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#024


 謎の行商人ゼンギニヤ。

 裏の顔は、邪教団カタリナスの司祭を務める教団幹部。

 しかしてその正体は、北塔の魔女の腹心、悪魔マルボレギア。

 ゲーム「ロマ星」では、六人の攻略美形男子キャラのうち「宮廷魔術師団長の長男グラント」の攻略ルート、通称「ぐらきゅん☆ルート」に登場する。

 グラントは学園内でも専用武器の「魔術杖」を肌身離さず持ち歩いている、長身ほっそり体型の魔法使い。魔法の才能では既に父親を超えているとも噂される天才で、しかも性格は強気一辺倒で口が悪い。

 しかしそれは、気弱な本性を隠すために意図的にそう振舞っているだけ。本当の顔は、不器用で心優しい好青年である……。そのギャップが数多の女性プレイヤーを萌え殺し、ファンからは愛を込めて「ぐらきゅん☆」と呼ばれるようになった。それが攻略ルートの通称の由来でもある。

 で、その「ぐらきゅん☆ルート」で語られる、第三王子ルードビッヒの死因が、学園内に出現したモンスターの暴走によるもの。

 突如学園に現れたのは、レッドワイバーンという、危険度「高」指定のモンスター。空を飛び、口から超音波を吐いて、建物でも人体でも瞬時に分解するという特殊能力を持つ。

 本来はダンジョンの奥に棲息しているはずの、凶悪な怪物である。

 パニックに陥る学園内。ルードビッヒと生徒会メンバーたちは、後輩たちを庇って、レッドワイバーンの超音波の直撃を浴び、塵となって消滅する。

 その後、レッドワイバーンは、学園に駆けつけてきた宮廷魔術師団によって討伐された。ルナちゃんたちが入学してくる半年前の出来事である。

 この回想シーンが語られた後、「ぐらきゅん☆ルート」中盤のストーリーパートにて、学園上空に再びレッドワイバーンが出現。

 ここではルート分岐が存在しており、レベルを上げすぎていると真のエンディングに辿り着けないという、非道なトラップになっている。おそらくチート対策だろうけど。

 ルナちゃんのレベルが70以下の場合、ルナちゃんが防御結界を張り巡らせ、学園を守る間に、グラントがレッドワイバーンと交戦し、単独で打ち倒す。これがトゥルーエンドの条件となる。

 レベル71以上だと、結界役がグラントになり、ルナちゃんがレッドワイバーンを討伐。こちらはノーマルエンドルートとなる。

 討伐完了後、ルナちゃんたちの調査により、レッドワイバーン出現の原因が、謎の行商人ゼンギニヤが学園生徒に売りつけた召喚石であることが判明。

 このとき、召喚石の詳しい仕様やら設定やらが、グラントの父親である宮廷魔術師ザラの口から、長々と説明される。このザラさんもイケオジで、隠れファンが多いキャラだ。

 ルナちゃんとグラントは協力してゼンギニヤを追い詰め、カタリナス教団の陰謀……モンスター大量召喚による王国壊滅の企てを知るに至る。

 カタリナス教団の背後にいたのは、例によって北塔の魔女だった。その実行役ゼンギニヤも、悪魔としての正体を現し、ルナちゃんへ襲い掛かる。

 しかし、月の聖女ルナちゃんの浄化の力によって、悪魔マルボレギアはキラキラエフェクトに包まれ、あえなく消滅。

 さらにザラ率いる宮廷魔術師団の総攻撃と、グラントの強大な魔法により、教団支部は壊滅。

 邪悪な教団の暴挙はかろうじて食い止められたが、直後、北方で「闇星の魔神」が覚醒し、物語は最終局面へ……という流れ。

 珍しくも、この「ぐらきゅん☆ルート」では、ルードビッヒの死因は王位継承権争いとは無関係。そのためかストーリーパートでも政治的な描写は最小限で、純粋なエンタメ寄りの冒険恋愛ストーリー仕立てとなっている。

 ……というのはあくまでゲームの話。

 ゲームでは、ルナちゃんの「月の聖女」の浄化の力で、悪魔マルボレギアは、きれいさっぱり消されたけれど。

 いまここにいる行商人ゼンギニヤを、わたしは、どう処すべきだろう。

 なにせわたし、聖女でもなんでもないから、悪魔を一発で消し去る浄化の力なんて持ってないし。

 といって、将来ルードビッヒの死因となりうるゼンギニヤを、このまま黙って見逃すなんて、絶対ありえない。

「……どうにかここまで辿り着いたという次第でして。それでですね、食料と水をほんの少し分けていただけましたら、金貨に加えて、こちらの宝玉も、対価として提供いたしますので」

 わたしがあれこれ考えてる間に、ゼンギニヤは、いかにも商人らしいマシンガントークを展開していた。

 宝玉とかいってるけど、ゼンギニヤの手にあるのは、以前、エンキドゥの酒場で見かけた召喚石と同じ形状の晶石。しかも、見るから強烈な魔力を内包していて、ギラギラした黒銀の輝きを帯びている。それを言葉巧みに冒険者一行に押し付けようとしていた。

「へえ、キレイな石だけど……」

「ただの宝石じゃないよね? なんだか魔力を感じるし」

 とか、冒険者の方々もゼンギニヤの話術につられて、すっかり興味津々なご様子に。

 これは、よろしくない。放っておいたら、また全裸……いや、アースジャイアントみたいな危険なモンスターがリュカを襲うことにもなりかねない。

「これはですな。召喚石と申しまして、モンスターを……」

 さすがに、見ていられない。

 そう判断し、わたしは咄嗟に立ち上がり、ゼンギニヤめがけて呪文を唱えた。

『衝風』

 たちまち一陣の突風が吹き抜け、ゼンギニヤだけを、遥か彼方の夜空へ、軽々と弾き飛ばした。

 ……よし。うまくいった。

 つい三日前に読んだ『応用魔術大全』第八巻には、風系魔法の制御法が詳述されていた。

 いまそれを実践して、風系攻撃魔法『衝風』の威力をコントロールし、見事、最小限の対象だけを吹き飛ばすことに成功した。

 わたしの魔法も、少しは上達してきたかな? まだまだ父の領域には及ばないけど。

「え、ちょっ、あれ、なにが……起こった?」

「と、飛んでっちまったぞ! なんでっ?」

「いま、魔法の気配を感じたけど、どこから?」

 冒険者パーティー三人組が驚き慌てる様子を尻目に、わたしはその場を離れ、すっ飛んでいったゼンギニヤの後を追って、走り出した。

 逃がしはしない。可能ならば、ここで決着を付けてしまおう。

 わたしが、最推したちの未来を守るんだ。


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