっくり、しっかり、魔法の制御法を学び、こんなふうに、目標物だけを確実に仕留めることが可能になった。まだまだ、この程度じゃ、偉大なる父の背中は遠いけどね。
(おー、すっごい! つよい! カッコイイ!)
脳内に響く「声」も、わたしを賞賛してやまない。
(さー、どんどんいこう! まずは、そこの階段を降りるんだよー!)
わたしの見立て通り、コボルドたちが守っていた門構えの向こうには、やけにがっしりした石造りの階段が、下へと伸びていた。
かわいい「声」に導かれるまま、わたしは下層への一歩を踏み出す。
ちょっとだけ、わくわくしていた。
こんな程度なら、楽勝で最下層まで辿り着けそうだ、と。
このときは、そう思っていたのだけど。