それからお互い、「ロマ星」について、それはもう熱く語りあった。
実際話してみると、アナーヒター様は、正統派のプレイヤーらしい。
各キャラへの思い入れもかなり強いが、それ以上にゲームとして「ロマ星」の攻略を楽しんでいるタイプに見えた。実際、「パーくん」推しのファンには、そういう傾向のガチなプレイヤーが多いのだ。
わたしは、少しスタンスが違う。
「あれなんですよねー、ルナちゃんって、なんでも自分から突っ込んでいって、ガンガン活躍して、問題解決していくタイプじゃないですか」
「ええ。主人公って、そういうものですしね」
「それが不満というわけではないんですよ。でもわたし、実は、ルナちゃんになりたいわけじゃなくてですね。ルナちゃんも含めた、キャラクターたちのイチャコラぶりを眺めてたいっていうかー」
「ああ、推しどうしの絡みとかで、尊みを摂取したいタイプですね?」
「それですそれです!」
わたしの主張に、アナーヒター様が的確な相槌を打ち、話をどんどん繋げていってくれる。乙女ゲーファン特有の、かなりディープな言い回しも、女神様の口からは、さらっと出てくる。素晴らしい。さすが天国。
ルナちゃんというのは、「ロマ星」の主人公。ポスターのど真ん中にいる、黒髪の美少女だ。プレイヤーの分身であり、プレイヤーはこのルナちゃんになりきって、六人の美形男子たちと仲良くなる。
ルナちゃんは、様々な困難を彼らとともに乗り越え、最終的に、六人のうちの誰か一人と結ばれることになる。「ロマ星」はそういうゲームだ。ルナはデフォルトネームで、プレイヤーが好きな名前に変えることもできる。
わたしも当然、ルナちゃんとして「ロマ星」の世界を駈けずり回っていたわけだけど、自分とルナちゃんを完全に同一視することはなかった。
ルナちゃんと攻略キャラのイケメンたちが、ドラマチックな出会いをして、時々バチバチ衝突したりしながら、様々な出来事を通して、じわじわ関係を深めていく。やがて二人は惹かれあい……というような経緯を眺めるのが、とにかく楽しくて、尊くて、眼福というか、心の栄養というか。それらが、わたしが「ロマ星」にのめり込んだ一番の理由だった。
ようするに、わたしは主人公じゃなくてもいい。それにルナちゃんだけじゃなく、他にも魅力的なキャラや「推せる」カップルが多いのも「ロマ星」の特徴。そういう、ちゃんとキャラの立った美男美女が、幸せに結ばれる姿に、わたしは何より尊いものを感じていた。
自分はプレイヤーとして、そんな推しキャラたちのお手伝いをやっている、というスタンスで、ゲームを楽しんでいたのである。
……というようなことを、ついつい熱く語ってしまった。アナーヒター様は、その間、とても楽しそうに話を聞いてくれた。お互いスタンスは違えど、同じゲームを愛好する者として、意気投合できた気がする――。
「そろそろ、話を戻します……よろしいですか」
ひとしきり互いに語り終え、ふと会話が途切れた絶妙のタイミングで、アナーヒター様は表情をあらためた。
「さきほど説明したように、あなたは、すでに亡くなられています。残念ながら、もう『ロマ星』を遊ぶことも、ファンとして活動することも、あなたにはできません」
あ。
そういえばそうだった。わたし、死んでるんだった。で、ここは天国の面接会場だった。
なんの面接かまだ聞いてないけど、たぶん天国か地獄、その振り分けのための試験なのだろう。「ロマ星」談義に熱くなって、自分の置かれた状況を、完全に忘れていた。
もともと一人っ子で、両親は中学のときに他界している。友人も少なかったから、そういう意味で現世への執着はあまりないのだけど……ただ、「ロマ星」については、思い残しが多い。
部屋に溜め込んだ大量のグッズ類とか関連書籍とか同人誌とか、どれもこれも大切なお宝だというのに、もうそれらに触れることもできないんだろうか。
「ですが、心配はいりません」
と、アナーヒター様は、力強く告げてきた。
「実はですね。我々『統合天国連絡協会』が管理している下層世界のなかに、『ロマ星』にそっくりの世界があるのですよ。それも細部までゲームと一致するほど、何から何まで酷似した世界です」
……えっ。
「もし、あなたさえよろしければ、我々の力で、あなたをその世界へ転生させることが可能です」
えええっ!?
「実際に話してみて、確信しました。あなたには素養があります。あの世界でやっていける素養が。ぜひ、あなたは行くべきです。正直、私も行きたいくらいなんですよ。でも神々には下層世界に直接干渉できない制約があって、それは無理なのです。どうですか、行ってみたいと思いませんか」
あの「ロマ星」そっくりの世界に?
行くことができる? わたしが?
「行きたいです!」
即答だった。
だって、なにより憧れてた「ロマ星」そっくりの世界を、この目で直接見て、感じて。
ひょっとしたら、あのキャラやあんなキャラとそっくりの人たちと出会って。
もしかしたらもしかしたら、お喋りとか、できちゃったりするかも!
そんなの、行かない手はないでしょお!
「ええっと、では、同意をいただけたということで、よろしいですね? すぐに手続きに入りますが」
「はいっ! よろしくお願いします!」
「迷いないですね……」
俄然、全力で乗り気になっているわたしの様子に、むしろ若干引き気味なアナーヒター様。
どうも興奮が顔に出てしまっているようだ。
ちょっとハシャぎすぎかもしれない。それくらい、心が躍っていた。
転生というからには、その世界で、人生やり直しということになるのだろう。
もう、元の生活には戻れない。思い残しも少しはある。
それでも。
新しい人生は、きっと楽しいものになるに違いない!
わたしは、そう信じて疑わなかった。
「それでは……託します。あなたに」
アナーヒター様が、囁くように呟き、ほほえんだ。
それと同時に、わたしの視界が、また真っ白になった――。
何も見えない。
ついさっきまで、わたしは天国の面接会場にいたはず。
突然、目の前が真っ白になって。
いまは、ただただ白い、何もない空間を、ふわふわ漂っている。そんな状態だった。
声が、聞こえる……。
誰の声だろう。
(因果関係、逆ですよね?)
(あの世界の予測演算の内容を簡略化して、ゲームに落とし込んだのですよ)
(酷似しているのは事実でしょう? 騙したわけではありません)
(ですが、あの世界はもう……どれだけ演算を繰り返しても)
(まだ、結末が変わる可能性はあります。モニタリングは?)
(限定的なものですが、一応、できるようにしておきました)
(ならば、あとは見守るだけです。もうこちらからは干渉できませんから)
(できうる限りの加護は付与しましたが)
(あの過酷な環境で、いつまで……)
声は、耳に届いているのだけど、その内容までは把握できない。
いったい誰が、何の話をしているのか。
(あ……産まれるようですよ)
産まれる? 誰が?
彼方に、光が見えた。
わたしの意識を、まばゆい光が、ぐんぐん包み込んでゆく――。
――産まれた。
わたしが。
見たことのない場所で、知らない人たちに囲まれて。