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#017


 リュカの領館内。

 わたしは懸命に状況把握につとめていた。

 もともと、この領館自体が町全体を一望できる高台にあり、書庫はその二階。

 ここの窓からは、かなり遠くまで見渡せる。

 暗闇の中に火光が浮かび、大きな人影がうろついている。おそらく巨人族の系統のモンスター。

 断定はできないけど、外見は以前モンスター図鑑で見た、アースジャイアントという、全裸でハゲ頭でヒゲ面という、なんかあまり凝視したくない系のモンスターに酷似している。身長は十二メートル前後。危険度は上から二番目の「高」だったはず。

 本来はダンジョンの、それもかなり深層にしか出てこないほど高レベルのモンスター。

 なぜそんなものが、ここにいるのか。

 いまは『暗視』の効果で、火の及んでない周辺の状態も、わたしには見えている。なおかつ『身体強化』で視力も強化されているため、かなり細かい状況まで、はっきりと観察できていた。

 アースジャイアントのほかに、詳細不明の小さな人型モンスターが、何十と群がって、リュカの町の外壁に、わらわらと押し寄せている様子。

 あれは以前、図鑑で見たゴブリンに似ているけれど、ちょっと細部が違う。身体のあちこちに、角だかトゲだか生えてて、ずいぶん禍々しい外見。変異種、とか?

 ゴブリンっぽいのに、口から火を噴く能力があるようだ。それで外壁を燃やし、焼き落として突破しようとしている。

 アースジャイアントのほうは、素手で門を破壊しようと、躍起になっている。

 つまり、大小のモンスターが、同時にリュカの町を襲っていると。

 大小の両者は、連携を取っておらず、個別に攻撃してきている。おかげで、まだ門も壁も抜かれてはいないけど、このままでは、それも時間の問題だろう。

 では、なぜ誰も迎撃に出ていないのか?

 たぶん、領兵隊も冒険者も、いまはハイハットのほうへ出払ってしまっているせいだろう。対応できる戦力が残っていないんだ。

 ハイハット襲撃の件と、ここが襲われているのと、関係があるのかどうかは、今の時点では判断できない。

 この状況で、父が一人で領館の外へ飛び出していったとか。

 まさか、モンスターと戦うために?

 父は凄い魔法使いだと。モンスターなんかイチコロだと。先ほど母に聞かされたばかり。

 けれど、やっぱり心配だ。いくら昔は強かったといっても、いまは一児の父、戦うにはブランクがあるはず。

 それに、あのアースジャイアント、すっごく強そうだし。

 万一、父に何かあったら。

 ……わたしは、前世では早くに両親を失っている。

 この世界に生ま変わって、ちょうど四年。

 わたしは、いまの両親が大好きだ。本当の家族だと思っている。

 なのに、ここでまた家族を失うなんて。

 絶対に嫌だ。

 わたしはどうすべきだろう?

 いまは、わたしだってモンスターと戦える力がある。未熟者ではあるけれど。

 ――そもそもわたしは、目立ちたくはない。これまで、そういう前提で行動してきた。

 けれど家族の危機を前に、それを言ってはいられない。

 わたしも出て行って、加勢すべきだ。

 さいわい今なら、向かうべき方角と場所ははっきりわかる。

 わたしは、決断を下した。

 それで、具体的には――ここから窓の外へ、一気にジャンプして飛び出そう。『身体強化』が掛かっている今のわたしならば、その程度の芸当は可能だから。

 着地したら、あとはわき目もふらず、火の手へと走ればいい。それでいこう。

 わたしは、静かに本棚の天板の上に立ち、両足を張って、窓外へ跳び出すべく、身構えた。

「よしっ――」

 両脚に、ぐっと、力をこめたところで。

 窓の外の情景に異変が生じた。

 それまで、炎をバックに暴れ回っていたアースジャイアントの巨影が。

 突如、目にもまばゆい雷光の輝きに全身包まれ――バキン! という激しい落雷の音とともに、その場に倒れ込んで、動かなくなった。

 続いて、涼しげな蒼い光が、外壁一帯を覆う。

 途端に、あんなに燃え盛っていた火が、すぅっ……と、消えていく。

 あれはなんだろう、水か、氷……そういう系統の範囲魔法だろうか。

 これによほど驚いたのか、それとも大型モンスターが倒されたためか。

 外壁にたかっていた変異種ゴブリンの群れが、一斉に背を向け、逃げ走りはじめた。

 そこへ。

 逃がさじとばかり、複数の青い雷が、天からモンスターらの頭上へ降り注ぐ。

 あれは……おそらく雷撃系の上位攻撃魔法、『招雷』だと思う。あれも範囲型。わたしも呪文は修得しているけど、実際に使ったことは、まだない。

 あれほど完璧に制御された範囲攻撃魔法の行使は、いまのわたしでは、たぶん無理だろう。

 誰の仕業、などと考えるまでもない。

 外門の脇にそびえる望楼の上。闇のなか、悠然と佇む人影ひとつ。

 その細くダンディーな背中を、わたしが見間違うわけもない。

 そう。

 父が。

 たった一人で、モンスターの大群を鮮やかに全滅させてしまった。

(すっご! うちのパパ、強すぎ!)

 わたしは、すっかり見惚れていた。

 いや、あれは反則でしょう。カッコよすぎるもの。母が一発で惚れたのも、そりゃ納得だ。

 でも、ただ見惚れてばかりはいられない。

 さいわい、わたしなんかが加勢するまでもなく、父があっさり片付けてくれたけど……。

 その父が用いた、いくつかの魔法。

 周囲に余計な被害をもたらさないよう、威力も効果範囲も完璧に制御されていた。

 同じような魔法を使うにしても、ただ呪文を唱えて、えいっ、とやるだけの、わたしの魔法なんかとは、まったく違う。

 ようするに、魔法のコントロールができるかどうか。これが、今のわたしと父との、大きな差。

 ついさきほど、『浮遊』魔法を制御できず、天井に頭を打ち付けたのが、そのいい例だ。

 あの技術は、必ず学ばなければ。

 いつか、わたしが大きくなって、ルードビッヒやポーラを守れるだけの力を手に入れたとしても。

 そのとき、魔法の適切な制御ができていなければ、想定外の被害を、周囲にもたらす可能性がある。

 守るべき対象を、ピンポイントで守りきる。そういう繊細なコントロールが必要な局面もあるだろう。

 ……父に直接教わる、というのも、手だろうか? 父に弟子入り志願してみたら、たぶん父は嫌とはいわないだろうけど。

 でも、じゃあ父は、どこの誰に、あれほど完璧な魔法の制御法を教わったのか?

 おそらくだけど、その答えが、この書庫に並ぶ『応用魔術大全』ではないだろうか。

「……よっ、と」

 わたしは、本棚の天板から、手近な床へと飛び降りた。

 静かに振り返り、見上げる。

 ちょうど、そこにそびえる巨大な棚こそ、最上段から最下段まですべて『応用魔術大全』の背表紙が並ぶ、いわば『応用魔術大全』専用の本棚だった。

 まずは、これを読もう。熟読しよう。

 それでも思うように学習が進まないようなら、そのときこそ、父に直接教わろう。よしそうしよう。そう決めた。

 わたしは、ぐっと棚に手を伸ばして、最初の一冊を……。

 第一巻が、一番上の段だった。手が届くわけがない。

 わたしは、やむなく棚をよじのぼって、どうにか第一巻を抜き取り、また床へと飛び降り、さっそく開いてみた。

 ぶ厚い書物なのに、字がおそろしく細かく、ページをびっしりと埋め尽くしている。

 けれど何かしら、わたしの目を惹きつけるような不思議な引力を、この本からは感じる。

 わたしは、その場に座り込み、読み始めた。

 ドアの向こうで、また職員さんたちが、どたばた駈けずり回る足音がきこえている。

 けれどもう、そんな外の状況がまるで気にならないほど、わたしは本の内容に没頭していた。


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