目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報
#023


 この夜の「おでかけ」の目的は二つあった。

 ひとつは『認識阻害』の応用実験。

 わたし自身に『認識阻害』を掛けることで、他者の五感を欺き、わたしの存在を誰にも感知できないようにする、という応用法。

 これは完璧にうまくいった。なにせ、酒場で至近距離で盗み聞きしてても、誰もわたしに気付かなかった。あの魔法使いのおねえさんでさえ。この技術は、今後も大いに活用することになるだろう。

 もうひとつは、ハイハットとリュカを襲ったモンスターの出所を探ることだった。

 ハイハットは、このアルカポーネ領内で、ダンジョンに最も近い村落。さらに、わが家にあったモンスター図鑑の分布図でも、ゴブリンやコボルドといった地上定住型モンスターの生息域にも近い。

 それだけに、ハイハットにも、モンスターへの備えはあったはず。

 にも関わらず、突如、強力なモンスターが現れて、ハイハットはあえなく焼け落ち、リュカまでも襲われた。

 これはあまりに不自然。いまも父とリュカの役人さんたちは、原因究明のために奔走しているはずだ。

 わたしとしても、この問題が解決しなければ、安心して読書もできない。放っておいたら、また同じような事件が起こりかねない。

 そういう思惑から、わたしもその原因を突き止めるべく、情報収集のため、夜の町をこそこそ歩き回った。

 結果、わたしは正解を引き当ててしまった。

 それも想像以上に深刻なやつを。

 相手は王国全土にネットワークを持つ邪教団カタリナスの首魁にして、北塔の魔女の腹心、悪魔マルボレギア。その陰謀に、アルカポーネ領が巻き込まれかけている。

 教団そのものを、わたし一人でぶっ潰すなんてことは、現状では無理だけど、最低限、アルカポーネ子爵領から手を引かせたい。

 可能ならば将来のため、行商人ゼンギニヤこと悪魔マルボレギアをどうにかして叩ければ、言うことなし。ルードビッヒの死亡パターンのひとつを、事前に潰せることになる。

 ……そんなわけで。

 わたしは翌日から、さっそく、夜のリュカとその周辺を駆けずり回り、行商人ゼンギニヤの影を追いはじめた。

 あるときは、リュカの門衛さんたちのそばにこっそり寄って「俺、今日の勤務が終わったら、結婚するんだ」「おまえ明日は非番じゃないだろ?」「しまった、式の日取り間違えた」なんて笑えない会話を聞いてたり。

 あるときは、リュカから街道を走ってハイハットまで辿り着き、無人の焼け野原と化した村落を眺めて、ちょっぴり、いたたまれない気持ちになったり。

 現在、ハイハットにはわずかな数の冒険者が交代で常駐し、キャンプを張って、周辺警戒に当たっている。モンスターの脅威が完全に去ったと判断されない限り、当面、復興作業には着手できないだろう。

 ハイハットの住民は全員、リュカの町まで避難していて、いまは北門の外側にある避難民キャンプに収容されている。

 このハイハットの北側は、険しい山岳地になっている。

 山道を歩くこと二時間、ずっと登っていけば、やがて大きな横穴に辿り着く。それがダンジョンの入口だ。

 教団とゼンギニヤの足跡を探して、とうとうわたしは、アルカポーネ領唯一のダンジョンにまで辿り着いてしまった。

 といっても、まだ中には突入しない。ろくな情報もなしにダンジョンへ飛び込むのは、自殺行為だからね。

 そうこうするうち、『転移』可能な行動範囲もずいぶん広がった。

 日中は、屋敷のなかで、相変わらず平凡な四歳児として、のんびりお昼寝しながら過ごして。

 日が暮れれば、「おでかけ」の時間。

 天候が良ければ、ハイハット周辺やダンジョン入口付近に『転移』して、調査を継続。

 雨の夜だけは、領館の書庫へ『転移』して、お勉強。『応用魔術大全』をどんどん読み進めて、魔法の運用方法を学んでいった。

 そんな日々が、二ヶ月ほど続いた。






 夏も近い、ある夜。

 ハイハットは、いまだ復興の兆しもない。

 焼け落ちた建物の瓦礫すら、まだそのまま。

 父は、ハイハットをいっそ廃村として、住人はどこか別の土地へ移すか、リュカに定住させるべきじゃないかと、いま悩んでいるそうで。

 現在もハイハットの中心部には、冒険者組合のキャンプがあり、依頼を受けた冒険者たちが、リュカから交代でやってきて、警備の任についている。

 いまは三人のパーティーが、テントのそばで火を炊いて、夕食の煮炊きをやっているところ。

 ダンジョンへの出入りは、とくに組合では禁止されていないそうだけど、こんな状況なので、誰も山のほうには寄り付かない。いつまたアースジャイアントみたいな高レベルモンスターが地上に出てくるかわからないから、警戒を怠れない、ということらしい。

 そんな初夏の宵ごろ。

 三人の冒険者パーティーが、焚き火を囲んで談笑中。

 どこから現れたか、しのびやかに歩み寄る人影があった。

 わたしは、例によって『認識阻害』を自身に掛けつつ、焚き火のそばに、ちょこんと腰をかけて、彼らの様子をこっそり観察していた。

「……誰だ?」

 パーティーのリーダー格の若者が、歩み寄る足音に気付いて立ち上がり、誰何の声を投げかけた。

 この人、背中に片手槍っぽい武器を斜めに掛けているので、たぶん槍使いなんだろう。

 他の二人も慌てて立ち上がり、身構えた。かたや半月弓という武器を腰に下げた、いわゆる弓使いの、えーっと、ちょっとトシのいった、おじさん。

 かたや、聖光教会のシスター服を身にまとう若い女の子。おそらくヒーラーとか、そういう役どころ。

 聖光教というのは、この世界で最大の規模を擁する宗教で、フレイア王国の国教でもある。現在は、聖典に預言されている月の聖女、星の聖女という、世界の導き手となる二人の聖女を探し出すことを目的として、世界各地に司祭やシスターを送り込み、調査を行っているのだとか。

 ゲームでは、月の聖女はルナちゃん、星の聖女はポーラのことだったけど、この世界ではどうなってるのだろう。

「ああ、そう警戒しないでください」

 謎の人影が、臆するふうもなく応えた。

「ワタクシ、王都から旅をして来た商人でして」

 夜闇のなか、火に照らされ浮かび上がる、紺の外套。黒い背嚢。

 ぴっしりオールバックの金髪に、左右にカールしたちょび髭。

 この顔は。

「いまはリュカへ向かう途中なのですが、たまたま、焚き火が見えましたので。お見かけしたところ、皆さん、冒険者でいらっしゃる」

「……そうだが」

「でしたら、水と食料を、少々わけていただけませんか? もちろん対価はお支払いしますよ、ワタクシ商人ですから。あ、申し遅れました。ワタクシ、行商人のゼンギニヤと申します」

 自己紹介とともに、恭しく一礼してみせる、ちょび髭紳士。

 この容姿。ゲームともすべて一致する。

 間違いない。行商人ゼンギニヤ。本人だ。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?