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おまけ4:大きいからね、仕方ないよね(前編)

 ヘザーとの晩夏の挙式に併せて、フリーリング邸で披露宴を開くことになった。

 目立ち過ぎる容姿に反して、目立つことが大嫌いなヘザーは当初思い切り渋っていたものの、クライヴがみじめったらしく慈悲を乞うと、どうにか認可してもらえたのだ。


 そういった経緯から、クライヴもかなり無理を聞いてもらった自覚はあるので。

 披露宴の準備は率先して行った。

 挙式まで時間もない半面、一応は貴族の一員であるため、やるべきことは多い。


 しかし幸か不幸か、そのタイミングで本職の探偵業も立て込み始めたのだ。

 ヘザーも公私共に手伝ってくれてはいるものの――クライヴは現在、かなり疲労困憊ひろうこんぱい状態であった。

 フリーリング邸のダニエルの書斎で打合せをしている今も、頭にもやがかかったかのように思考がまとまらず、つい眉をしかめてしまう。


 額を手で覆う弟の陰気な顔に、机の向かいに座るダニエルはつい苦笑する。結婚後、ずいぶんと肉付きも血色もよくなった兄の方が、よほど活力に満ちていた。

 なお、彼の回復に尽力したシェリーは今、別室でヘザーのドレスの試着を手伝っている。


「クライヴ、随分と疲れているようだね。君がそこまでグッタリしている姿、久々に見たかも」

 幼い頃から頑丈さに秀でた弟だったため、ここまで弱っている姿はかなり珍しい。


 一方で弱った様を見られた当人は、気まずそうに額の手を離していた。

「……お見苦しいものを見せてしまい、すみません」

「兄にそこまで気を使わなくて、いいから。ちょっと休憩しようか」

 提案したところで、この弟が素直に休むとも思えないので。彼の答えを待たずに、ダニエルは傍に控える執事に、お茶の準備を頼んだ。


 クライヴとヘザーが屋敷へ着いた瞬間から、彼のぐったり具合が気にかかり

「結婚前にお亡くなりになるのではないか?」

と、内心ハラハラしていた執事は、待ってましたと言わんばかりに書斎を飛び出る。

 そして同じく

「ヘザー様が結婚前に未亡人になっちゃう……」

と案じていたメイドが、彼の指示を受けて厨房へ駆け込み。

 さほど時間を置かずに、花柄の茶器とケーキスタンドを載せたティーワゴンが、書斎に運び込まれた。


 流れるように休憩まで持ち込まれ、不服そうに口角を下げていたクライヴであったが、湯気が漂うスコーンの香りには耐えられなかった。

 一つ肩をすくめて、部屋の中央に置かれたテーブルへと移動する。


 ティーカップにお茶を注いでくれたメイドへ礼を言うダニエルをじっと眺めながら、彼の向かいのソファに座った。

「――以前に助力していただいた、アーヴィング村の事件を覚えていらっしゃいますか」

 クライヴたちが警察の捜査に一枚噛むため、ダニエルには色々と便宜を図ってもらったのだ。

 紅茶の水面へ視線を落とした弟の問いに、数秒置いてダニエルはうなずく。


「ああ、色々と独創的な事件だったからね。たしか実行犯のティモシー・アーチャー氏は、刑務所でも模範囚だと聞いているよ」

 瑞々しい香りのダージリンを一口飲んで、ダニエルは目を細めた。

「そのティモシーに当時、ヘザーが早くから目をつけていたようなのですが」

 理由が「彼が部下にお礼を言わなかったから」という、これまた独創的な理由だったことを、クライヴはふと思い出したのだ。


「彼女はその行動から『すぐ人に優劣をつけるタイプだ』と目したことで、一見人当たりの良い彼に疑いを抱いていたそうです」

「いささか偏見混じりかもしれないけれど、当たらずとも遠からじか。私も気を付けないとね」

 すっかり艶の戻った金髪を揺らして、ダニエルは朗らかに笑う。

「しかし。君は口を開くと、ヘザーのことばかりだね」


 思い当たる節しかないため、ぐ、とクライヴが喉を鳴らしてうめく。眉もきつく寄せられた。

「……すみません」

「いいや。一生結婚しなさそうだと心配していたので、むしろ安心したよ」

 幼い頃から、とにかく警戒心の強い弟だった。心を許せる相手を見つけられて、何よりだ。


 ただ、兄として人生の先輩として、一つだけ気になることはあるのだが。

 どう切り出すべきか、と視線を天井に向けてしばし逡巡しゅんじゅんした末、結局ダニエルは正攻法で指摘することにした。


「ヘザーを大事に想っていることはもちろん分かっているけれど……あまり、その、人前では彼女のお胸を凝視しないようにね」

「……は?」

 とはいえ、さすがに言い淀んでしまったアドバイスに、クライヴの目が点になる。


 が、言われた内容を脳内で咀嚼そしゃく仕切るや否や、日々是暗澹あんたんとした顔が思い切りしかめられた。

「失敬な。俺にそのような、破廉恥はれんちな趣味はありません」

「いや、分かっているんだよ? 普段はそんなことしないって。ただね、ほら、今みたいに疲れて来ると……見ちゃっているんだ。きっと、無意識なんだろうけれど、彼女のお胸だけじっと、ね……うん」


 穏やかながら案外舌鋒ぜっぽうの鋭い兄らしからぬ、なんとも歯切れの悪い口調がまた、これが冗談でないと知らしめていた。

 クライヴは束の間、頭が真っ白になった。

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