今日は入学式。
早朝、エフェオン王立高等学園の大講堂。
真新しい制服姿の新入生、およそ六十名が列席し、式典が始まった。
わたしシャレア・アルカポーネも、ここに集う新入生の一員。
列の後尾にて、目立たぬよう、じっと肩をすぼめつつ、これからの学園生活について、ぼんやり思いを巡らせていた。
壇上では、禿げ頭の学園長が、毒にも薬にもならない祝辞を述べ始めている。
……わが家は地方の子爵家で、わたしシャレアは長女。
どこにでもいる平凡な田舎の令嬢。
そんなわたしには、小さな趣味がある。
あまりおおっぴらには言えないが……わたしがこの学園に入ったのは、進路とか将来のためとかではない。
とある個人的な趣味。
それを満たすためだけに、わたしシャレアは、ここエフェオン王立高等学園の門をくぐったのである。
「えー、それでは続いて、ルードビッヒ・アウェイク生徒会長より、新入生諸君へ挨拶をしてもらう」
学園長による祝辞が終了し、かわって、きらびやかな制服姿の青年が壇上に立った。入学式も佳境だ。
「生徒会長、ルードビッヒ・アウェイクです。新入生の諸君、入学おめでとう」
颯爽たる微笑、春の薫風のごとき美声で、壇上から語りかける生徒会長。
その圧倒的美丈夫ぶりに、列席の女生徒たちはむろん、男子生徒たちすら見惚れている様子。
ちょうどわたしの両隣りの席にいる女子生徒らも、揃って両手を頬に当て、ウットリ壇上を眺めている。
かくいうわたしも――ちょっと鼻息荒くしながら、内心で。
――ムッハァァ! 夢にまで見た生王子様! あれが本物っ、生ルードビッヒィ! やっぱ最高ぉぉ!
とか叫びつつ。
しかし表面はいたって平静に。
生徒会長に、心の中で全力ミーハーな声援を送っていた。
あの超絶美形生徒会長、実はわが王国の第三王子。
この国は現在、絶賛お家騒動中。ルードビッヒ王子は王位継承争いの渦中の人である。
にも関わらず、ルードビッヒ王子は、あえて一学生としてこの学園の男子寮に起居し、学園生活をエンジョイしている。
「――この学園生活で、身分や立場を超え、強い絆を結ぶ。それはきみたちにとって、一生の財産になるはずだ。私も、きみたちとの出会いを大切にしたい。ともに学び、磨きあい、高めあって、絆を深めていこう!」
爽やかな笑顔を輝かせ、ルードビッヒ王子は、熱く語った。
王族でありながら特別扱いを嫌うストイックな人柄。とくに「殿下」という敬称を、学園内では誰にも決して使わせないという。
でありつつ、学業もスポーツも常に学年首席をキープ。生徒会の運営にも関わり、衛生委員長、風紀委員長を歴任。昨年、当然のごとく生徒会長に就任している。
しかし現在、この国の次期王位は、十人もの王子による壮絶な争奪戦の真っ只中。
ルードビッヒ王子は現時点で継承権第三位ながら、長兄の第一王子は病弱で、父王より先に死にかねないと囁かれている。
第二王子は酒乱好色、あまりの素行不良ぶりに腹を立てた国王の命によって拘束され、現在は王城内の塔にて無期限監禁中である。
実質、ルードビッヒ王子が継承権トップを独走中という状況だった。
当然、他の王子たちも、ただ指をくわえて見ているわけにはいかない。
わたしの知る限り、十人の継承者候補のうち、最低でも五人以上がひそかに手を組み、最大の邪魔者たるルードビッヒ王子を亡き者にせんと、暗躍中である。
本来、ルードビッヒ王子は、悠長に学園生活など楽しんでいられる立場じゃない。
現に、いまも――学園の塀の向こうでは、複数勢力の密偵やら、情報員やら、暗殺者やらが、全方向から、学園内の状況をうかがっていた。
それらの動向を、わたしは、ここに居ながらにして、すべて把握している。
今まさに、塀の向こうから、なにやら強力な爆発物を講堂に投げ込もうとしている物騒な連中もいる――。
ちょうど王子様が、挨拶と祝辞を終えた直後。
周囲の関心が、まだ壇上に注がれている間に、わたしは、こっそりと結界魔法の術式を構築した。
講堂の外側を覆うように、不可視の特殊な結界を、瞬時に張り巡らせる。
王子様が壇を降り、かわって学園の教師らが壇上に出てきたあたりで――。
わたしの結界が、外から飛んできた、なんらかの「爆発物」を、軽々と跳ね返した。ぽよーん、と。ゴムの壁のように。
さいわい講堂内にいる人たちは、誰も気付かなかったようだ。これで式典は滞りなく終了するだろう。
せっかくルードビッヒ――「我が最推しの片割れ」を、生で、この目で直接拝めるこの機会を、暗殺者なんかに台無しにされるわけにはいかない。不埒な邪魔者どもには、後刻、その身をもって反省してもらおう。
いやしかし……ルードビッヒ王子、ほんっとーに、イケメンすぎて困る。
もう一挙手一投足、あらゆる動作に、光の粉が舞うようなキラキラエフェクトが漂ってる。こんなのもう人類の至宝でしょう。絶対守らなきゃ駄目でしょう。
ルードビッヒ王子とともに、壇の脇に並んでいるのは、生徒会のメンバー。こちらも全員、光り輝くような美男美女揃い。
ただ残念ながら、そのメンバーの一人、ルードビッヒ王子の恋人であるポーラ・スタンレー公爵令嬢は、今日の式典には出ていない。これがまたルードビッヒ王子と完璧に釣り合う、金髪縦ロールのゴージャス美少女である。まだ直接お目にかかったことはないけど、わたしは彼女をよく知っている。
ルードビッヒとポーラの二人こそ、わたしの「最推し」のカップル。いずれ二人並んでいる姿も、ぜひ生で拝んでみたいものだ。近々、その望みはきっと叶うはず。
本当は……。
ルードビッヒ王子って、今日、ここで。
死ぬ運命だったのだけど。
わたし、シャレア・アルカポーネの目が黒いうちは、そうはさせない。
王子に死なれては困るのだ。
わが「最推し」カップルの恋の行方を、この目で見届ける、そのために。