モンスターを倒すと、経験値が得られる。
それが一定以上に達するとレベルが上がり、全般能力が向上する。
……というシステムが、この世界には存在していた。
いや、誰でもそうなのかはわからないけど。少なくとも、わたしの身には適用されているようだ。
惜しむらくは、具体的な数字などを見ることはできない。そこはやはりゲームと現実の違い、ということだろうか。
それでも、たったいま、ブロスターウルフ四体を倒し、レベルアップというものを実際に体感した。
明らかに、レベルアップ前より、一段と全身に力がみなぎっている。
これを繰り返し、どんどんレベルアップしていけば。
わたしは、強くなれるはず。いつの日か、ルードビッヒとポーラを、あらゆる魔の手から守り抜けるほどに。
――よし! どんどんモンスターを倒そう!
わたしはいよいよ意気高らかに、さらなる森の深奥へと踏み込んでいった。
……この一夜だけで、わたしは三十二頭のブロスターウルフと、猪の姿の大型モンスターであるガッザーボア七頭を狩り、十三回のレベルアップを経験した。
『転移』で屋敷の寝室に戻った頃には、もう夜が明けかけていた。
さすがに疲れていたのか、パジャマに着替えて眠ってから、半日以上、どうあっても目をさまさず、母と使用人の方々を、たいそう心配させてしまった。
今後は、もう少し早めに戻るようにしよう……。
それから、わたしは数日に一度は「お出かけ」して、森のモンスターを狩り続けた。
一度でも到達した場所ならば、いつでも『転移』で再訪できる。
そこからまた先へ、進めるだけ進み、疲れたら屋敷へ戻る。
それを繰り返しながら、じわじわと『転移』可能な行動範囲を広げ、目に付くモンスターを片っ端から殲滅しながら、森を攻略していった。
やがて一ヶ月ほどかかって、森の中心部まで辿り着いた。
そこで待ち受けていたのは、熊をさらに巨大化したような大型モンスター、レグザベアの群れ。
体高十メートルもある巨体で、顔つきもいかめしくて、物凄い迫力。それが五体も一斉に出てきた。
対するこちらは、まだ身長一メートルにも届かない三歳児。本来、戦いにもならない、一方的すぎる組み合わせ。
童謡の森の熊さんなら、お嬢さんお逃げなさいと言ってくれるかもしれないけど、もちろん、そんな優しいモンスターがいるわけもない。
『氷弾』
わたしは、相手が攻撃してくる前に、問答無用で攻撃魔法を放った。初めて使う魔法だ。
蒼い光が闇を裂いて閃き、五体のレグザベアが一瞬で凍結し、巨大な氷の像と化した。もう絶命している。
周囲にはもうもうと、冷気のモヤが漂っていた。巻き添えを食って、付近の木々まで真っ白に凍り付いている。
本来、『氷弾』は、小さな氷の欠片を飛ばして、対象にささやかなダメージを与える水系魔術と、魔術書には記されていた。『迅雷』と同じく、攻撃魔法としては最弱クラス。
……のはずなのに、たった一発で、この惨状。
これまで何度も、こんな感じで、ごく弱い攻撃魔法を何種類も「試し撃ち」してきた。
それで、ようやくわかってきたことがある。
思えば、はじめてお出かけしたときから、違和感があった。
最弱の攻撃魔法一発で、危険度「中」ランク以上のモンスターが即死するなんて、普通ではありえないこと。
つまり。
(わたしの魔力、高すぎ……?)
これまで、魔法書でわたしが修得したものには、『迅雷』や『氷弾』よりもっと強力な魔法が数多くあるけれど。
正直、どんな威力になるのか想像がつかなくて、ちょっと試すのを躊躇している。
実際、この近辺のモンスターぐらいなら、『迅雷』程度でじゅうぶん討伐できるし。
また、当初は日に二度も使えば魔力切れを起こして、へとへとになっていた『転移』も、いまでは何度でも使用可能。
これはレベルアップの賜物だろう。おそらく魔力の上限も大幅に上がっているはず。
いまのわたしのレベルや魔力が具体的にどれくらいあるのか、知ることはできないけど。たぶん、もうレベル50や60ぐらいにはなっていそうな気がする。
ともあれ、この森で最強のモンスターとされるレグザベアも、討伐してしまった。
そろそろ、ダンジョン攻略にも挑戦してみようかな?
ここから一番近いダンジョンの所在地は、地図で確認している。
ゲームには登場せず、名前を聞いたこともないダンジョンだけど、さいわいアルカポーネ子爵家の領地のなかにあるので、辿り着くだけなら簡単だ。
ただ、ゲームの経験から、ダンジョンが決して生易しい場所でないことは、わたしにも想像がつく。
トラップ満載の複雑な迷路が、複数階層、ダンジョンによっては数十階層も連なっている。モンスターも地上と比較にならないぐらい強くなるはず。
しかも、わが家の蔵書には、ダンジョンにまつわる書物など皆無だった。事前の情報収集は困難だろう。
さて、どうしたものか……。
ダンジョン攻略を考え始めて数日。
夕方、家族三人で食事を終え、久しぶりに団欒のひとときを過ごした。
相変わらず両親の仲は良好。いやむしろ、以前より夫婦のスキンシップが濃厚になっているような。わたし、二人の間にいると、なんだか押しつぶされそう。それくらい父母は仲良くベッタリくっついてる。
「そういえばきみ、聞いたかい?」
「なあに、あなた?」
今日は珍しく、父が話題を振っている。
「街道沿いの森なんだけどね。近頃、あの近辺で、モンスターをまったく見かけなくなったそうだよ」
ぴくっ、と、わたしの頬がひきつった。
「へえ? 確か、あのあたりって、かなりランクの高いモンスターが棲息してましたよね?」
「そうなんだよ。時々街道にも出てきて危ないから、いずれ冒険者組合に大規模討伐を頼もうと思っていたんだ。けど、なにぶん、予算がね」
「なら、ちょうどよかったじゃありませんか」
「冒険者組合の報告では、正体不明の何者かが、あの近辺のモンスターを根こそぎ倒してしまったようでね。いや、こちらとしては、その点は助かるんだけど……」
「正体不明? 冒険者じゃないんですか?」
「違うみたいだよ。目撃証言によれば、赤い服を着た、まるで小さな子供のような姿の怪物が、物凄い魔法をぶっ放して、魔物を殺し回ってたんだとか」
ぴぴくっ、と、わたしの頬が、大いにひきつった。
「その怪物は、レッドデビル、と呼ばれてるそうだよ」
「まあ。それじゃ、モンスターのかわりに、いまはそのレッドデビルが、森にいるってこと?」
「おそらくね。レッドデビルは、冒険者組合でも手に負えそうにない、と報告を受けてる」
「ほんと、何者なんでしょうね?」
「魔王の関係者かもしれない、と推測されているけど、実際どうなのか、まだなんともいえないね。ただ、人間を襲った例はまだないそうだから、レッドデビルが我々の敵ではないことを祈るしかないね」
うん。
それ、わたしだ……。
だいじょうぶ、わたし敵でも魔王の関係者でもないから安心してねパパ……と、心のなかで呟いておく。
それにしても、目撃証言があるってことは、どこかで誰かに見られてた?
いや全然気付かなかった……。今後はもっと気をつけよう。
わたしは主人公じゃない。目立つ必要なんてない。もっとモブらしく動かねば。
あと、レッドデビルは、さすがにひどくない? お気に入りの赤いワンピースを着てたせいで、変なあだ名が付いてしまった……。