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77:サディスティック探偵

 自分と目が合うなり硬直したティモシーを見上げ、ウィリアムは悲しげに唇をすぼめた。

「ねえ、ティモシー……どうしてぼくを殺したんだい?」

 哀れっぽい声にキュウッと、ティモシーの喉の奥が鳴った。


「うそ、だ……そんな」

「嘘じゃないよ。ぼくだよ、ウィリアムだよ?」

 ウィリアムがそう言いながらキャンバスの外へ出るかのように、身を乗り出す仕草を見せると。

「うっ……うわあぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 甲高い震え声で叫び、ティモシーは足をもつれさせて転倒。その体勢のまま、必死にキャンバスから距離を取る。


 もはやヘザーとクライヴのことなど、頭から消え失せているようだ。

 ただヘザーたちもあえて気配を消し、壁際に並んで立ち、彼の失言・失態を待ち構えているのでお互い様だったりする。


 ティモシーはクライヴ以上の醜態しゅうたいをさらして、涙と鼻水まじりで芋虫のように床を這いながら、どうにかドアノブに手をかけた。

 もちろんティナが施錠済みであるため、ドアノブをどれだけ回しても引っ張っても脱出は叶わない。

 泣きじゃくる彼の背中に、ウィリアムがおずおずと声をかける。

「そんなに怯えなくても、ぼくはきみを呪ったりしないよ?」

「ヒィィッ!」

 が、話しかけられたティモシーは骨が折れそうな勢いで背中をのけぞらせたので、彼の気遣いは完全に裏目であった。


 しかしこれではらちが明かない、とウィリアムも考えたらしい。痛ましげな視線をティモシーに注ぎつつも、言葉を続けた。

「ぼくはただ、きみがどうしてぼくを殺したのか、その理由が知りたいだけなんだ。どこかで、きみに酷いことをしていたのかな?」

「そ、そうじゃないんだ! あなたに何も恨みはないんだ!」

 痙攣けいれんするように震えながら首を振り、ティモシーは即座に否定する。

「我が家の……この村の繁栄のために、ひっ、必要な犠牲だっただけっ、なんだ!」

「――は? どういうことだテメェ」


 黙して成り行きを見守っていたヘザーが、たまらず待ったをかけた。

 殺気をはらんだ声で、彼女たちの存在を思い出したらしい。とうとう震えが歯の根にまで及んだティモシーが、泣き濡れたみっともない顔をヘザーに向けた。

「し、仕方がなかったんです……だって前館長は、あくまで、こここっ、好事家こうずかのためのっ、資料館を作った。それでは、魔女へ深い造詣ぞうけいのない観光客への、そっ、訴求力に欠けるじゃないか!」

 己の言葉に鼓舞されたのか、上ずっていた声に力が戻り始める。

 そしてティモシーは語った。


 魔女が騒ぎを起こしている今なら、秘密裏にウィリアムを殺害しても魔女の犯行と判断されると踏んだことを。

 資料館前で彼を殺して遺体を窓から落とし、これ見よがしに魔女のネックレスを残せば、村人は思った通り呪いだと信じたと。

 そして警察も、面倒事は御免とばかりにあっさり捜査を終了させたことも。


「僕なら……僕が運営に関われば、もっと幅広い顧客を引き寄せる、資料館が作れるはずなんだ! その実現のためには、多少犠牲を払ってでも館長の入れ替えが――」

「多少、ねぇ。こんないい人を殺すことが多少ってか、あァ?」

 熱を帯びるティモシーの声を、冷え切ったヘザーのそれが打ち消した。


 大きな藤色の瞳に宿った憤怒に気付き、ティモシーが再度喉を鳴らしてビクつく。

「だから、こ、これは必要な……犠牲で……」

「犠牲が必要ってんなら、テメェが代わりに死ねよ」

 そう言いつつきつく握りしめられた彼女の拳を、クライヴの手がやんわりと包み込んで、押しとどめた。


「んだよ」

 舌打ち混じりの鋭い視線が、クライヴへ向けられる。彼も真っ直ぐヘザーを見つめ返す。

「ヘザー。君がそこまでする必要はない」

 ふてぶてしく、ヘザーは鼻を鳴らした。

「殺しゃしねぇよ。せいぜい半殺しだ」

「それでもだ。たまには俺にも、汚れ役を譲ってくれ」

「……けっ」


 ヘザーの殺意が緩んだふくれっ面を見下ろし、クライヴは肩をすくめた。次いで床上でへばったままの、ティモシーに向き直る。

「ティモシー・アーチャー。お前には今、選択肢が二つある」

「え……」

 あえての傲岸不遜ごうがんふそんな声音に、ティモシーは全身を縮こませる。

「一つは自分の罪を、警察署で打ち明けるというもの。そしてもう一つは、罪を告白しない代わりに、この場で命を絶つというものだ」


「へ……? どっ、どうして、そうなるんです!」

 上ずった声で異議申し立てをするティモシーを、クライヴはくらい目で見据える。

「今回の事件を収束させるために、必要な犠牲だからだ。筋書きとしては、そうだな――魔女の呪いにより死去した、前館長の後継者であるお前が、我が身を犠牲にして呪いを解いた――といったところか」


 急ごしらえの、自分の死によって成り立つ美談に、ティモシーは唾をのんだ。

「そんなっ、誰が信じるんです! そんな与太話!」

「相手は模倣犯による犯行すら魔女の呪いだと信じる、純朴な村民だ。問題ないだろう」

「あ……」

「安心しろ、遺書ぐらいはこちらで用意する」

 淡々とした声だからこそ、かえって彼の怒りの深さがうかがえた。


 また、自首か自害を促しつつサーベルをちらつかせているのだから、殺す気が満々過ぎてかえって説得力に欠けていた。代わりに「答えないと殺される」という、危機感の植え付けには成功しているが。

 サーベルを凝視して浅い息を繰り返すティモシーへ、クライヴはこてんと首を傾げた。

「どうした? 他者に犠牲をいるのだから、自身が犠牲者の役割を負う覚悟ぐらい出来ているだろう?」

 覚悟をしていて当然である、と言外に語る口調が決定打となったらしい。


 震える自分の体をきつく抱きしめ、ティモシーは力なくうなだれた。

「警察へ……行きます」

 そして弱々しく宣言する。

 が、クライヴはつまらなそうに肩をすくめるばかり。

「その必要はない」

「それは、どうして……」

「スタンリー医師の伝手つてで、警察官は待機済みだ」

 つれない口調のクライヴが、外で待ち構えているスタンリーたちに知らせるべく、銀製のベルを鳴らす。

 完全におちょくられていた、と察したティモシーの青白い顔に朱が差す。


 しかし彼が何か怒鳴るよりも早く、制服姿の警察官が二人飛び込んで来た。

 そのまま素早く、へたり込んだままのティモシーを拘束する。条件反射で彼は抵抗するも、精神的にあらゆる種類の打撃を受けた直後だったため、ほぼ意味をなさなかった。


「まさか、村のほまれのティモシー坊ちゃんが、殺人鬼だったとはなぁ……」

 おまけに年配の警察官が、嘆くようにこう言ったのだ。

 これまでジョンに向けられていた、「殺人鬼」の蔑称が己に向けられているという事実は、瀕死の彼の自尊心を見事ぶち壊す。

 ぬるりと表情の抜け落ちた彼はそのまま、儚き抵抗すら止めた。


 このように見るも無残な彼へ、クライヴは冷え冷えと追撃する。

「彼の生家である、アーチャー家も調べることをお勧めする」

「あの名家を、ですか?」

 年若い方の警察官が不思議そうに問い返す。自身の生家にまで正義の鉄槌が振り上げられているものの、ティモシーはもはや脱力し切っていた。全部どうでもいいらしい。


 戸惑いがちな警察官へ、首の後ろに手を添えたクライヴが続けた。

「成人男性の遺体を、彼単独で二階まで運ぶ事は困難だ。恐らく使用人にでも、協力者がいるのだろう。ご当主も一枚噛んでいるかもな」

「なるほど……確かにおっしゃる通りだ」

 年配の警察官が、しみじみと同意する。


 なお二人とも、露骨にウィリアムの宿る絵からは視線を外していた。若い方など、初見時に卒倒したほどだった。

 対外的には、クライヴとヘザーが村民への聞き込みによってティモシーに疑念を抱き、警察と共にカマをかけると自白した――という筋書きになる予定である。

 さすがに被害者本人が尋問したとは、調書にも残せないらしい。


 この光景を隣で見守るヘザーも、年配の警察官のようにしみじみ考えていた。

(この世界線の霊媒探偵、めっちゃこえぇんだけど)

 土台が悪役であったため、追い込み方に容赦がない。そのくせ犯罪者をいたぶるような、嫌な遊び心だけは用意していると来た。


(今さらだけど、ヤベェ奴に惚れちゃったのかも)

 後悔というものは先に立たないんだなぁ、と先人の教えを痛感するヘザーであった。

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