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#026


 真夜中。

 月下の草原にて。

 わたしは、直立歩行の巨大トカゲこと悪魔マルボレギアと、激しい戦いを繰り広げていた。

 詠唱とともにマルボレギアが繰り出す、無数の炎の矢。『火箭』の魔法だ。

 わたしは、それらをすべて見切り、かわしきって、お返しにと『衝雷』を放つ。

 極太の雷光が、ビームのようにわたしの手からほとばしって、マルボレギアの腹を撃つ。

「ぐぅおお! ま、まだまだ!」

 マルボレギアは、効かぬとばかり、右腕を振り、『氷刃』を打ち込んできた。

 大剣のような氷の刃が出現し、宙を飛んで、わたしの頭上へ迫りくる。

「たぁー!」

 わたしはとっさに『炎壁』を頭上に展開した。

 高温の炎が、名称の通り、防壁と化して、わたしを守る。氷の刃は、瞬時に溶けて消えた。

 ここだ!

 と、わたしは、再び地を蹴り、マルボレギアへ肉薄した。

「その手は食わん!」

 マルボレギアは、待ち受けていた。

 突進するわたしへ、巨大な火の玉を投げつけてくる。『衝炎』の魔法。

 わたしは慌てて『風刃』を展開し、火の玉を切り裂き、消し飛ばした。

 その一瞬の隙を、マルボレギアが突いてきた。

 繰り出される豪拳が、わたしの無防備なお腹に、カウンターでめり込んだ。

「ぎゃふっ!」

 わたしは、カエルが潰されたような声をあげつつ、彼方へ吹っ飛ばされた。

 そのまま地面へ背中から落っこち、倒れ込む。

 全身バラバラになるかと思えるほど、とてつもない衝撃だった。痛い、なんてものじゃない。手足が痺れて動けない。

 たぶん、アバラ骨が全部折れてる。『身体強化』が掛かってるから、この程度で済んだ。そうでなければ確実に死んでる。

 この世界に転生してから、ずいぶんモンスターとも戦ってきたけど、これほどのダメージを受けたのは初めてだ。

 ――強い。

 正直ナメていた。マルボレギアがこうも強いなんて思ってなかった。

 わたしの『認識阻害』を素で突き抜けている時点で、わたしより魔力が高いことは承知していた。

 それでも、心のどこかで侮っていた。それは否めない。

 なにせゲームでは、ルナちゃんにあっさり浄化されて消えてしまうキャラだから……。

「……人間のわっぱにしては、強いではないか。レッドデビルとやら」

 マルボレギアが、土を踏みしめ、ゆっくり歩み寄ってくる。

「その力、殺すには惜しいな。脳をいじって、わしの下僕にしてやろう。よい手駒となりそうだ」

 ニイィ、と、そのトカゲ顔を醜く歪めながら、倒れたままのわたしを見下ろすマルボレギア。

 ……冗談じゃない。四歳児に何をする気だ、このトカゲ。手下なんて死んでもお断り。

 それに。

 まだまだ決着は付いていない。

 わたしは、無詠唱で『治癒』の魔法を発動させた。

 たちまち、わたしの全身を、癒しの蒼い輝きが覆い包む。

「ぬうっ!」

 やけに慌てて、その場から、ざざっと飛び退くマルボレギア。

 その様子に、わたしは、少し不審なものを感じ取った。

(……もしかして)

 もう完全に負傷は癒えて、体力も回復している。

 四肢にも力がみなぎっていた。

 わたしは、その場から跳ね起きると、思念を集中し、マルボレギアめがけて――。

『治癒』

 魔法を発動させた。

「おぐうううううううおおおおおおおおお?」

 マルボレギアの全身が、涼やかな蒼い光に包まれる。

 いきなり、体中を覆っていた鱗が、ぼろぼろ剥がれ落ち、火に炙られた氷のように、肌がじゅわじゅわ溶けはじめた。

 ぶしゅうううっ、と周囲に蒸気がたちのぼる。

 うわぁ。めちゃくちゃ効いてる。

「なななっ、こっ、こんな、ことが……?」

 当のマルボレギアも驚いているようだ。

「あああっ、ありえぬっ、わしに、人間ごときの魔法など……通じるわけがっ……うごおおおお」

 うわー。まだ溶けてる。

 でもって、溶けながら話してるよ、このトカゲ。

 背中の両翼が、原型をとどめないほどグズグズに崩れて、ぼとりと地面に落ちる。

 同時に、マルボレギアは、その場に力なく膝をついた。

 ……いやー、まさかね。ただの思いつきで、確証はなかったんだけど。

 まさか回復魔法が、悪魔に大ダメージだなんて。それもたった一発で、ほぼ死にかけとは。

 魔法が通じない……といわれれば、確かにコイツには、わたしの攻撃魔法、全然通ってなかった。

 最大威力の『獄炎』でさえ、ゼンギニヤの皮を引っぺがしただけで、マルボレギア自身は無傷。『衝雷』も効いてなかった。

 それらが、わたしとマルボレギアの魔力の差によるものなのか、悪魔本来の性質なのか、そこまではわからないけど。

 それが、思いつきで回復魔法を掛けてみたら、なぜか効果テキメンだった。弱点属性ってやつかな?

 ゲームには、こんな話はなかったと思う。でも、いま実際そうなってるんだから、そうなんだろう。

 だったら。

 わたしは、両手を前にかざし、あらためて呪文を詠唱した。

 マルボレギアは、なんとか動こうと、全身をぴくぴく痙攣させている。

 でももう、身体が言うことをきかないようだ。

 魔法が発動する。

『極大治癒』

 治癒系統の最上位版。以前読んだ魔術書によれば、瀕死の重傷だろうと、いかなる重病だろうと、瞬時に快癒させる、という。ただし『治癒』と異なり、自分自身に掛けることはできないという制約があるんだとか。

 ともあれ回復魔法でダメージを与えられるのなら、この魔法はさらに効くはず。

「ほがあおああああああ」

 たちまちマルボレギアは、眩いサファイヤのような輝きに包まれ、なんともいえぬ悲鳴を残して、ばしゃっ、と、溶け落ちた。

 ……直立歩行のトカゲが、一瞬で全身崩壊して、赤黒いゲル状物質と化してしまった。

 さらに、白い蒸気をあげながら、じわじわ小さくなってゆき……とうとう、きれいさっぱり蒸発して、消えてしまった。

 うわー。効いた。むしろ効きすぎて、ちょっと引いちゃいますよ、これは。

 ゲームのマルボレギアは、ルナちゃんの浄化の力で、キラキラした輝きに包まれ、実体が薄れて、消えていったけど……こちらは、なかなかグロい死に様だった。わたし聖女じゃないし、そりゃ、ルナちゃんのようにはできないよね。これは仕方ない。

 最後は呆気なかったけど、マルボレギアは強敵だった。わたしを瀕死にまで追い詰めるなんて。

 できればもう二度と、こんな相手と戦うのはゴメンだ。迷わず成仏していただきたい。

 そして……。

 これで将来のルードビッヒの死亡パターンをひとつ、事前に潰せたことになる。

 そう思えば、感慨もひとしおというものだ。

 まだまだ、先は長いけどね。

 さて。

 マルボレギアが蒸発し、回復魔法の輝きも消え去って、あとに残ったのは。

 焦げた地面に転がり、ギラギラと異様な輝きを帯びる晶石。

 そうか。さっき冒険者さんたちに押し付けようとしてた召喚石か。

 どうしようかな、これ。

 さすがに放置はできない。回収しておくべきだろうけど、こんな使い道もない欠陥品、お部屋に置いとくのもなあ。

 どっかに埋めちゃおうかな?


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