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#006

 その夜。

 ベッドで寝たふりしながら、先ほど両親が語り合っていたルードビッヒとポーラについて、あらためて考えていた。

 まずは、フレイア王国第三王子ルードビッヒ。

 ゲーム内における通称、悲劇の王子ルードビッヒ。

 いまはまだ四歳だというが、成長したルードビッヒは、金髪碧眼長身、眉目秀麗な好青年。

 学業成績では常に学園首席をキープし続ける一方、剣術の実力でも騎士団長ガルバイドと互角。

 普段は温厚篤実で思慮深く弁舌さわやか、誰にでも物腰やわらかく穏やかに接する、王族らしからぬ親しみやすい性格。

 ゆえに年齢や立場に関わらず、多くの人々に慕われている。

 まさに文武両道の完璧超人、王国一の美丈夫。それが、ルードビッヒ・アウェイクという人物。

 ただし。

 ゲーム「ロマンスは星のきらめき」メインストーリー開始時点で、ルードビッヒは、既に故人となっている。

 このゲーム、主人公ルナちゃんと結ばれる攻略対象として、六人の美形男子が登場するが、ルードビッヒはそのなかに含まれていない。なにせもう死んでるので。

 攻略対象六人のうち誰を、どう攻略するかというルート選択によって、ルードビッヒの死因と死亡時期は変わってくる。もちろんゲーム開始時点で故人ということで、それらは様々なキャラの口から、回想の形で聞かされる。

 たとえば、攻略キャラで一番人気な第四王子アレクシスと結ばれる、通称「王子様ルート」では、ルードビッヒはゲーム本編開始よりちょうど一年前、生徒会長として入学式に出席したところを狙われ、講堂の壇上に爆発物を投げ込まれて、ほかの生徒会メンバーともども爆殺されてしまう。

 犯人はルードビッヒとアレクシスの異母兄、第二王子グランゼルの派閥に属する魔術師。

 ゲーム開始後、ルナちゃんの活躍によって真相が暴かれ、グランゼルは廃嫡、下手人の魔術師も逮捕、処刑されることとなる。

 また、アナーヒター様の推しキャラであるパーくんこと王国宰相の子息パーサーの攻略ルート、通称「軍師様ルート」では、生徒会長ルードビッヒが生徒会室で毒殺の憂き目に遭う。ほかの生徒会メンバーも巻き込まれて全滅する。

 これは王国宰相の政敵、保健衛生大臣の差し金によるものであり、もちろんルナちゃんの大活躍によって、保健衛生大臣は追い詰められて失脚。

 その保健衛生大臣が属していたのが、第一王子マルケの派閥。重鎮だった大臣を失い、派閥は第一王子の意思によらず暴走。第一王子派の諸侯の一部が王国から離反し、内乱状態に陥りかけるも、われらが軍師パーくんの策略で、反乱軍は同士討ちを演じ、勝手に壊滅してしまった。めでたしめでたし……。

 こういう具合に、ルードビッヒには攻略ルートごとに様々な死因が用意されており、わたしがゲーム内で確認した限りでは、合計十八もの死亡パターンが存在していた。

 主人公ルナちゃんは、王立学園へ入学後、攻略対象六人を含む数多くの人々と出会い、そのなかでたびたび、既に故人となっている悲劇の第三王子ルードビッヒの生前の逸話、回想を耳にする。

 その人柄や能力は、死後も王国内に強い影響を残し、ことあるごとに「ルードビッヒが生きていたら」「ルードビッヒならどうしただろうか」「ルードビッヒ王子がおられれば」などと語られ、惜しまれ続ける存在となっている。

 ただ、前世のわたしが、攻略対象でもないルードビッヒ「最推し」だったのは、キャラデザインや性格やボイスが「ど」ストライクだったこと、その悲劇性に心を揺さぶられたこと、なども理由ではあるが、なによりも、恋人ポーラとの関係性だった。

 同年同日に生まれた美少年美少女の、ベッタベタ相思相愛ベストカップル。

 こりゃエモい。尊すぎる。そんなことをゲームプレイ当時、一人声にあげて連呼し、身悶えすらしていた。

 ……いや、それくらい普通だよね? わたし、べつに変態とかじゃないですからね?






 そんな自分的激エモ最尊カップルの片翼、公爵令嬢ポーラ・スタンレー。

 スタンレー公爵家は、王家とも血縁のある大貴族。一人娘ポーラは、現在まだ四歳。生まれながらに「星の聖女」という特殊な素養を秘めており、魔術師として稀有な才能を持つ。

 成長後は、その巻きドリル具合で大地すら穿ち抜きそうな完璧な金髪縦ロールが目にも眩い、絵に描いたような高貴なる美少女となる。

 しかしご令嬢特有の品位は保ちながら、どこかおっとりとした雰囲気の、穏やかな淑女である。そんなところもルードビッヒとはお似合いだ。

 ゲーム「ロマ星」開始時点では、最愛のルードビッヒと既に死に別れ、学園を退学して実家に戻っている。

 そのためストーリー終盤まで、直接登場することはなく、学園内ではもっぱら、ルードビッヒの生前の逸話とセットで語られるキャラクターとなっていた。

 これがまた、もう恋人を通り越して熟年夫婦みたいな「お互いすべてわかって完璧に通じあってる」カップルぶりが何度も強調されて語られるのが最高に尊くて、わたしは何度モニターの前でゴロンゴロン転がったかわからない。だから変態じゃないですって! 普通ですって!

 ……実家に戻っていたはずのポーラが、突如、行方不明になった、という話がルナちゃんの耳に入るのは、ストーリー中盤を過ぎたあたり。その後、全攻略ルート共通のストーリーパートに入る。

 ポーラが乗った馬車が、隣国との国境付近で目撃された、という情報が学園にもたらされ、攻略キャラの一人でもある「隣国からの留学生」エルメキア王子が、ひとつの推測を関係者らに語る。

「ポーラ嬢は、魔女の塔へ向かったのかもしれない」

 隣国の北方、森林地帯の最奥部に、超古代の遺物といわれる巨大な尖塔がそびえている。そこには魔女が住んでおり、訪れた者に、古代の禁忌、人体蘇生の魔術を授けてくれるのだとか……。

 ルナちゃん一味は、不穏な気配を感じたものの、すぐに行動に移すことはできなかった。

 いくら主人公といえども、いきなり学園を離れて隣国へ乗り込むようなわけにはいかない。

 せいぜい、エルメキア王子の人脈から、さらなる情報収集につとめてもらう、というあたりが、まだ学生でしかないルナちゃんたちの限界だった。

 やがて、ルナちゃんたちの学園卒業も近いという時期に、北方で異変が生じる。天を突くような巨大な怪物が、各地の都市を踏み荒らしながら南下してくる、という。隣国の軍隊もフレイア王国軍もまったく歯が立たず、ついに怪物はフレイアの王都エフェオンへと襲来してきた。これがゲーム本編の全ルート共通ラスボス「闇星の魔神」である。

 壊滅の危機に瀕する王都。ここでルナちゃんが、生まれ持った素質である「月の聖女」の力を解放し、六人の攻略対象たちの魂に秘められた「星の守護者」の力を覚醒させる。その後、六人の攻略対象……星の守護者たちは、ルナちゃんとパーティーを組み、総力を結集して魔神討伐に挑むことになる。

 先にRPGパートでルナちゃんのレベルを十分上げて、必要装備を揃えていれば、勝利条件クリアとなり、魔神の撃退に成功する。

 条件を満たしていない場合、魔神に敗北して、その時点で最も好感度の高い攻略キャラとともに王国を脱出するバッドエンドルートに入ることになるが……それはまた別の話として。

 ルナちゃんたちに打ち倒され、崩れ落ちる魔神の肉体。その核から出てきたのは……ポーラだった。

 北の魔女の正体は、異界の魔神だった。ポーラが生まれながらに秘める「星の聖女」の力の悪用をもくろみ、ルードビッヒの蘇生という餌で失意のポーラを北塔へ誘き寄せ、その肉体に憑依した。「星の聖女」のエネルギーを用いて強大な力を得た魔神は、世界を滅ぼすべく活動を開始した……という真相が、瀕死のポーラ自身によって語られる。

 最後に「ルーくん……ごめんね……愛してる……」と呟き、ポーラは息を引き取る。

 つまり。

 わたしの「最推し女子」ポーラ・スタンレーは、「ロマ星」のラスボスなのである……。


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