明日の段取りも四人で話している内に、夜が訪れた。今夜は新月であり、外は普段以上に暗い。
比較的街灯が多く設置されている、ここ主都ならばともかく。今からアーヴィング村まで戻るのは、自殺行為だった。
高確率で事故を引き起こし、下手すれば全員ウィリアムの仲間入りであろう。
そのためヘザーとクライヴは、自宅で一晩過ごすこととなった。スタンリーも別荘に電話を入れたうえで、自身の本宅へと戻っている。
とはいえ旅行もとい調査に備え、食料の買い置きもしていなかったので。二人はビルの向かいにある
クライヴの家の居間兼食堂で、向かい合ってお手軽な夕食をいただく。
川魚のフライやアスパラガスのサラダを食べていると、クライヴが物言いたげな視線を寄越して来ていることに気づく。
ヘザーはまばたきして一度首をかしげ、次いで自身の皿を見た。サラダ以外には、ソーセージが一本残っている。
「どうしたんだよ? ソーセージ足りなかったとか? 一本やろうか?」
「いや、十分だ――その、折り行って頼みがあるんだ」
「……何?」
深刻そうな声色のため、ヘザーもつい身構えた。
彼はテーブルの上で手を組み、重々しく息を吐いて続けた。
「ビルを、この部屋に運び入れてはくれないだろうか? すまないが、まだ直接触るには勇気が……」
が、肝心の頼みの内容は、ヘザーにとって朝飯前である。彼にとっては決死行為だろうが。
「そりゃ別にいいけど、なんで? 二人で下ネタトークして、盛り上がんの?」
だったらちょっと混ぜてほしい、と思わなくもない。しかしクライヴのジト目が、不機嫌そうに細められる。
「するかっ! 死者とはいえ、やはり男性と君を二人きりにするのは……その、倫理的に不健全だと思っただけだ」
「はぁ、そうなんだ」
何を今更、と思わずにはいられない理由である。
ただ、ウィリアムの生前の姿を知ったことで、彼の成人男性という側面にまで思考が広がったのだろう、とも推測出来た。
おそらく今まで、クライヴの中でウィリアムは「化け物」にカテゴライズされていたのだから。化け物の性別まで、気が回らなくても仕方ないだろう。
一方で、未だウィリアムの宿るキャンバスに触れない彼が、同室になったところで熟睡出来るとは到底思えない。二日連続で寝不足の危機である。
上司であり恋人である彼の健康は、ヘザーとしてもやはり維持したいものだ。
何より寝不足状態での長距離ドライブなんて、ヘザーにとっても危険でしかない。下手すればスタンリーも巻き込んで、やっぱりウィリアムの仲間入りであろう。
いや。一つだけ、彼の憂いと睡眠不足の両方を解消する方法があった。
ただ提案するには、ヘザー側の勇気が存分に試されるのであるが――この際、勢いに任せてぶちまけることにする。
「あー、あのさ、だったら……オレがここで、一緒に寝ようか?」
とはいえ気恥ずかしさから無意識に上目遣いとなり、もじもじと愛らしさ百点満点でのお誘いとなってしまった。
その結果、クライヴは無表情で五秒ほど固まっていた。正面で照れまくるヘザーを凝視する真顔のまま、おもむろにティーカップを持ち上げる。
そして紅茶を飲もうとして思い切り目測を誤り、シャツとズボンにぶちまけた。
「いやいや! なにやってんだよアンタ!」
まさかのリアクションに、ヘザーも声が裏返る。なおこの間も、彼は引き続き無表情である。石像みたいだ。
ヘザーはテーブルを拭くのに使った布巾を持って、とうとう無機物と化した彼のそばに駆け寄った。
「あー、あー、シャツがまっ茶色になってんじゃん……コレ、洗濯して落ちるのか? 絶対ムリそう……」
どこか
「ん? なんだ?」
「何だ、じゃないだろう! 冗談でも、さっきのようなことは言うんじゃない!」
キョトン顔で問えば、鬼気迫る形相で叱られた。つい、ヘザーの艶やかな唇がすぼめられる。
「いや、冗談じゃねぇし。オレがこっちで寝た方が、アンタも安眠できんじゃん」
「それはそう、だが……しかし、俺は聖人君子ではない。好きな女性と一晩過ごして、手を出さずにいられるわけがないだろう!」
忍耐力よわよわザコ野郎であることを、何故かいっそ誇らしく宣言された。やけっぱち過ぎないだろうか。
ただその点については、ヘザーとしてもむしろ――ばっちこいである。
ポッと頬を赤らめたまま、伏し目がちで小さくうなずく。
「別に、手出してくれても、いいし」
「……は?」
「あ、でも……先にシャワー、浴びたいけど」
「いや、しかし」
クライヴが、森色の目を見開いてわずかにのけぞる。次いで視線を左右にさまよわせた。
ヘザーも耳まで赤くなったまま、彼の次の動きを待つ。