武装した悪漢どもは、当然クライヴでなくヘザーを狙った。
どう見ても彼女の方が弱そうであり、また
しかしそんなことは、彼女自身もクライヴも重々理解している。
またクライヴが恐怖心を覚えるのは、人外の存在だけなので。
武器を持っていようと徒党を組んでいようと、彼は生者に対しては
ヘザーとゴロツキの間に割って入ったクライヴが腰を落とし、鞘に納めたままのサーベルを構える。
次いで短く息を吐き出すと同時に、素早く刃を抜き放った。
同時に光る剣筋が、悪漢どもの四肢に走る。
さすがに犯罪者と言えど、サイコロステーキにするのは
途端、アーチャー氏の眼前で血しぶきが上がり、返り討ちにされたゴロツキたちから野太い悲鳴や絶叫が巻き起こる、阿鼻叫喚の地獄絵図が生み出された。
「うぅぅ……貴族怖い……マジ怖い……」
血みどろになった利き腕を押さえ、ゴロツキの一人が泣きじゃくってうめいた。
普通は貴族でもこんな間合いの広い抜剣はしないし、剣が光ることもあり得ない。クライヴ個人が、異常なだけなのだが。
それにしても、見事なまでの半死半生である。相手が生きた人間だと、彼お得意のサイコロステーキ戦法は別角度でグロい。
眼前の惨劇に、色々と場数を踏んでいるヘザーとスタンリーは若干引いている程度で留まっているものの、ジョンたちはドン引きである。
ダイアンに至っては貧血も起こしたらしく、ふらついてジョンと村長に支えられていた。
そして惨劇の生みの親であるクライヴから怯えられていた、死霊のウィリアムですら、
「ひえっ、生き地獄……」
と震えあがる有り様だった。
もちろんドン引いているのは、ゴロツキたちの
青ざめ、ちぐはぐに引きつった表情が
「ヤバい相手に喧嘩を売ってしまった」
と、雄弁に語っている。
彼はわずかに残った周囲の手下に目くばせすると、震える足でこっそりと
そのまま息を殺して逃亡を図ろうとする、が
「おいコラ、逃げてんじゃねぇぞ」
それを見逃すヘザーではなく。
警告と同時にロザリオをかざし、アーチャー氏どもの逃走経路めがけてゴールデン破壊光線を放った。
地面が爆発するという平時ではまず出会えない災難に、なすすべなく彼らは
さながら、巨神兵のビームに踊らされる
あひゃん、という妙に可愛らしいアーチャー氏の悲鳴が、なおさら滑稽だった。
火傷や擦り傷まみれとなり、地面をのたうち回るアーチャー氏の元へ、ヘザーとクライヴが向かう。
ヘザーは途中、床にうずくまる連中を改めて見た。そしてクライヴの剣閃によって、拡大した壁の穴も。
ふっくらした唇を尖らせて、軽く肩もすくめる。
「あーあ、ほとんど一人でやっつけちゃって。オレの分も残せばいいのに」
「腰を痛めている女性に、そんなことをさせられるか」
クライヴの発言は紳士然としているのだが。つい、ヘザーは呆れ顔を浮かべる。
「いや、オレの腰がしんどいの、アンタのせいなんだけどな?」
咄嗟の気遣いで思わぬ墓穴を掘ってしまったクライヴは、しばし遠くを見つめて黙りこくった。
「……それについては、お詫びのしようもないと言うか……」
ゴニョゴニョとした釈明に、ヘザーは小さく噴き出す。
「ま、初回ってコトで、大目に見てやるよ」
「……以後、気を付けます」
「ん」
背中を丸める彼へ、ヘザーは満足げに一つうなずいて。
今もぐったりしているアーチャー氏の前に回り込み、退路を塞いだ。
ヘザーは腰に手を当て、ひどく
「それじゃ、オッサンどもには警察署に出戻ってもらおうかなぁ」
「ひぃぃっ!」
キンキンと甲高い悲鳴を上げたアーチャー氏は四つん這いで、ヘザーから距離を取ろうと必死にうごめいた。
アーメンビーム一発でここまで怖がるとは、と内心若干申し訳なく思ったものの。
逃がすわけにもいかないので、うんざり顔のクライヴが腕を伸ばす。
が、彼が捕縛するよりも早く、二人の後方から半透明の触手が躍り出て、たちまち氏を拘束。そのまま勢いよく引き寄せた。
ヘザーたちが慌てて振り返ると、突然見えない何かによって宙づりにされてわめき散らすアーチャー氏と、彼の傍らに立つ魔女イーディスがいた。
「全く……そなたらは、代を重ねても反省せぬな。先祖に似て大層強欲なことだ」
即座に殺気立つヘザーとは対照的に、イーディスは冷めた目で、飽きずに叫び続けるアーチャー氏を見上げている。
なおクライヴは即座に、ヘザーへぴたりと密着していた。密かにドレスも掴んでいるので、まだちょっぴり怖いらしい。
「そのオッサン、どうするつもりだ」
ヘザーが低い声で尋ねると、彼女はようやく二人に気付いたとでも言うように、目をぱちくりさせてこちらを向く。
「生者の法だけでは、こ奴への仕置きは不十分だろうと思うてな。わたくしも手を貸してやろう」
「余計なコトしねぇ方が――」
「生者の刑罰は、権力者にも正しく振るわれるのかね?」
現代日本においても、権力者への
この二十世紀初頭において、それがもっと露骨であることは……残念ながら、否定できない。
反論に迷ったヘザーはお伺いを立てるように、自分にくっつくクライヴを見上げる。視線に気づいた彼もうっすら青ざめた顔で隣を見下ろし、小さく息を吐いた。
「……冤罪をかけられた、という点では貴女にも思うところはあるだろう。彼がきちんと裁判に臨める容体であれば、問題ないのではないか?」
さすがは元悪役。生かして戻すなら好きにしてもいい、とアーチャー氏の身柄を丸投げした。
ヘザーも元ヤンであり、アーチャー氏に一切思い入れもない。よって特に反対意見はなかった。
案外あっさりと彼を譲られたため、イーディスは目を丸くした後、ニヤリと笑った。
「存外と話の分かる男だったのだね。ならばこ奴は五体満足で、後ほど返却すると約束しよう」
そう言った魔女の視線が、ヘザーたちの更に後方へ向けられる。
彼女が見つめているのは、ジョンにもたれているダイアンだった。まだ真っ青な顔のままだが、どことなく嬉しそうに彼へ何かを話しかけている。