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#021


 アルカポーネ子爵領の中心都市、リュカ。

 といっても規模は地方の田舎町。人口は万に満たず、出生率も長らく横ばい。

 ……これは、わが家の書庫に雑に保管されていたアルカポーネ領内の人口統計資料の写しに記載されていたことだ。どんな経緯で、うちにそんなものが置いてあったのかは知らないけど。

 ただし、ミーレス商会という、そこそこの規模の商会が、リュカに本店を構えているため、商取引は意外と活発で、近隣の集落、都市との往来も頻繁らしい。

 稀には、王都から来た商隊も立ち寄ってきて交易し、珍しい物資とともに、中央の情報なども、もたらしてくれる。新聞の囲み記事なんかは、そのへんがソースだろうな。

 飲食店のたぐいも、そう多くはないけど、住民の需要を満たす程度の数は営業している。

 なにより、リュカには、この地方で最大規模の冒険者組合支部が存在している。

 多数の冒険者がそこに所属して、付近の街道、森林におけるモンスター駆除、ダンジョンの攻略などで活躍しているという。リュカは冒険者の町だともいえるわけだ。

 そんな冒険者の一員とおぼしき二人組が、酒場の奥で向き合い、なにやら、ため息をついている。

 いったい何事かと、聞き耳を立ててみると……。

「なあ。今からでも、領主様に訴え出たほうがよくないか?」

 スキンヘッドの戦士っぽい人が、ぼそりと呟く。

「そんなことしたら、アタシら、揃って縛り首だよ」

 女魔法使いが、やけに軽い口調で、応えた。

「たとえ領主様が許してくだすっても、組合が、許しちゃくれないだろ」

「そう……だな。やっぱり、許されるわけねえか」

「腹を括りなよ。バレやしないって」

「だといいが……でもなあ」

 なんの話だろ? ここでも領主……父の話が出てくるとは。

「まさか、あんなことになるなんてな。事前にわかってりゃ、あんなもの、買わなかったのに」

「悪いのはアタシらじゃない。ろくな説明もなしに、あんなヤバいものを売りつけてきた野郎だろ。今度出会ったら、問答無用で火炙りにしてやる」

「たぶん、とっくに、どっかよその土地にオサラバしてんだろ」

「胡散臭いやつだとは思ったんだけどねえ」

 話から推測するに、組合を通さずに、胡散臭い人物から、なにやらヤバい物を買って、その結果、もし父や組合に露見したらタダじゃ済まないぐらいの、非常によろしくない状況になってると。

 たぶんそんな感じ。

 で、具体的には、このお二人さん、何を買って、何をやらかしたんだろう?

「なあこれ、どうする?」

 と、スキンヘッドのほうが、ベストから、小さな玉を取り出した。うずらの卵くらいの大きさで、白く濁ったガラス球みたいに見える。

 なんだろう、魔法のアイテムとか? どこかで見たような気もするんだけど……。

 ちょっと身を乗り出して、現物を覗き見てみた。

 表面に細かいヒビが走っている、ガラス球。そうとしか見えない。

「まだ持ってたの? 売れもしないし、さっさと捨てればいいだろ」

「そうはいかねえよ。万一、何かの間違いで『鑑定』持ちにでも拾われてみろ。これが原因だってバレちまうぜ」

 ほう、ほう。『鑑定』魔法を使えば、そのガラス球の正体がわかると。

 わたし、使えますよ『鑑定』魔法。いままでにも、何度か使ったことあるし。しかも無詠唱で。

 もっとも、『認識阻害』が掛かってる今の状態なら、声に出して詠唱しても、誰の耳にも聴こえないはずだけど。そこは一応、念のため。

 こそっと。

 ガラス球に目標を定めて『鑑定』を発動させた。






 ゲームでは『鑑定』を使うと、画面にウィンドウが浮かんで、そこに各種情報のテキストが列記されるようになっていた。

 この世界に、そういうインターフェースは存在しないらしい。で、『鑑定』を発動させると、対象の情報が脳内に一気に流れ込んでくるようになっている。

 この感覚は、うまく表現できない。正直、あまり気持ちのいいものじゃない。

 それはともかく……。

 鑑定によって判明したのは。

 あのガラス球が、『上級召喚石』という特殊なアイテムの一種で、危険度「高」までのモンスターをその場で召喚可能という、強力な効果を持つ魔法の石であること。

 ただし、召喚石は、誰でも使用可能なかわりに、一回きりの使い捨てアイテムだそうで。いまスキンヘッドのおにいさんが手にしているのは、使用済みの残骸。

 その石に付着していた魔力の残滓から、召喚されたモンスターの種類も一緒に「鑑定」できた。

 そのモンスターというのが。

 イナゴブリンと、アースジャイアント。

 ……ようするに、あの火遊びゴブリンとか、本来ダンジョンにしか出てこないあの全裸とかを、地上に召喚し、町を襲わせたのは、この二人組だった、と。

 ただ、話を聞いてる限りじゃ、この二人は自発的にそれをやったわけではなく、騙されただけっぽい。

 これは色々と裏の事情とかがありそう。もう少し、お話を聞いてみたい。

 いや決して興味本位じゃなくてですね? 

 リュカの町、ひいてはアルカポーネ子爵領の危機かもしれないわけで。そりゃ気になりますよやっぱり。

 それと。

 ゲームの「ロマ星」でも、同様の使い捨て召喚石を用いて、大きな事件が引き起こされている。

 よりによってルードビッヒの死因のひとつが、その事件によるものだ。

 いまの状況と、ゲーム内で発生するその事件に関連があるかどうかは、まだわからない。

 でも両者の手口はよく似ている。ひょっとすると、リュカの事件の背後にいるのも、ゲームと同じ黒幕かもしれない。

 だとすれば、放置してはおけない。むしろ将来のために、今のうちに、どうにかして、ぶっ潰しておくべきかも。

 まずは、お話の続きを聞こう。わたしがどう行動するかは、その後のことだ。


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