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#028


 ひとくちにダンジョンといっても、場所によって随分と違いがある。

 ゲーム「ロマ星」では、王都近郊で冒険者組合の管理下にある初級ダンジョン、王国南部ペスカレ地方の湖底にある中級ダンジョン、隣国との国境に近いサントメール地方の山岳地帯にある上級ダンジョン、さらに初級ダンジョンの直下に存在する隠しダンジョン、の計四つが存在していた。

 名前の通り、出現する敵の強さも、階層の数も、級が上がるごとに厳しくなってゆく。

 隠しダンジョンはゲーム二周目以降に解放され、攻略キャラと一緒に最下層の奥まで辿り着くと、それぞれのキャラに応じた、ちょっとした追加エピソードを見ることができる。ついでに火系最上級攻撃魔法『獄炎』も修得できる。わたしの場合は、うちにある魔術書で普通に修得できちゃったけど。

 隠しダンジョンの難易度は凄まじく、ルナちゃんのレベルが相当上がっていないと、クリアはおぼつかない。やり込み派のために、開発元が用意してくれたオマケのようなものだ。

 ……で、いま、わたしが入口に立ってる、このダンジョンなのだけど。

 ここってゲームには一切出てこなかったし、名称も知らない。

 両親や冒険者の方々も、ただ、ダンジョン、としか言わないし。おかげで事前情報も何もない。

 階層はどれくらいあるのか。各階層の構造はどうなってるのか。トラップはあるのか、ないのか。出てくるモンスターの強さはどんなものか。入手可能アイテムはあるのか。いわゆるボスモンスターというのは、いるのか。いないのか。

 普通、そういった最低限の情報くらいは集めてから踏み込むものだ。

(だいじょーぶだって! 迷ったら、あたしが、道を教えてあげるから!)

 例のかわいい「声」が励ましてくる。実際、いまでも正直、あまり気は乗らないのだけど、彼女のナビゲートがあるから、一応入ってみよう、という気になったんだし。

 頼りにしてますからね? お願いしますよ、いやホントに。

 すでに『暗視』『身体強化』『気配察知』は掛け直している。『認識阻害』も念のために掛けておく。

 ダンジョンの入口は、岸壁にぽっかり開いた大きな横穴。

 その中へと踏み込む。真っ暗で、照明など一切ない。『暗視』のおかげで、ハッキリと内部は見えているけど、いまのところは、ただゴツゴツした岩の洞窟が、ずっと先まで伸びているだけ。

 わたしは、慎重にその洞窟を歩きはじめた。

 洞窟は右へ、左へ、カーブしながら続いている。ひたすら道なりに進んでゆくと、大きな両開きの金属扉が行手を塞いでいた。

(そこの奥のほう、悪い子たちがいるよ。でも、あなたなら、だいじょーぶ。ちょいちょいって、やっつけちゃおう!)

 快活な声が、わたしの脳内に響く。なんか楽しそうだね、あなた……。

 ともあれ、扉に、がしっと両手を掛け、押し開いてゆく。うわ、すっごく重いよ、これ。

 ギキィィッ! と、不快な金属音とともに、扉は左右に大きく開いた。

 扉の内側は、それまでの岩の洞穴とは、趣きがガラリと変わっていた。

 広さおよそ三十メートル四方の部屋。天井は高く、床も壁も、きっちりとした石造り。

 明らかに人工物。古代遺跡とかだろうか?

 ゲームに出てくるダンジョンと、ほぼ同じ見ためだ。ここから先が、このダンジョン本来の状態ってことだろう。

 左右の壁に、複数の篝火が点々と並んで燃えている。それでも室内は薄暗い。

 広い室内の、向かって一番奥に、大きな石柱二本が並んで、さながら門構えのようになっている。たぶん、あの向こうは、下層へ続く階段になっていると思う。

 その門構えの手前に、小さな人影が複数、うろついていた。

 ……いや、人間じゃないか。

 直立歩行の大型犬が、レザーベストっぽい防具を着込んでいる、ように見える。

 わが家のモンスター図鑑で見たことがある。あれはコボルドだ。体格は、ほぼ人間に近く、知能も高い。人間が使うような武器防具も扱う。

 でも肩から上は、完璧に犬。全身ふさふさの体毛に覆われ、犬みたいな尻尾もある。そういうモンスター。

 数は、ええっと、七体。なかなか大勢いらっしゃる。

 わたしが中へ踏み込んで、しばし。

 コボルドたちは、並んで身構えながら、当惑顔で左右をきょときょと見回していた。

 あ、そうか。

 わたしがいきなり扉を開けたので、すわ侵入者! と迎え撃とうとしたけど、当のわたしが『認識阻害』で透明人間と化してるせいで、彼らにはわたしを感知できない。それで戸惑ってるわけね。

 だったら。

『迅雷』

 最低威力の攻撃魔法を、素早く放つ。

 ピシリ! と、わたしの手から、白い電光が閃き、七体のコボルドたちは、一斉に、ばたばた折り重なって倒れた。

 よし、うまくいった!

 わたしは、内心でガッツポーズを決めていた。

 以前、初めて『迅雷』を用いた時は、威力を制御できず、モンスターだけでなく、森の木々にまで被害をもたらしてしまった。

 けれど、いまのわたしには『応用魔術大全』がある。じっくり、しっかり、魔法の制御法を学び、こんなふうに、目標物だけを確実に仕留めることが可能になった。まだまだ、この程度じゃ、偉大なる父の背中は遠いけどね。

(おー、すっごい! つよい! カッコイイ!)

 脳内に響く「声」も、わたしを賞賛してやまない。

(さー、どんどんいこう! まずは、そこの階段を降りるんだよー!)

 わたしの見立て通り、コボルドたちが守っていた門構えの向こうには、やけにがっしりした石造りの階段が、下へと伸びていた。

 かわいい「声」に導かれるまま、わたしは下層への一歩を踏み出す。

 ちょっとだけ、わくわくしていた。

 こんな程度なら、楽勝で最下層まで辿り着けそうだ、と。

 このときは、そう思っていたのだけど。


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