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#002

 わたしシャレア・アルカポーネは、転生者である。

 前世は日本の女子大生だった。

 就職活動中、面接に訪れた、とある大企業の本社ビル内の廊下を歩いていて、ふと目の前が真っ白になり――。

 気付けば。

 わたしはカウンセリングルームというか、取調室というか、そういう雰囲気の狭くて暗い小部屋で、丸椅子にちょこんと腰掛けていた。

 服装も変わっていた。直前まで着ていたリクルートスーツではなく、なぜか上下緑色のジャージ姿になっていた。

 これ、以前通ってた高校の体操服だ……。

 なぜ。

 どうしてこうなった?

 わたしの真正面、小さなテーブルを挟んで、薄絹のちょっとエキゾチックなドレスをまとった、金髪の女神様っぽい人が、全身を微発光させつつ佇んでいた。

「大変でしたねぇ。お気の毒さまでした」

 と、その発光する女神様っぽい人が、ため息まじりに声をかけてきた。

 お気の毒とはどういう意味なのか?

 わたしの身に一体何が?

 よく見れば、この女神様っぽい人、胸もとに、顔写真付きの紐付きネームプレートをぶら下げていた。

 わたしが訪れていた大企業の社員証……ではない。

『統合天国連絡協会本部・第九演算室管理責任者・転生面接担当・アナーヒター』

 組織名も役職名も、突っ込みどころしかない。全部、日本語表記だし。

 アナーヒターというのは、どこかの神話の女神の名前だった気がする。

 つまりここは「天国」とかで、いま目の前にいるのは本物の女神様、ということだろうか。

 え? もしかしてわたし、死んだの? 「お気の毒」って、そういう?

 それでいま「天国」に来てるってこと?

 そんなわたしの内心の動揺や疑問など一切おかまいなく、女神アナーヒター様とやらは、にっこり微笑み、告げてきた。

「では、面接をはじめましょう」

 ……どうもここは、面接会場らしい。

 ただし、天国の。






 アナーヒター様の説明によれば、わたしの死因は爆死。

 たまたま、わたしが訪れていた大企業の本社ビルで爆弾テロが発生し、巻き添えを食ったらしい。

 わたしが住んでた日本って、いつからそんな物騒な国になったのだろう。女子大生が就活中に爆殺されるなんて、ちょっと聞いたことがない。

 でも女神様がそうだというんだから、そうなんだろう。

 もちろんそんな死因を聞かされたのはショッキングだったが――わたしはあまり深く考えなかった。

 なぜなら、わたしはこのとき、それとは別のものに、すっかり気を取られてしまっていたから。

 テーブルを挟んで、わたしと向き合うアナーヒター様。

 その背後。

 狭い室内の石壁に。

 大きなポスターが貼られていた。かなり場違いなやつが。

 絵柄は、パステルカラーなアニメ調。

 ど真ん中に、黒髪の小柄な美少女の立ち姿。その左右に三人ずつ、いずれもキラキラ輝くような美少年たちが、ビシッ! とポーズを決めて立ち並んでいる。

 服装もそれぞれ、ファンタジーな王子様風や、軍装っぽい制服姿、宝石のついた杖と青い長衣とか、銀色の甲冑にでっかい剣とか、ぱっと見ただけでも個性が伝わってくるデザインだ。

 ポスターの上部に、金色とピンクのデザインロゴが目にも眩く輝いている。

 わたしの視線は、女神様そっちのけで、そのポスターに釘付けになっていた。

 だってこれ。

『ロマンスは星のきらめき』

 わたしが高校時代からずっとプレイし続け、大学に入ってからもグッズを買い漁ったり、リアルイベントを追い続けたりしてきた、一番大好きな――ファンタジー乙女恋愛ゲーム。

 その「ロマ星」の、店頭用ポスターだったのだから。

 なぜここに、そんなものが?

 しかもしかも。あのポスターって、「ロマ星」発売直後に全国のゲーム店やレコード店などに貼り出された、一番初期のやつ。

 ゲーム発売から二ヶ月くらいで、全部別のデザインのポスターに貼りかえられてしまったため、今ではもう見ることができない、レア物だ。

「あ、やっぱり気になりますか、これ」

 そんなわたしの様子を察して、アナーヒター様が、あらためて語りかけてきた。

「そりゃ……気になりますよ」

 わたしは、内心の動揺を抑え込みながら、うなずいてみせた。

 アナーヒター様は、さもあらん、という顔で、わたしを見つめている。

「このゲーム、天界で凄い人気なんですよ。おかげで最近、天界のそこらじゅうに、ポスターが貼られてるんです」

 え。そんなことって、あるんだろうか……。

 確かに「ロマ星」は、女性向けゲームとしては、トップクラスの人気があった。わたしにとっては、もう人生ナンバーワン! なゲームだ。

 でも世間じゃ、もっと売れてる大作ゲームなんて、いくらでもあったはず。

 なのに「ロマ星」がそんなピンポイントで神様たちに刺さるなんて。なにか理由でもあるんだろうか。そもそも天国で地上のゲームが流行してるっていうのも不思議だけど。

「かくいう私も、このゲームのファンでして。パーくん推しです」

「ええっ! ガチ勢じゃないですか!」

 さらりと述べるアナーヒター様に、わたしは場所柄もわきまえず、つい声をあげてしまった。

 パーくんというのは、「ロマ星」に登場する六人の「攻略対象キャラ」の一人、パーサーという美形眼鏡男子だ。王国宰相の息子で、軍師として大軍を支える才能を持つインテリ系美男子。

 ただ攻略ルートがかなり難解で、よほどゲームをやり込まないと、トゥルーエンドに到達するのは困難なキャラとされる。それゆえ、パーくん推しといえば、「ロマ星」ファンのなかでも相当マニアックな、いわゆるガチ勢であるといわれていた。

 女神様が、そんなディープな「ロマ星」ファンだなんて。

 これは――か、語りたい!

 推し談義がしたい! 語らせていただきたいっ!

 そんなわたしの内心、思いっきり顔に出ていたようだ。

 アナーヒター様は、穏やかな微笑を向けてきた。

「ちょっと、語りましょうか?」

 いつの間にか、テーブルの上に、ほかほか湯気をたてる白いティーカップが二つと、クッキー山盛りのお皿が出現していた。

 さっきまで、そんなもの影も形も無かったのに。

 さすが天国。面接会場が、一瞬にしてお茶会になってしまった。

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