目次
ブックマーク
応援する
6
コメント
シェア
通報
#003

 それからお互い、「ロマ星」について、それはもう熱く語りあった。

 実際話してみると、アナーヒター様は、正統派のプレイヤーらしい。

 各キャラへの思い入れもかなり強いが、それ以上にゲームとして「ロマ星」の攻略を楽しんでいるタイプに見えた。実際、「パーくん」推しのファンには、そういう傾向のガチなプレイヤーが多いのだ。

 わたしは、少しスタンスが違う。

「あれなんですよねー、ルナちゃんって、なんでも自分から突っ込んでいって、ガンガン活躍して、問題解決していくタイプじゃないですか」

「ええ。主人公って、そういうものですしね」

「それが不満というわけではないんですよ。でもわたし、実は、ルナちゃんになりたいわけじゃなくてですね。ルナちゃんも含めた、キャラクターたちのイチャコラぶりを眺めてたいっていうかー」

「ああ、推しどうしの絡みとかで、尊みを摂取したいタイプですね?」

「それですそれです!」

 わたしの主張に、アナーヒター様が的確な相槌を打ち、話をどんどん繋げていってくれる。乙女ゲーファン特有の、かなりディープな言い回しも、女神様の口からは、さらっと出てくる。素晴らしい。さすが天国。

 ルナちゃんというのは、「ロマ星」の主人公。ポスターのど真ん中にいる、黒髪の美少女だ。プレイヤーの分身であり、プレイヤーはこのルナちゃんになりきって、六人の美形男子たちと仲良くなる。

 ルナちゃんは、様々な困難を彼らとともに乗り越え、最終的に、六人のうちの誰か一人と結ばれることになる。「ロマ星」はそういうゲームだ。ルナはデフォルトネームで、プレイヤーが好きな名前に変えることもできる。

 わたしも当然、ルナちゃんとして「ロマ星」の世界を駈けずり回っていたわけだけど、自分とルナちゃんを完全に同一視することはなかった。

 ルナちゃんと攻略キャラのイケメンたちが、ドラマチックな出会いをして、時々バチバチ衝突したりしながら、様々な出来事を通して、じわじわ関係を深めていく。やがて二人は惹かれあい……というような経緯を眺めるのが、とにかく楽しくて、尊くて、眼福というか、心の栄養というか。それらが、わたしが「ロマ星」にのめり込んだ一番の理由だった。

 ようするに、わたしは主人公じゃなくてもいい。それにルナちゃんだけじゃなく、他にも魅力的なキャラや「推せる」カップルが多いのも「ロマ星」の特徴。そういう、ちゃんとキャラの立った美男美女が、幸せに結ばれる姿に、わたしは何より尊いものを感じていた。

 自分はプレイヤーとして、そんな推しキャラたちのお手伝いをやっている、というスタンスで、ゲームを楽しんでいたのである。

 ……というようなことを、ついつい熱く語ってしまった。アナーヒター様は、その間、とても楽しそうに話を聞いてくれた。お互いスタンスは違えど、同じゲームを愛好する者として、意気投合できた気がする――。

「そろそろ、話を戻します……よろしいですか」

 ひとしきり互いに語り終え、ふと会話が途切れた絶妙のタイミングで、アナーヒター様は表情をあらためた。

「さきほど説明したように、あなたは、すでに亡くなられています。残念ながら、もう『ロマ星』を遊ぶことも、ファンとして活動することも、あなたにはできません」

 あ。

 そういえばそうだった。わたし、死んでるんだった。で、ここは天国の面接会場だった。

 なんの面接かまだ聞いてないけど、たぶん天国か地獄、その振り分けのための試験なのだろう。「ロマ星」談義に熱くなって、自分の置かれた状況を、完全に忘れていた。

 もともと一人っ子で、両親は中学のときに他界している。友人も少なかったから、そういう意味で現世への執着はあまりないのだけど……ただ、「ロマ星」については、思い残しが多い。

 部屋に溜め込んだ大量のグッズ類とか関連書籍とか同人誌とか、どれもこれも大切なお宝だというのに、もうそれらに触れることもできないんだろうか。

「ですが、心配はいりません」

 と、アナーヒター様は、力強く告げてきた。

「実はですね。我々『統合天国連絡協会』が管理している下層世界のなかに、『ロマ星』にそっくりの世界があるのですよ。それも細部までゲームと一致するほど、何から何まで酷似した世界です」

 ……えっ。

「もし、あなたさえよろしければ、我々の力で、あなたをその世界へ転生させることが可能です」

 えええっ!?

「実際に話してみて、確信しました。あなたには素養があります。あの世界でやっていける素養が。ぜひ、あなたは行くべきです。正直、私も行きたいくらいなんですよ。でも神々には下層世界に直接干渉できない制約があって、それは無理なのです。どうですか、行ってみたいと思いませんか」

 あの「ロマ星」そっくりの世界に?

 行くことができる? わたしが?

「行きたいです!」

 即答だった。

 だって、なにより憧れてた「ロマ星」そっくりの世界を、この目で直接見て、感じて。

 ひょっとしたら、あのキャラやあんなキャラとそっくりの人たちと出会って。

 もしかしたらもしかしたら、お喋りとか、できちゃったりするかも!

 そんなの、行かない手はないでしょお!

「ええっと、では、同意をいただけたということで、よろしいですね? すぐに手続きに入りますが」

「はいっ! よろしくお願いします!」

「迷いないですね……」

 俄然、全力で乗り気になっているわたしの様子に、むしろ若干引き気味なアナーヒター様。

 どうも興奮が顔に出てしまっているようだ。

 ちょっとハシャぎすぎかもしれない。それくらい、心が躍っていた。

 転生というからには、その世界で、人生やり直しということになるのだろう。

 もう、元の生活には戻れない。思い残しも少しはある。

 それでも。

 新しい人生は、きっと楽しいものになるに違いない!

 わたしは、そう信じて疑わなかった。

「それでは……託します。あなたに」

 アナーヒター様が、囁くように呟き、ほほえんだ。

 それと同時に、わたしの視界が、また真っ白になった――。






 何も見えない。

 ついさっきまで、わたしは天国の面接会場にいたはず。

 突然、目の前が真っ白になって。

 いまは、ただただ白い、何もない空間を、ふわふわ漂っている。そんな状態だった。

 声が、聞こえる……。

 誰の声だろう。

(因果関係、逆ですよね?)

(あの世界の予測演算の内容を簡略化して、ゲームに落とし込んだのですよ)

(酷似しているのは事実でしょう? 騙したわけではありません)

(ですが、あの世界はもう……どれだけ演算を繰り返しても)

(まだ、結末が変わる可能性はあります。モニタリングは?)

(限定的なものですが、一応、できるようにしておきました)

(ならば、あとは見守るだけです。もうこちらからは干渉できませんから)

(できうる限りの加護は付与しましたが)

(あの過酷な環境で、いつまで……)

 声は、耳に届いているのだけど、その内容までは把握できない。

 いったい誰が、何の話をしているのか。

(あ……産まれるようですよ)

 産まれる? 誰が?

 彼方に、光が見えた。

 わたしの意識を、まばゆい光が、ぐんぐん包み込んでゆく――。

 ――産まれた。

 わたしが。

 見たことのない場所で、知らない人たちに囲まれて。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?