マルボレギアが消え去り、遺された召喚石を拾い上げようと、その場にしゃがんだ。
そのとき。
不意に、わたしの肌が発光し、いきなり全身に力がみなぎりはじめた。
あ。これ、レベルアップだ。それも、一気にとんでもなく上がっていってる。
マルボレギアを倒したからかな? 今までと比べ物にならないほど、急激に魔力が高まっていくのが、自分でもわかる。
今回はこれまでと異なり、魔力だけじゃなくて、肉体的にも多少、能力向上してるっぽい。
あのトカゲ、ほんとに強かったからなー。そのぶん見返りも大きいってことだろうか。
で、大幅レベルアップは嬉しいけど、まだ問題が残ってる。
マルボレギアの遺物、召喚石。
これの処分について考えなければ。
みたところ、とてつもなく膨大な量の魔力が封入されている。マルボレギア自身の魔力なのか、それとも、どこか外部から集めたものなのか、それはわからない。
けど、これほどの魔力となると、一朝一夕では集まらないはず。おそらく相当な時間を掛けて、完成させたものだろう。
これが発動すれば、さぞや大きなゲートが開くと思われる。そこから、どんなモンスターが飛び出てくるやら、想像もつかない。それこそ、魔王とかが来てもおかしくない。
試しに『鑑定』してみると。
晶石の表面に刻まれた制御術式に、先日見かけたものとは別の術式が追記されていた。
もともと、ある特殊な薬品を用いて任意で発動させる術式だけど、それに加えて、特定の時間経過によって自動発動する設定が、書き加えられている。ええと、残り時間……およそ二十二時間。
つまり放置しようと埋めようと、二十二時間後には、勝手に召喚石が発動し、確実にモンスターが涌き出てくる仕様だと。
前回の召喚石より、一段と悪質ぶりに磨きがかかっている。下手をすれば市街地のど真ん中にモンスターが現れかねない。
……そうか。ゲームの「ぐらきゅん☆ルート」で、学園内にいきなりレッドワイバーンが現れたのって、こういうカラクリか。
ますます、これを放置しておくわけにはいかなくなった。
どうしたものか。
(ねえ。それ、いらないの?)
いきなり、どこからか声が聴こえた。
物理的な声じゃない。わたしの頭の中に、直接、話しかけてるみたいだ。テレパシーとか?
(いらないなら、あたしにちょうだい)
え。
ちょうだいって、この物騒な魔力の塊を?
ていうか、どこのどなたですか? 勝手にわたしの脳味噌に話しかけてくるのは!
(あたし、ずーっと、暗いところに閉じ込められて、縛られてたの。でもね、あなたが、あの悪いやつをやっつけてくれたから、あたしを縛ってた力が消えて、おはなし、できるようになったんだよ)
女の子の声みたいだ。それも、今のわたしよりちょっと年上くらい? なんにせよ、子供っぽい雰囲気。
声には出さずとも、わたしの思考が直接、相手に届いているらしい。
でもって、悪いやつって、マルボレギアのことかな? なんせ悪魔だし。
もしかして、マルボレギアを倒したことで、なにやら超常的存在の封印がどこかで解けて、会話できるようになった……とか、そんな不思議現象が?
(たぶん、そうだよ)
あっさり肯定された。
……それで。いったい何者なんですか、あなた。
(わかんない)
は?
(でもね、あたしが今いるところは、わかるよ)
え、それは、ご自分のお名前はわからないけど、お住まいはわかっておられる、とか、そういうことで?
(うん。それであってる。ねえ、会いにきて)
はあ、会うのはかまいませんけどー、どちらにお住まいで?
(えーっとね。穴のなか。それの、いっちばーん奥のね、真っ暗なとこ)
穴? と申しますと?
(んーっとぉ。あっ、そうだ! みんなはね、ここ、だんじょん、って呼んでるよ!)
だんじょん……。
ダンジョンですかっ?
しかも、よりによって、一番奥?
あー。いや、ダンジョンねえ。
マルボレギアを倒して大幅レベルアップした今のわたしなら、能力的に、行けないことはないかもしれないけど。
でもダンジョンに入るとなると、準備もいるだろうし、とくに内部の情報というものがないと、色々とこう……。
(あたしが、案内するよー! だから会いにきてっ! それで、そのキラキラ、あたしにちょうだい!)
案内。つまり音声ナビゲート付きってことですか。
それなら、初めてのダンジョン攻略も、なんとかなる……かな?
その「声」は、やけに無邪気で、人懐こくて。
なんとなく、抗えないものを感じた。
ほら、年下のかわいい子が、きらきら澄んだ目で「おねだり」してきたら、ちょっと突き放せないよね?
それと同じ。
結局わたしは、そのかわいい「声」に導かれるまま、ダンジョンへ踏み入ることを決めた。
草原から、ハイハットの北山の中腹にあるダンジョン入口まで、例の召喚石を手に、山道を駈けること約三十分。
その間、「声」の子と、少し対話してみた。
(むかーし、むかーしに、ね。すっごく悪いやつが、どこか知らないところから、あたしのおうちに入ってきてね。あたしをさらって、ここに閉じ込めて、固いヒモでわたしをぎゅって縛って、置いてったの)
うわー。思いっきり、誘拐じゃないですかそれ。引くわー。しかもその後、縛って、放置とか。変態ですかっ。
で、それをやった変態誘拐犯が、マルボレギアだったと?
(たぶん、そうだよ)
でもって、その変態誘拐トカゲのマルボレギアをわたしが倒したら、拘束が解けた、と……。
(うん。ついさっき、あのすっごく悪いやつのチカラを、感じなくなってね。あたしを縛ってたヒモも、スーッと消えちゃって。それで、ちょっとだけ、あたしのチカラが戻ったから、お外を見てみたら、あなたと、そのキラキラが見えたの)
ほんとに、何者なんだろう、彼女。
マルボレギアと因縁があるってことは、悪魔と敵対する側ってことになるんだろうけど。神様とか天使とか?
でも、ゲームの「ロマ星」にそんな勢力や個人が登場した記憶はない。
ともあれ、ここまできたら、もう流れに任せて、会ってみるしかないか。
視界のうち、彼方の岸壁に、ぽっかり開いた横穴……ダンジョンの入口が見えてきていた。
さあ、生まれて初めてのダンジョン攻略、いってみよう。