ルードビッヒとポーラ。
かたや、何をどうやっても本編開始前に絶対死んでる王子。
かたや、何をどうやっても救う手段がないラスボス令嬢。
わたしが「ロマ星」で最も推していたベストカップルは、ともに悲劇に見舞われ、添い遂げることはできない運命。
キッカケという点でいえば、そんな悲劇のカップルだからこそ、この二人に強く心惹かれた。そこは正直否定できない。
本編発売からしばらく経ち、DLCやファンブックなどで、ルードビッヒとポーラの拾遺譚というか、過去編ストーリーのようなものがいくつか追加された。
ゲーム本編では語られなかった二人の逸話、意外な一面などが新たに公開され、わたしはいよいよ二人の魅力に憑り付かれた。
それらDLCの一部には、納得いかない内容の追加ストーリーもあったのだけど。そこだけ担当ライターが別の人で、テキストの質が落ちたということらしい。それでつい、開発元のアンケート用紙に抗議を書き込んで送ったりもした。
それはそれとして。
ゲームのメインキャクターであるイケメン六人衆も、もちろんみんな魅力的で大好きなのだけど、それでもわたしの「最推し」といえば、やはりルードビッヒとポーラ。このカップルに勝る存在は無い、とわたしは思っている。
……それで、あらためて気付いたことがある。
いま、わたしがすくすくと成長しているこの世界では、ルードビッヒとポーラは、まだ生きている。
現在、二人は四歳だという。
ゲームの通りであれば、ルードビッヒの死亡時期は、学園の最上級生となっている十八歳の頃のはず。
実際にこの世界の出来事が、何もかもゲームの通りになるのかは、今のわたしにはわからない。
でも。
少なくともゲーム内でのルードビッヒの死因と死亡時期を、わたしは知り尽くしている。
なら、それらを防ぐ手立てを、講じられないだろうか。わたしなら、それができるのではないか。
ルードビッヒの死を阻止できれば、ポーラが北塔の魔女を訪れる必要がなくなる。結果的に、ポーラも救えることになるだろう。
この世界ならば。まだ二人が元気に生きている、この世界でならば。
わたしの最推しカップルに、ゲームではありえなかった、幸福な未来をもたらすことが――できるのではないか?
それはゲーム本編のストーリーをぶち壊す行為かもしれない。
でも、わたしは学園では「名有りのモブ」に過ぎない立場。ルナちゃんや六人の攻略対象たちに直接干渉さえしなければ、特に問題は起きないはず。そもそもルードビッヒの死亡時期は、ルナちゃんたちが学園に入ってくる前だし。
となれば、わたしがまずやるべきは。
強くなること。
わたしが今のまま普通に成長して、ただのシャレア・アルカポーネとして学園に入っても、所詮は普通のモブキャラクター。ルードビッヒの死を阻止するような力はないだろう。
たとえば、一番最初の死亡パターンでは、爆発魔法を使いこなす魔術師が下手人になっている。政治的にも、第二王子グランゼルという強力なバックがある。一介のモブでは到底手が出せない相手だ。この時点でもう詰んでいる。
でも、「ロマ星」というゲームには、強くなる手段が存在している。それがRPGパート。
基本的に「ロマ星」はノベルゲームパートとRPGパートを交互にこなしながら進行するゲームだ。実のところ、「ロマ星」のプレイ時間の大半は、このRPGパートのほうに費やされる。
主人公ルナちゃんは、学園入学後、「聖女の修行」と称して、冒険者組合に登録し、学園生活の合間に冒険者として活動することになる。なにせ「ロマ星」の世界は、そこらの森や平原にもモンスターのたぐいがうろついており、冒険者は、それらを討伐して街道交通の治安を守る立派な一職業として認識されている。ルナちゃんも、そんな冒険者の一員として、フィールドを巡り、ダンジョンに潜り、モンスターを狩りまくってレベルを上げ、お金を稼ぎ、装備を充実させていく。
なお、最初はソロでモンスター討伐にいそしむルナちゃんだが、ノベルゲームパートでの立ち回り次第で「攻略対象イケメン六人衆」から、好感度の高い順に三人まで、NPCとしてルナちゃんについてくるようになり、最大四人のパーティーを組むことが可能になる。
RPGパートではルナちゃんのみレベルやステータスなどが画面上に表示される。モンスターを倒したり、冒険者組合からの依頼をこなしたりすることで経験値が得られ、レベルが上がる。ただしパーティーメンバーはNPCなのでリアルタイムでの成長はなく、メインストーリーの進行度合いに応じて勝手に強くなっていくという仕様だ。
レベル上限は255。もちろんレベルが上がれば上がるほど各種ステータスも上昇し、ほとんど際限なく強くなることができる。よほど頑張ればレベル上限まで上げきることも可能。
ただ実際には、レベル80まで到達して、なおかつ中級ダンジョンの攻略が完了していれば、共通ラスボス「闇星の魔神」への勝利条件クリアとなるため、わざわざレベル上限まで目指す必要はない。普通なら。
わたしは何度目かの周回の際、きっちり上限まで上げたことがある。レベルカンストさせれば、何か特別なイベントが起こったりしないだろうか、と考えたからだ。
残念ながら、カンストしても隠しイベントのようなものはなかったが……ルナちゃんがちょっと杖をコツンとやっただけで、ラスボスの巨体がボロボロ崩れ落ち、あっけなく勝負がついた。
いくらなんでも強くなりすぎた。いやこれ、パーティー組む意味なくない? 男子たち、いらなくない? と思えるほどに。
この世界で、ゲームとまったく同じようにレベル上げができるのかどうかは、まだわからない。
ただ近頃書庫を漁ってる間に、この家の蔵書から、近隣のおよその地形や、モンスターの分布、ダンジョンの位置などは調べてある。モンスターもダンジョンも、この世界には実在している。
なら、ルナちゃんと同じように、わたしもモンスターを倒せば、レベルが上がって、強くなれる可能性は十分ある。しかも学園入学まで、まだまだ時間的な余裕もある。
学園入学までに修行してレベル上限まで上げきり、ラスボスさえ軽く倒すほどの圧倒的な強さを身につける。
そうなれれば、ルードビッヒを守ることも可能だろう。なんなら、事件が起きる前に、こっそり先手を打って、事件発生そのものを予防できるかもしれない。
よし。
――強くなろう。誰よりも。
強くなって、ルードビッヒを守るんだ。
ベッドの上で、わたしは、ころころ左右に転がりながら、そう固く決意した。
問題は。
わたし、まだ二歳。
冒険どころか、屋敷の外にすら出たことがない。
決意はしたものの、本格的な修行は、もうちょっと成長してからだね……。