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83:生産者責任は取るように

 スタンリー宅の応接間の窓ガラス並びに壁の一部は、破城槌はじょうついさながらの丸太によって粉砕された。木造であることが、仇となったようだ。

 ヘザーはクライヴの背によってガラス片から守られつつ、「とうとう山賊が攻めに来たのか」と一瞬馬鹿らしい発想をしてしまう。


 が、すぐに我に返って、眼前にあるクライヴの顔を見た。

「おい、大丈夫か? ケガしてない?」

 思いがけぬ攻城兵器の乱入で、知らぬうちに焦っていたらしい。声が図らずも、上振れしていた。


 どうやらヘザーの表情も酷い有様らしく、体を起こしつつガラス片を払い落したクライヴは、彼女を安心させるように陰気顔を和らげた。

「かすり傷はあるかもしれんが、概ね問題ない。君は?」

「オレもたぶん平気。ありがと」

「それは何よりだ」


 オッサンに押し倒されたオッサンことスタンリーも、肩を打ったものの大事ないようである。ただ自身の別荘の惨状を目の当たりにし、あんぐりと大口を開けて固まっていた。ご愁傷様でしかない。

 向かいのジョンたちも、クライヴの警告によって幸い大きな怪我はないようだった。

 彼らの無事を確認し、ヘザーとクライヴは立ち上がって窓を見た。


 窓の向こうには、いかにもゴロツキといった風情の男たちが群がっていた。

 その集団の中央には、明るい茶髪をした身なりのいい中年男性が立っている。年齢は村長と大差ないように見える。

 男性は紳士然とした装いだがゴロツキを従えており、ついでに本人も鬼気迫る表情を浮かべている。色々と残念な男性であるが、誰なのだろうか。


「アーチャー氏……」

 ヘザーの内心の疑問に答えるかのように、誰かが呟いた。

 その声でハッとなり、二人も中年男性を凝視。たしかに優男といった容姿といい髪色といい、ティモシーによく似ている。彼の父と考えて、間違いないのだろう。


 ただアーチャー家にも、警官隊が押し寄せているはずなのだが。

 恐らくこの疑問に対する答えが先ほどぶっこまれた丸太と、その実行犯らしきゴロツキ集団なのだろう。いや、ひょっとすると――ウィリアムの死体の投下という後処理も、彼らの仕業かもしれない。

「おいオッサン。息子ほっぽいて、テメェだけ逃げてきたの?」

 ヘザーが細い鼻筋にしわを作り、軽蔑の念丸出しでそう問いただすと、アーチャー氏が低くうなる。


「当たり前だ! 殺しを行ったのは、息子だ! 私は何の関係もない!」

「だったら取り調べで、そう答えりゃいいじゃん。なんで逃げてんだよ。テメェも後ろ暗いコト、してんじゃないの?」

「なんだと小娘ぇっ!」

 鼻で笑ってあおってやると、あっという間に延焼した。息子よりもこらえ性がないかもしれない。加齢によるものだろうか。


 小娘におちょくられる残念紳士へ、クライヴも追撃。

「長身のビルの遺体を、御子息一人で二階まで運べるとは思えんのだが。そもそも」

 軽くあごを上げてふてぶてしい顔となり、アーチャー氏を見据える。

「ティモシーが殺人を犯したとて、それが彼個人の暴走であれば、あっさり館長職に就くことなど不可能だろう。彼の生家が後押し、あるいは共謀したと考える方が理に適う」


 そう。この村の資料館は、三家による共同運営によって支えられているのだ。

 魔女についての素養のないティモシーが館長へ自推したところで、残りの二家から待ったがかかるのが当然である。

 だがそうはならず、彼は理想通り館長職を拝命できている。それに対して、村長たちが禍根かこんを抱いている様子もない。

 となれば、アーチャー家全体でティモシーの行動全てをバックアップしていたのだろう、とクライヴは睨んでいた。家の繁栄という、ご崇高な目的のために。


 果たして彼の推測は当たっていたらしく、アーチャー氏は顔を歪めて黙り込んだ。

 そもそも本当に後ろ暗いことがなければ、警察のガサ入れを受けても逃げ出さないし、こんなド派手な不意打ちもしないだろう。

 あと、後ろ暗い事情のない名士は、こんなゴロツキとの交流もないはずだ。


「探偵などという、卑しい身分の分際で……」

 歯ぎしり混じりに、なんとも凡庸な悪罵あくばを放つ彼へ、ヘザーは片方の眉を上げた。そして一歩前へ出て、細い腰に手を当てる。

「はァ? コイツ、卑しいどころか超お高貴なお身分の、超お坊ちゃんなんですけど? 人の彼氏に、イチャモン付けんの止めてくんね?」


 彼氏という言葉に、状況を忘れてクライヴの頬が赤くなった。

 ヘザーのねちっこい口調での嫌味と、照れるクライヴを面白がったスタンリーも、すかさずこれに乗っかる。芝居がかった仕草で太い両腕を広げた。

「アーチャー氏ともあろうお人が、まさかご存知ないとは! こちらの探偵先生は、フリーリング伯爵の信頼も大変篤い、弟君であらせられるのでな。彼は我々領民の暮らしがお知りになりたいと、探偵などという浮き草稼業をおやりになられているのだぞ」

「そんなことは言っていない」

 ものすごく不本意かつ不満げに、クライヴがぼそりと抗弁したが、幸いアーチャー氏の耳には届いていないようだった。彼は目と口を限界まで広げて、わなわなと震えている。


 そして震えている人物は、もう一人いて。

 伯爵の弟の恋人にちょっかいを出していた、という事実を知ってしまったジョンも、ウィリアムの絵を抱きしめながら真っ青になってガクガクしていた。わななく唇は何度も「殺される」と呟いている。

 脳裏によぎるのは初対面時にクライヴから、大層にらまれたあの瞬間であろう。


 根が善良なジョンは気が遠くなっている様子だが、根が腐っているらしいアーチャー氏は切り替えが早かった。

 彼は己を鼓舞するように、ハッと鼻で笑う。

「たとえ伯爵様の弟君であろうと……死人に口なしだ!」


(このオッサン、『暴れん坊将軍』に出てくる悪代官っぽいなぁ)

 氏の暴論にそんな感想を抱きつつ、ヘザーは拳を構える。構えつつ、隣のクライヴを見た。

「オレさ、子どもが悪さした時に『親の教育が悪いんだー』とか言うの、あんま好きじゃねぇんだよ。ガキの頃ならともかく、ある程度デカくなったら本人次第なトコあるじゃん?」

「それは一理あるな」

「だろ? でもティモシーんとこのオッサンはさ……」

「彼の教育並びに家庭全体に、問題の根源がありそうだな。家長の性根があれでは、子息が歪んで育っても仕方がないだろう」

 ヘザーの言わんとしていることを引き継いだクライヴが、鞘に納められたままのサーベルを構える。


 戦意満点の二人めがけ、各々の武器を持ったゴロツキどもが窓を乗り越え、穴を潜り抜け、ガラス片を踏み割って殺到した。

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