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#010


 モンスターを倒すと、経験値が得られる。

 それが一定以上に達するとレベルが上がり、全般能力が向上する。

 ……というシステムが、この世界には存在していた。

 いや、誰でもそうなのかはわからないけど。少なくとも、わたしの身には適用されているようだ。

 惜しむらくは、具体的な数字などを見ることはできない。そこはやはりゲームと現実の違い、ということだろうか。

 それでも、たったいま、ブロスターウルフ四体を倒し、レベルアップというものを実際に体感した。

 明らかに、レベルアップ前より、一段と全身に力がみなぎっている。

 これを繰り返し、どんどんレベルアップしていけば。

 わたしは、強くなれるはず。いつの日か、ルードビッヒとポーラを、あらゆる魔の手から守り抜けるほどに。

 ――よし! どんどんモンスターを倒そう!

 わたしはいよいよ意気高らかに、さらなる森の深奥へと踏み込んでいった。

 ……この一夜だけで、わたしは三十二頭のブロスターウルフと、猪の姿の大型モンスターであるガッザーボア七頭を狩り、十三回のレベルアップを経験した。

『転移』で屋敷の寝室に戻った頃には、もう夜が明けかけていた。

 さすがに疲れていたのか、パジャマに着替えて眠ってから、半日以上、どうあっても目をさまさず、母と使用人の方々を、たいそう心配させてしまった。

 今後は、もう少し早めに戻るようにしよう……。






 それから、わたしは数日に一度は「お出かけ」して、森のモンスターを狩り続けた。

 一度でも到達した場所ならば、いつでも『転移』で再訪できる。

 そこからまた先へ、進めるだけ進み、疲れたら屋敷へ戻る。

 それを繰り返しながら、じわじわと『転移』可能な行動範囲を広げ、目に付くモンスターを片っ端から殲滅しながら、森を攻略していった。

 やがて一ヶ月ほどかかって、森の中心部まで辿り着いた。

 そこで待ち受けていたのは、熊をさらに巨大化したような大型モンスター、レグザベアの群れ。

 体高十メートルもある巨体で、顔つきもいかめしくて、物凄い迫力。それが五体も一斉に出てきた。

 対するこちらは、まだ身長一メートルにも届かない三歳児。本来、戦いにもならない、一方的すぎる組み合わせ。

 童謡の森の熊さんなら、お嬢さんお逃げなさいと言ってくれるかもしれないけど、もちろん、そんな優しいモンスターがいるわけもない。

『氷弾』

 わたしは、相手が攻撃してくる前に、問答無用で攻撃魔法を放った。初めて使う魔法だ。

 蒼い光が闇を裂いて閃き、五体のレグザベアが一瞬で凍結し、巨大な氷の像と化した。もう絶命している。

 周囲にはもうもうと、冷気のモヤが漂っていた。巻き添えを食って、付近の木々まで真っ白に凍り付いている。

 本来、『氷弾』は、小さな氷の欠片を飛ばして、対象にささやかなダメージを与える水系魔術と、魔術書には記されていた。『迅雷』と同じく、攻撃魔法としては最弱クラス。

 ……のはずなのに、たった一発で、この惨状。

 これまで何度も、こんな感じで、ごく弱い攻撃魔法を何種類も「試し撃ち」してきた。

 それで、ようやくわかってきたことがある。

 思えば、はじめてお出かけしたときから、違和感があった。

 最弱の攻撃魔法一発で、危険度「中」ランク以上のモンスターが即死するなんて、普通ではありえないこと。

 つまり。

(わたしの魔力、高すぎ……?)

 これまで、魔法書でわたしが修得したものには、『迅雷』や『氷弾』よりもっと強力な魔法が数多くあるけれど。

 正直、どんな威力になるのか想像がつかなくて、ちょっと試すのを躊躇している。

 実際、この近辺のモンスターぐらいなら、『迅雷』程度でじゅうぶん討伐できるし。

 また、当初は日に二度も使えば魔力切れを起こして、へとへとになっていた『転移』も、いまでは何度でも使用可能。

 これはレベルアップの賜物だろう。おそらく魔力の上限も大幅に上がっているはず。

 いまのわたしのレベルや魔力が具体的にどれくらいあるのか、知ることはできないけど。たぶん、もうレベル50や60ぐらいにはなっていそうな気がする。

 ともあれ、この森で最強のモンスターとされるレグザベアも、討伐してしまった。

 そろそろ、ダンジョン攻略にも挑戦してみようかな?

 ここから一番近いダンジョンの所在地は、地図で確認している。

 ゲームには登場せず、名前を聞いたこともないダンジョンだけど、さいわいアルカポーネ子爵家の領地のなかにあるので、辿り着くだけなら簡単だ。

 ただ、ゲームの経験から、ダンジョンが決して生易しい場所でないことは、わたしにも想像がつく。

 トラップ満載の複雑な迷路が、複数階層、ダンジョンによっては数十階層も連なっている。モンスターも地上と比較にならないぐらい強くなるはず。

 しかも、わが家の蔵書には、ダンジョンにまつわる書物など皆無だった。事前の情報収集は困難だろう。

 さて、どうしたものか……。






 ダンジョン攻略を考え始めて数日。

 夕方、家族三人で食事を終え、久しぶりに団欒のひとときを過ごした。

 相変わらず両親の仲は良好。いやむしろ、以前より夫婦のスキンシップが濃厚になっているような。わたし、二人の間にいると、なんだか押しつぶされそう。それくらい父母は仲良くベッタリくっついてる。

「そういえばきみ、聞いたかい?」

「なあに、あなた?」

 今日は珍しく、父が話題を振っている。

「街道沿いの森なんだけどね。近頃、あの近辺で、モンスターをまったく見かけなくなったそうだよ」

 ぴくっ、と、わたしの頬がひきつった。

「へえ? 確か、あのあたりって、かなりランクの高いモンスターが棲息してましたよね?」

「そうなんだよ。時々街道にも出てきて危ないから、いずれ冒険者組合に大規模討伐を頼もうと思っていたんだ。けど、なにぶん、予算がね」

「なら、ちょうどよかったじゃありませんか」

「冒険者組合の報告では、正体不明の何者かが、あの近辺のモンスターを根こそぎ倒してしまったようでね。いや、こちらとしては、その点は助かるんだけど……」

「正体不明? 冒険者じゃないんですか?」

「違うみたいだよ。目撃証言によれば、赤い服を着た、まるで小さな子供のような姿の怪物が、物凄い魔法をぶっ放して、魔物を殺し回ってたんだとか」

 ぴぴくっ、と、わたしの頬が、大いにひきつった。

「その怪物は、レッドデビル、と呼ばれてるそうだよ」

「まあ。それじゃ、モンスターのかわりに、いまはそのレッドデビルが、森にいるってこと?」

「おそらくね。レッドデビルは、冒険者組合でも手に負えそうにない、と報告を受けてる」

「ほんと、何者なんでしょうね?」

「魔王の関係者かもしれない、と推測されているけど、実際どうなのか、まだなんともいえないね。ただ、人間を襲った例はまだないそうだから、レッドデビルが我々の敵ではないことを祈るしかないね」

 うん。

 それ、わたしだ……。

 だいじょうぶ、わたし敵でも魔王の関係者でもないから安心してねパパ……と、心のなかで呟いておく。

 それにしても、目撃証言があるってことは、どこかで誰かに見られてた?

 いや全然気付かなかった……。今後はもっと気をつけよう。

 わたしは主人公じゃない。目立つ必要なんてない。もっとモブらしく動かねば。

 あと、レッドデビルは、さすがにひどくない? お気に入りの赤いワンピースを着てたせいで、変なあだ名が付いてしまった……。


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