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#011


 四歳になった。

 今年の誕生日は、屋敷のなかで、両親がお祝いのパーティーをしてくれた。

 昨年も一昨年も、誕生日のお祝いはしてもらっていたけれど、今年はそれよりほんの少し豪勢だった。

 ちょっとした料理とお菓子がテーブルに並んで、小さなリボンの髪飾りや手作りブローチなんかを両親にプレゼントしてもらった。使用人の方々も全員出席して、その代表ということで、家令のルーシャンさんが、絵本を一冊、プレゼントしてくれた。

 ルーシャンさんは口髭の似合うダンディーなイケオジだ。寡黙で、普段わたしとは、ほとんど話さないのだけど、向けてくる視線はいつも穏やかで優しい。孫を見守るような目、とでもいうか。まさに慈愛のこもった眼差しだ。

 この世界、本ってそれなりに高価なもので、使用人の方々が少しずつお金を出し合って、買ってきてくれたのだとか……。

 わたしの成長を、こんな風に笑顔で祝ってくれる人たちがいる。

 それが素直に嬉しくて、ちょっと涙ぐんでしまった。

 わたし、前世では、誕生日をまともに祝ってもらったこと、なかったから。

 転生先がこのアルカポーネ子爵家で、本当によかった。

 わたしは、両親の愛情に、使用人の方々の優しい心遣いに、そしてこの家に転生させてくれた女神アナーヒター様の差配に、心から感謝していた。

 さらに。

「よし、明日は、パパとお出かけしよう。約束通り、リュカの町を、シャレアにみせてあげなくちゃね」

 席上、父は、にこやかに告げてきた。

 そういえば以前、わたしが四歳になったらリュカへ連れていってくれると……そんな約束をしていた。

「ほんと? たのしみー!」

 わたしは思わずバンザイポーズで笑顔になっていた。

 実際、前々からリュカの町へ行ってみたいとは思っていた。

 屋敷のなかでは完璧に母の尻に敷かれっぱなしの父だけれど、領主としての仕事ぶりはどんなものだろうかと、興味津々だった。

 父の職場である領館には、ここより大きな書庫があるという。これまた絶対行きたい場所。なにせ屋敷の蔵書はもう全部読んでしまっているし……。

 さらに、リュカの町には冒険者組合の支部もあるのだとか。本物の冒険者というものを、わたしはまだ生で見たことがない。どんな人たちなのか。かなり興味がある。

 なにより、一度でも訪れた場所ならば、わたしは『転移』で一瞬で移動可能になる。

 リュカの町に連れて行ってもらえれば、今後はそこを新たな拠点として、行動範囲をさらに広げてゆくことが可能だ。

 先日の「レッドデビル騒動」以来、わたしは、あえてモンスター狩りを自粛していた。

 おかげで、ダンジョン攻略も、いまだ手付かずの宿題となっている。

 リュカの町なら、ダンジョンに関する情報収集もできるかもしれない。

 これは、父からの最高の誕生日プレゼント!

 と、そのときは、思っていたのだけど。






 翌日。

 屋敷からリュカの町へと向かう道程。

 その馬車の中で。

「うにゅう」

 わたしは、すっかりグロッキーになっていた。

 車酔いじゃない。

 はじめての、この世界での馬車旅。

 想像以上に厳しかった。

 なにせ、舗装もされてない、石ころだらけの街道。

 そこをサスペンションもない馬車で、ガラガラと走ってゆくのだから。

 客車内の振動はすさまじい。座席にはクッションもあるし、使用人の女の子に抱っこしてもらってるけど、それらじゃとても吸収できないぐらい激しい揺れが、常時、四歳児の身体を痛めつけてくる。

 首が。背中が。

 いたい。

 これは、父が昨年まで「まだシャレアには早い」と言っていたのも納得がいく。

 大人たちは慣れているのか、みんな平然としてる。

 わたしも、今からでも魔法で『身体強化』してしまえば余裕で耐えられるだろうけど、さすがに父や使用人の方々が見ている前で、そんな高度な魔法を四歳児が使うわけにはいかない。確実に大騒ぎになる。

 わたしはモブキャラ。目立つつもりはないのだから。

 ここは頑張って、やりすごすしかない。

 地獄のような二時間の道程を終えた頃には、わたしは溶けかけたゼリー状物体みたいにグッタリとして、父の胸に抱かれた状態で馬車を降りる羽目になった。

 大人たちは、わたしがこうなるとわかっていたようだ。

 むしろ。

「初めて馬車に乗った子は、たいてい途中で泣き出してしまうんだ。シャレアは偉いよ。我慢強い子だ。なに、このぶんなら、すぐに慣れるさ」

 とは父のコメント。なんでそんな過酷なの、この世界の馬車旅。

 帰路もまたこの馬車に乗るわけだけど、直前にこっそり『身体強化』使っておいたほうがよさそう……。

 ともあれ、リュカの町に到着。

 ここは領館の門内らしい。ちょっと振り返って背中越しにうかがってみると、町中でもかなり高台の立地らしく、町の様子、外壁や外門の向こうまで、ざっと一望できる。

 だいぶ古い町並みのようだ。大通りには人の姿も多く、馬車も頻繁に行き交ってて、意外に賑わってる。

 一方、眼前にそびえる領館は、石造りの大きな建物。あちこち塗装が剥げてたりして、古びているように見えるけど、造りが武骨で、がっしりした印象。

 その正面玄関の前に並ぶ人々。

「お帰りなさいませ、領主どの」

「お待ちしておりました」

 丁重なご挨拶。領館の職員さんたちのようだ。

「待たせてしまったね。報告は後で聞こう。先に娘を休ませてあげたいのでね」

 わたしを抱きかかえたまま、キリッとした顔つきで応える父。

 おお、カッコイイ。家ではちょっと見られない顔だ。なんだか威厳すら漂っている。これが子爵様の本気というものだろうか。

「これは可愛らしい娘さんで」

「利発そうなお子さんですなあ」

「なるほど、目元が、お父君によく似ておられる」

 わたしの背中ごしに、口々に褒めそやす職員の方々。

「そうかい? ははは、そうだね、私の自慢のシャレアだからね」

 なんとも嬉しそうに笑う父。一瞬にして子爵様の威厳は消え去り、いつもの父に戻ってしまった。

 おそらく父は、家の外では貴族らしく、ビシッと決めているのだろう。

 でもわたしがそばにいると、つい子煩悩な顔になってしまうみたいだ。父親ってそういうものだね。


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