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#013


 新聞といっても、藁半紙より品質の低い紙に、びっしり記事を書きこんだものを、四つ折りにした程度のもの。

 それでも、かなり高度な印刷技術が駆使されているのはわかる。活字はくっきりとしていて、インクの質もそれなり。レイアウトも洗練されている。

 ネットもテレビもラジオも電話もない文明水準で、広く浅く情報を得られるメディアといえば、新聞ということになるのだろう。

 わたしが記事を読む間、父は部下の職員がたをデスクのそばへ集めて、状況を確認していた。

「すぐ動かせる兵力は?」

「領兵隊は、アルビン隊、フラガ隊、総数五十名ほど、すでに待機中です」

「冒険者組合のほうは?」

「緊急クエストを依頼済みです。ただ、募集と編成に、あと半日はかかるでしょう」

「それらの戦力で足りそうかね?」

「確言はできませんが、危険度『高』ランクのモンスターさえ出てこなければ、なんとかなるかと」

 危険度「高」ランクモンスターは、熟練の冒険者たちが万全の状態でパーティーを組んで、ようやく倒せるというレベルだとか。わたしが以前倒したレグザベアで危険度「中」ランク相当。

 あれより強いとなると、ダンジョンにいるようなレベルの、かなり凶暴なモンスターということになる。

 そんなのが地上に出てきたら大変だ。わたしも、さすがに苦戦するかもしれない。

「森でモンスターを見なくなったと思ったら、今度は人里に出てきたか……頭が痛いな。とにかく、アルビンとフラガの部隊を、現地へ向かわせるように。命令書にはサインしておいた。持っていきたまえ」

「はっ」

「オイスト、きみはすぐ冒険者組合へ行って、彼らの尻を叩いておいてくれ。この私じきじきの依頼だと言い添えれば、彼らはすぐに動いてくれるよ」

「承知しました」

「領主様。いまのうちに、避難民の受け入れ準備をすべきかと」

「確かに。ではラークくん、任せてよいかね? 必要資材はミーレス商会に出させるように」

「はい。ただちに取り掛かります」

 職員の方々が、父の指示を受けて、続々と執務室を退出してゆく。

 その緊迫した状況を横目に、わたしはのんびりと新聞記事を読み進めていた。

 記事で確認できる村の被害は、死者こそ出ていないが負傷者は十人以上。もう本格的な避難が始まっており、ハイハット付近は現在、無人となっている……とか。

 紙面のほとんどがハイハットの一報に割かれているけど、下のほうに、いくつか小さな囲み記事があった。

 そのなかに、わたしにとっては、ハイハットの現状よりも遥かに重大な記事がある。

『先日、王宮にて、第五王子が誕生。現在、王都は祝賀ムードに包まれている』

 ……という。






 ゲームの「ロマ星」開始時点では、継承権を持つ王子が十人揃っている。いまはまだ、その半分までしか生まれてない。

 しかも、第三王子ルードビッヒ、第四王子アレクシスの二人を除いて、全員異母兄弟。

 よくもまあそんなポンポンと子供が作れるものだ、この国の王様は。「ロマ星」でルードビッヒが死ぬ羽目になるのも、そのせいだし。

 なかでも、この新聞記事にある、先日誕生したという第五王子、ラムセス。これは最悪だ。

 なにが最悪って、ラムセスだけは正室、すなわち王妃の子なのである。他は全員、側室の子。でありながら、王様は、とある事情から、ラムセスを王太子にしようとはしなかった。

 これが後々、継承権争いを複雑化させる主要因ともなる。

 ラムセス自身は、ゲーム登場時点で十二歳。ほんの子供にすぎないけど、諸侯のうちおよそ半数がラムセスを正統として担ぎ上げ、国内最大派閥であるルードビッヒ擁立派に匹敵するほどの巨大派閥を形成する。

 さらに第六王子から末弟の第十王子に至るまで、異母弟たちの支持派閥も、水面下の工作によって全てラムセス派に取り込まれ、結託してルードビッヒの排斥、謀殺に乗り出してくる。

 これでラムセスが美少年なら、いかにも華やかな宮廷闘争という演出になったのだろうけど……残念ながら、お腹の出っ張った、太……いえ、ご立派な体格で、性根がねじくれてそうな顔つきの、わかりやすい悪役少年だったりする。

 ゲームでは、六人の攻略キャラのうち、「侯爵家嫡男ルパート」と結ばれる通称「ライヤちゃんと一緒」ルートでのみ、主人公ルナちゃんとラムセスの対決が描かれる。

 ……ラムセスを支持し、ルードビッヒの謀殺に成功した派閥諸侯の一雄、ベルアクス侯爵家。

 けれど、その嫡男であるルパートは、幼少の頃より第四王子アレクシスの親友であり、ルパート個人としては、ルードビッヒ亡き今、次期王位にはアレクシスこそ相応しいと考えていた。同時に、ルードビッヒの次にラムセス派に狙われるのはアレクシスだろうと、危惧を抱いていた。

 一方、ゲーム主人公ルナちゃんは、学園入学後、同級生ルパートと親交を深めつつ、王都にて、第五王子ラムセスの取り巻きと、ちょっとしたトラブルになる。このときルナちゃんは、生まれ持った「月の聖女」の力によって、ラムセスの背後に潜む「闇の力」を感知していた。

 さらに、ルパートがひそかにラムセスを危険視していることを知ったルナちゃんは、ルパートと協力関係を結ぶ。

 ルナちゃん、ルパート、その妹である侯爵令嬢ライヤの三人は、ベルアクス侯爵家の様々な特権と人脈を駆使して、ラムセスの背後調査に乗り出す。その過程で、急速に惹かれあい、より親密な仲になっていく、ルナちゃんとルパート。そんな二人を喜んで後押しする妹ライヤちゃん。

 このライヤちゃんというキャラクターは、攻略ルートによっては「悪役令嬢」としてルナちゃんのライバルとなることもある。

 けれどルパートの攻略ルートでは、ルナちゃんとの関係はとても良好で、有能な協力者として大活躍してくれる。

 調査の結果、実はラムセス自身をはじめとする第五王子派閥の人々は「北塔の魔女」の闇の魔力によって精神を侵食され、王国を破滅させるべく行動させられていた……という真相が明かされるのが、このルートの内容。もちろん主人公ルナちゃんが、全部きれいさっぱり浄化してしまう。

 その後、ポーラを核とするラスボス「闇星の魔神」が出現する。そこは全ルート共通なので変わらない。

 で、ルパート攻略ルートのトゥルーエンドでは、めでたくルナちゃんとルパートが結ばれるのだけど……。

 ルナちゃんの右にルパートが立ち、左からはライヤちゃんが満面の笑顔でルナちゃんに抱きついている、というスチールをバックに、エンドロールが流れる。これが「ライヤちゃんと一緒」という通称の由来である。とてもとても尊い絵面だと、当時感動したものだ。どうぞ三人お幸せに、と祈らずにはいられない。

 ……これらは、あくまでゲームのお話。

 現実、生まれたばかりのラムセスが今後どうなるのかは未知数。あるいは王様がラムセスの立太子を決めたりすれば、その時点でルードビッヒとポーラの未来も、ゲームとは変わることになる。

 ここはじっくりと続報を待ちたいところだ。

 ハイハットの現状も気にはなるけど、兵隊さんと冒険者さんたちが、なんとかしてくれるでしょう。

 わたしが出しゃばる必要はない……はず。


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