どうやら無事に転生できた、ということだろう。
産まれ落ちた瞬間から、もう明確に意識があった。
わたしの前世の記憶や人格は、そっくりそのまま引き継いでいるようだ。
ただ、身体のほうは……まったく自由にならない。
意思に反して、なぜか勝手に、大声で泣き喚いている。指一本動かすのも、思うようにいかない。
いや、わたし、本当にいま産まれたばかりの新生児だし、そりゃこうなるよねって。奇妙な納得があった。
意識はハッキリしてるのだけど、身体はどうにもできない。たぶん顔とか、まだクシャクシャなんだろうな。
ひとしきり泣いたら、ガクンと眠気が襲ってきた。抗えない。
これはもう当面、流れに身を委ねるしかなさそう……。
わたしは、シャレアと名付けられた。
産まれて数日。ほとんどの時間は寝ている。
起きてるときも、視界がぼんやりしていて、まだ周囲の状況はよくわからない。
授乳や、おしめ……など、手厚いお世話を受けながら、両親らしき人々や、その他、周囲の人たちの会話に耳をそばだてていると、時折、知ったような単語が聞き取れる。
それら周囲の会話から判明した事実は。
わたしが、アルカポーネ子爵家の長女である、ということ。
すなわち、シャレア・アルカポーネ。それがわたしの名前。
その名は、わたしの記憶にある。
乙女恋愛ゲーム「ロマンスは星のきらめき」に、ほんの数回だけ登場する、目立たない人物。
主人公ルナちゃんより一年先輩の王立学園生徒。容姿は「女生徒B」という汎用グラフィックの使いまわし。
いわゆる「名有りのモブ」というキャラクターだ。
一応、すべての攻略ルートで必ず出番があるものの、ルナちゃんが初めて学園の食堂に入ったとき、たまたま同席し、地方の貧乏貴族令嬢の愚痴を語るという、割とどうでもいい役どころである。台詞は合計たった六行しかない。
わたしは、そんな実質ゲーム本編に何ら影響を及ぼさないモブキャラクターへと、転生を果たしたことになる。
これは。
(……最高じゃないですか!)
それらの事実を把握したとき、わたしは心の中で、大いにガッツポーズを決めていた。
わたしはもともと、主人公になりたいとは考えていなかった。むしろ目立たないポジションから、推しキャラや推しカップルを応援していたいと望んでいた。とくに、男女のカップリングには一家言ある。
よく世間では、幼馴染みカップルはありえない、なんていわれる。
でもわたしは、それこそが一番の大好物だ。
尊いじゃないですか! 最高に推せるじゃないですか幼馴染みカップル!
もっとも「ロマ星」主人公のルナちゃんには、幼馴染みの男子はいないんだけど。それはそれでまた別方面の尊みを摂取できるので良し。
ともあれ、シャレア・アルカポーネというキャラクターは、そんなわたしの趣味に、これ以上なくピッタリな役どころ。
これから普通にシャレア・アルカポーネとして生きていくだけで、ほぼ自動的に「ロマ星」のモブとして、「推し」たちを見守るポジションにつくことができる。
これを僥倖といわずしてなんといおう。
おそらく、女神アナーヒター様が、わたしの趣味とか希望とかスタンスとかを考慮して、こんな転生先を用意してくれたのだろう。もう感謝しかない。持つべきものは語り合える同志。アナーヒター様とは、いつかまた「ロマ星」について語り合いたいものだ。
……ただ、あまり浮かれてばかりもいられない。
わたしはシャレアが生まれ育ったアルカポーネ家について、ほとんど知識がない。
アルカポーネ子爵家の領地は、フレイア王国――それが「ロマ星」の舞台となる国の名前――の北方、かなり辺鄙な田舎だという。それもゲーム発売後に出たファンブックで、ほんの数行、記載があったくらい。これ以上の情報は、「ロマ星」の公式ホームページや関連書籍には載っていなかったと記憶している。
下級貴族なのは間違いないとして、フレイア王国全体では、どの程度の立ち位置にあるのか。他の貴族との関係は。領内はどんな風土で、どんな問題を抱えているか。
そのあたりをきちんと把握したうえで、周囲の環境と折り合いをつけ、上手に立ち回りながら、成長していかねばならない。
これはなかなか大変そうだ。
相変わらず自由にならない新生児の身体。けれど、やわらかいコットンに包まれた肌の感触、自分自身の体温――そういった感覚から、あらためて理解した。
ここはゲームによく似た世界であって、ゲームそのものじゃない。今のわたしにとっては、現実の世界だということを。
下級貴族の娘なら、やはり礼儀作法とか勉強とかも、しっかりやらなければ、王立学園への入学すら厳しいものになるだろう。
ゲームでそうだったからといって、現実でも全てその通りになるとは限らないのだから。
この先、どんな困難が待ち受けているかわからない。
それでもわたしは、なんとしてでも、この世界を生き抜かなくちゃいけない。
いつか無事に、大好きな「推し」キャラたちをこの目で見られる、その日まで。