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82:推しの幸せは、遠くから見守りたい派であった

 ダイアンの告白が終わり、束の間室内に沈黙が流れる。

 片手を上げ、最初に声を発したのはヘザーであった。

「あー、ちなみになんだけど。魔女呼び出すのってなんかこう……イケニエ的なのが、必要だったりすんの?」

 一応ためらいつつ、それでも気になっていたことを尋ねる。


 いけにえ、と小さく呟いたダイアンは、呆気に取られた様子だ。

 数拍置いて、ゆるゆると首を振る。

「い、いえ……我が家の料理人が作ったケーキを持参したのですが、案外すんなりお会いすることが出来ましたわ」

「わぁ。お手軽だなー」

 両手を上げてのけぞるヘザーは、どことなく通販番組のアシスタントっぽい。


 しかしのんきなリアクションを返しつつ、

(つまりオレはケーキのせいで、貞操の危機にさらされて……結局食われちゃったと?)

嫌な事実に到達してしまった。よもや己もケーキ側であったとは。


 胸に釈然としないものを芽生えさせてしまい、意気消沈するヘザーに代わってクライヴも問いかける。

「今回の肥溜め事件において、当事者のジョンでなく彼の父が落とされた点に引っかかっていたのだが。この発案者は、君なのか?」

 こくり、とダイアンがうなずく。

「はい……本来であればジョンも落とすべきだと、分かっていたのですが……」

「分かっていたが?」

「でも、どうしても彼だけは……落とせなくて」


 再びうなだれた彼女へ、クライヴも幾分柔らかい声で話しかける。

「それで代わりに、彼の父上を落としたというわけだな?」

「ええ。そこは、心を殺して魔女様にお願いいたしました……被害者が私一人だけでは、魔女様からも『はくが付かない』とのご指摘を受けておりましたし」


 あう、と村長が儚くうめいた。

「私って、箔のために落とされたんだ……」

 箔のためにウンコの山に顔面から落とされ、村民から娯楽扱いを受け、あまつさえ写真も撮られ。

 向かいに座るヘザーと同じように、彼も力なく肩を落とした。目が死んでいる。


「おじ様、ごめんなさい! どうしても、他にいい被害者が思い浮かばなくて!」

 慌てたダイアンが、椅子から腰を持ち上げて彼に謝罪した。しかし「いい被害者」とは何なのか。褒め言葉なのか。

 彼女は中腰のまま、ジョンにも悲哀たっぷりの声で詫びた。

「ジョン、あなたにも沢山迷惑をかけてしまったわ……本当にごめんなさい」

「……」

「私のことなんて、きっと顔を見るのも嫌だと思うから、是非このまま婚約も破棄して――ジョンッ?」

 無言のジョンを怪訝に思い、彼女は恐々と彼の顔をのぞきこんで、声と肩を跳ねさせた。


 ジョンが、真っ赤な顔になっていたのだ。

 彼はダイアンと間近に目が合うと

「や、えと、俺は、別に、迷惑ってか……」

へどもど言って、目を泳がせた。完全に、照れている。


 照れはダイアンにもたちまち感染し、彼女も真っ赤になってのけぞり、距離を取った。

「あの……私のこと、迷惑じゃないの?」

「いや、あ、その、お、俺は……カッコよく書いてくれてるなら、いいっていうか」

「本当? 怒って、いないの?」

 椅子に座りなおした彼女から視線をそらしつつも、彼は何度もうなずいた。


 思いがけぬ反応に、村長も姿勢を正して目を丸くしている。

 ジョンが引っ掴んだままのウィリアムも、痩せこけた頬を緩ませ、

「あらー」

なんとも嬉しそうに微笑んでいる。


 もちろん向かいに雁首がんくび揃えて座る、精神年齢アラサートリオも、興味津々で二人を見守っていた。

「おおー、すっげぇ青春じゃん」

 とんでもない場に立ち会ってしまった、とヘザーは興奮混じりに小さな声ではしゃいだ。


「初恋ってのは、いつの時代も甘酸っぱいものなんだな……」

 フサフサのあごひげを撫で、スタンリーもなんとも年よりじみた感想を漏らす。クライヴも

「いいな」

と呟いたのを、両側の二人は聞き漏らさなかった。

 年中無休でカツアゲに遭っているような陰気面のこいつにも、そんな情緒が残っていたのかと、別方向の感慨も同時に覚える。


 多方面に感動した後にヘザーは、ふと残っていた疑問をささやき声で投げかける。

「ケイティはさ、ダイアンが――自分のダチがあの本書いたって、気付いてたのかな?」

「気付いていただろう。ティナや、俺たちもすぐに気付いたぐらいだ」

 彼女と同様にひそやかな声で、クライヴが即座に答えた。


「じゃあ職場に本置いてたのも、友達の本だったから?」

 私的な趣味嗜好を職場に持ち込むタイプには思えなかったので、それであれば納得も行く。

 クライヴも一つ首肯した。

「恐らくな。ひょっとするとダイアン嬢の恋心にも気付いていて、そういった意味での応援もあったのかもな」

「だったら、応援した甲斐あったってワケだな」

 そう言って彼を見上げると、珍しく口角を持ち上げた顔があった。ヘザーもにんまり、と笑い返す。


 クライヴへ顔を向けているヘザーは、応接間の窓に背を向けている。

 だから窓の向こう側の異変に、最初に気付いたのは彼女と向き合っているクライヴだった。

 視界の端に映ったその異変を受け、彼はいの一番に、ヘザーの背中に手を伸ばして抱き寄せる。次いで間髪置かず、空いている方の腕でスタンリーを横倒しにしながら

「伏せろ!」

鋭い声で、向かいのジョンたちへ叫んだ。


 クライヴによって、ヘザーとスタンリーが半ば強引に椅子へ突っ伏し、ジョンたちも目を白黒させつつも体を丸めたところで、窓ガラスが大破した。

ガラスを粉々にして飛び込んできたのは、大きな丸太である。

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