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#022


 この世界における、モンスター召喚。

 これについて語るならば、前提として、知っておかなくてはならないことがある。

 そもそもモンスターとは何か。

 この世界におけるモンスターは「魔力溜まり」と称される特殊なパワースポットから、無限に湧き出してくる、異形の敵性存在。その総称、とされている。

「魔力溜まり」は、大気中の魔力が、凄まじい濃度に凝集し、時空を捻じ曲げ、異界と繋がるゲートを開くものだという。そのゲートをくぐって、モンスターはやってくる。

 基本的に「魔力溜まり」は大陸各地に点在している。森や山岳の奥深い秘境などには、ほぼ例外なく「魔力溜まり」があるし、とりわけダンジョン内には、より大規模な「魔力溜まり」が鎮座している。しかも一定の場所にずっとあるわけではなく、突然移動したり、消えたり現れたりと、神出鬼没。

 目には真っ黒で不気味な空間と映るものの、人体に害はなく、近付いても何事も起きない。ただし、それに触れることも、干渉することもできない。なにより、周囲には常時大量のモンスターがいて「魔力溜まり」を守っており、普通は近付くことすら難しい。

 地上でもダンジョン内でも、異界から「魔力溜まり」を経由し、多種多様なモンスターが、こちらへ出現し続けている。ゆえにモンスター駆除の専門家として、冒険者というお仕事が成り立つわけだ。

 さて、人間のなかには、この厄介な敵性存在であるモンスターを、世のため人のため、もしくは私利私欲のため、はたまた単なる興味本位で、研究し、さらには活用しようというお馬鹿……いや物好きな人たちもいて、そこから召喚術という一種の研究分野へと発展した。

 モンスターを異界から呼び寄せ、使役しようという試みは、古代から連綿と研究され続けていて、近年になってようやく、その一部が具体的な形になってきたという。

 それが召喚石。

 膨大な魔力を小さな晶石に封じ込め、その晶石に制御術式を刻み込んだものだとか。

 誰でも使用可能で、ほんの微量の、とある薬品を石の表面に流し込めば、制御術式が反応して、内部に封じ込められた魔力を周囲に解放する。

 これが即席の小型「魔力溜まり」となり、これを触媒として、一時的に空間が捻じ曲がり、異界とのゲートが開かれる。そこからモンスターが出現する、という仕組み。

 石に封じ込められている魔力の量によって、異界と繋がるゲートの大きさと、小型「魔力溜まり」の持続時間が変わってくるという。魔力量が少ないと、ごく微弱なモンスターしか呼び出せない。せいぜい小さな虫型モンスターを一体だけ、とか。

 逆に言えば、封じ込まれている魔力量が多ければ、とんでもなく強力なモンスターを複数呼び出すことも可能なわけで。たとえばアースジャイアントとか。

 ただこの召喚石、実用的なアイテムとは言いがたい。

 それは、呼び出したモンスターが、まったく制御不可能という、致命的にもほどがある欠点を抱えているから。

 考えてみれば当たり前で、モンスターを呼び出すことと、制御することは、別の問題である。

 モンスターを制御、使役する技術なんて、現時点では形にもなっていない。研究自体は昔からずっと行われてるらしいけど、成功例は皆無だとか。

 召喚石に刻まれている制御術式は、晶石内部に封じ込められた魔力をコントロールするためのもので、モンスターの制御とは無関係である。

 ようするに、制御不可能なモンスターを、ただその場に呼び出すだけの、トラップにも等しい凶悪な欠陥品。この世界における召喚石とは、そういうアイテム。間違っても、人の役に立ったり、何かの助けになるようなものじゃない。

 ……以上の知識は、ゲーム「ロマ星」の設定であると同時に、この世界においても、これまで実際にわたしが読んだいくつかの書物に、同様の記述が見られたので、すべて事実とみて差し支えないだろう。

 しかし世の中には、悪い奴らがいるもので。

 こんな欠陥品を、あたかも「モンスターを呼び出して使役できる凄い便利アイテム」と称して、何も知らぬ人々に売りつける悪徳商人とか詐欺師とか悪の組織とかが、この世界には存在している。「ロマ星」にも、そういうエピソードがあった。

 そんな悪人に騙された被害者二人、いまこのリュカの高級酒場で向き合い、嘆き合っているという次第。

 わたしは、『認識阻害』で自分の存在を消しつつ、お二人さんの会話を、こっそり聞き続けていた。






「……あいつ、名前はなんていったっけ」

 スキンヘッドの戦士風冒険者が言う。顔がゴツい。いわゆるコワモテ。年齢不詳だけど、たぶん三十前後ってとこ。

「行商人のゼンギニヤ、とか名乗ってたけど。偽名だろ。どうせ」

 黒衣黒髪の魔法使いのおねえさんが、ため息まじりに応えた。こちらは年の頃二十代後半。うちの母と同年代ぐらい? ちょっと目がキツいけど、かなりの美人さん。

「ハナっから、胡散臭いとは思ってたよ。商業組合に聞いても、そんな名前は登録されてないっていうしさ」

「でも、結局、買っちまったんだよな。俺たち」

 右手で召喚石の残骸を弄びながら、スキンヘッドさんが呟いた。

「仕方ないだろ」

 言いつつ、魔法使いさんが、手にしたグラスをグイっとあおって、ぷはっと息を吐いた。

 うっわ。酒くさっ。めちゃくちゃ強いお酒だ、いまの。

「これでモンスターを呼び出しさえすれば、ダンジョン最下層の制覇も可能です! なーんて、いわれちまったらさ」

「値段も、高すぎず、安すぎず、絶妙だったからな。安すぎれば怪しいと思うし、高すぎればそもそも買えねえ。まったく、うまいこと売りつけてくれやがったぜ、ありゃ」

 なるほど、だいたい事情は把握できた。

 このお二人さん、町を攻撃する意図もなければ、政治的な背景などもなかった。

 本当に悪質な詐欺にひっかかっただけの、ただの被害者だった……。

 とすれば、これ以上、長居は無用かな。欲しかった情報はきっちり得られた。

 わたしは、そっとテーブルを離れ、とてとて歩いてホールを横切り、お店を出た。

(……さて、どうするかな)

 夜の大通りの片隅に立ち、わたしは、あらためて思案を巡らせた。

 ゼンギニヤは、たしかに偽名だ。

 わたしは、その正体を知っている。ただしゲームの話だけど。

 北塔の魔女の腹心、悪魔マルボレギア。それが行商人ゼンギニヤの正体。

 ゲーム「ロマ星」では、王都近辺で暗躍し、あの二人と同じように、何も知らない冒険者や学園生徒たちへ、ひそかに召喚石を売り捌いていた。

 ゼンギニヤことマルボレギアは、表では行商人、裏では悪魔崇拝者の集う邪宗教カタリナス教の司祭をつとめる。

 この教団は、王国壊滅を目的として、北塔の魔女の意を受け、さまざまな非合法活動を行っている。

 召喚石の製造、販売も、その一環。

 問題は、あのルードビッヒの死亡パターンのひとつに、そのゼンギニヤが売り捌いた召喚石が絡んでいることだ。

 そもそも、この平和な片田舎、わがアルカポーネ領内で、そんな物騒な団体やら悪魔やらが暗躍していること自体、わたしは気に入らない。

 まして将来のルードビッヒの死亡理由にも繋がる相手となれば。

 わたしは、動かなければならない。

 ゼンギニヤとカタリナス教が、まだこの近辺で活動しているなら。

 今のうちに、わたしの手で、その尻尾を掴んでおくべきだ。


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