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71:パイレーツ医師に洗礼(または暴力)

 ヘザーたちはウィリアムから改めて、彼が死ぬまでの経緯を詳しく聞くことにした。


 ウィリアムによると死亡当日は、書類整理で業務が長引いていたという。

 彼とケイティは揃って残業し、終業後にウィリアムは彼女を自宅まで送ることにした。

 のどかな田舎とはいえ、街灯がほぼない夜道を、女性一人に歩かせるわけにはいかなかったのだ。


「あ、もちろん下心はないよ? ケイティはヘザー嬢みたいに、武道の心得もないから。ぼくも心配だったんだ」

 はにかむ彼に、ヘザーは華奢な肩をひょいとすくめた。

「オレも別に、ケンカ以外に習ったことねぇんだけど」

 そう。前世も今世も、彼女は実戦あるのみなのだ。戦いの中で成長していくタイプである。


「元シスターが喧嘩をたしなむな」

 クライヴがジト目でため息をつくと、スタンリーがギョッとのけぞる。

「シスター!? これがッ?」

 甲高い声で「これ」呼ばわりされつつ指さされたので、なかなか不愉快だが――当事者のヘザーとて気持ちは分かる。そのため彼女も、殺意たっぷりの眼差しを飛ばすに留めておいた。


 その眼力を受け、スタンリーがあごひげに手を当てる。

「……ロンドンの貧民街の荒くれ者を束ねる、顔役みたいなシスターだった、ということか?」

「いや。ごく普通の片田舎のシスターだったはずだ。彼女以外の同僚も、皆まともだったと記憶している」

 修道院に顔を出した経験のあるクライヴが、彼の予想をすかさず否定。スタンリーは目を丸くして、長々と息を吐いた。


「それはまた……何という逸材がいたもんだ」

「それ、いい意味で言ってねぇだろ!」

 とうとうヘザーの拳が、スタンリーにも唸りを上げた。ボディブローをモロに受け、しばらく起き上がる事すら出来なかった彼曰く、

「本当にロンドンのギャングを束ねられそうな一撃だ」

とのことだった。


 ともかく、ウィリアムはケイティを無事に自宅まで送り届けた。そして自分は、後片付けと戸締まりを確かめよう、と資料館へ取って返し。

 その時に入り口で、背後から頭を殴られたのだという。


「たぶんそのまま倒れちゃったから、顔は見ていなくて……ただ今わの際に、ズボンと革靴は見たような気が」

 視線を上に向けて、ウィリアムが死の瞬間を思い返す。殺されたというのに、自身の死に際について特に忌避きひ感もないようだ。タフ過ぎる。


「ズボンに革靴ってことは、ヤロウが犯人か?」

 ひと殴りしてスッキリしたヘザーが、首をひねる。ひと殴りされたスタンリーも床に突っ伏したまま、彼女の予想に賛同した。

「館長は長身だった。立っている彼の後頭部を狙って一打で殺すのは、女性だと少々難しいかもしれないな。柄の長い農具でも使えば別だろうが」

「でも、そんなもん持って夜道歩いてたら、割と怪しくね?」

「だな。観光客もそれなりに多いから、人目に付く可能性もあるだろうよ」

 となると、男性犯人説が有力であろうか。


 相変わらずヘザーのスタンド (あるいはペルソナ)なクライヴが、ウィリアムに水を向ける。

「ズボンと靴について、何か気になることはあるか?」

「うーん……あっ」

 閃いた、と言わんばかりにウィリアムが明るく手を打つ。

「お洒落だったね」

「お洒落?」

 訝しげに、クライヴがオウム返し。


「そう。ズボンがね、今年の流行りのデザインだったんだ。資料館のドアが開いていたから、中の明かりでズボンの柄がよく見えてね。靴もピカピカだったかな」

 クライヴよろしく、ヘザーがじっとり半眼になる。

「アンタ、死ぬ時ものんき過ぎじゃね?」

「それが致命傷だと、案外痛くないんだよね。死ぬのって、思ってるほど怖くないよ?」

「その誘い文句が怖ぇんだよ」

 朗らかな声と内容の落差に、ヘザーは自分の二の腕を撫でた。鳥肌が立ったのだ。


 能天気なウィリアムの証言を、首の後ろに手を添えるクライヴが無言で噛みしめる。

「ひょっとすると殺害犯は、御三家の誰かではないだろうか」

 彼の言葉を受け、ようやく起き上がったスタンリーが腕組みして眉をひそめる。

「……お前さん、何故そう思うんだ?」

「待ち伏せして人を殺める際に、わざわざ真新しい一張羅いっちょうらを着るか?」


 数秒置いて、スタンリーは首を振った。

「いや、まず着ないだろうな。返り血を浴びたり、抵抗する被害者に破られる可能性だってあるわけだからな」

「ああ、それが普通だ。そうなると殺害犯にとって、流行りの服は普段着だった可能性があり――金銭的に余裕がある人物ではないかと」

「つまり名家の人間に絞られる、という寸法か」

 スタンリーが低くうなる。


「じゃあ、ジョンが……?」

 彼はウィリアムの親友だったと聞き及んでいるため、ヘザーはためらいつつ尋ねた。ウィリアムも絵の中で、悲しげに目を伏せる。

 しかし幸いにして、クライヴは即座に否定した。

「自宅で会った際、彼は履き古した革靴を身に付けていた。シャツの袖にも、インクの染みがあったことも覚えている。富裕層ではあるだろうが、あまり服に頓着するタイプとは考えづらい」

「そんなトコまで覚えてんのっ?」


 クライヴの記憶力が、ちょっと怖い。彼の前で自分も何かやらかしていないだろうか――とヘザーがふと考え始めたところ、即座にやらかしの歴史が噴出した。よって彼女は、即座に考えるのを止めた。

 このまま深掘りすると、己の心が燃え尽きて灰になる。


 いきなり虚無な笑顔になった彼女を不審に思いつつ、クライヴは自身の予想を口にした。

「俺はむしろ、ティモシー・アーチャーが殺害犯ではないかと思っている」

「ティモシー君が?」

「あいつが?」

 スタンリーと、殺された当事者であるウィリアムが、ほぼ同時に声を上げた。

「でもぼくは、ティモシー君と殆ど接点がないよ?」

「そもそもあいつは、アーヴィング村にいない方が多いぐらいだ」


「だが彼は現在、ビルの役職を引き継いでいる」

 二人の異議申し立てを、クライヴの静かな声が遮った。

「それ自体が狙いだったとするならば、ビルと接点がなかろうとも、動機は持ち得るはずだ」

「しかしティモシーは、喧嘩もしないような大人しい好青年だぞ?」

「そうだよ。むしろジョンの無鉄砲も、やんわりたしなめるような真っ当な子で……」


 男三人の会話を傍観していたヘザーが、ついと下を向いて

「アンタらはさ、自分ちの使用人とか部下の名前、ちゃんと覚えてるよな」

確認するように言った。

 当たり前のことをわざわざ指摘され、三者三様に少しばかり困惑しつつ、うなずいた。

「自分や自分の家が雇う者の名前を覚え、彼らの働きを正当に評価することは、雇用主の義務だろう」

 代表してクライヴがそう生真面目に断言すると、だよな、とヘザーもうなずく。


「でもティモシーはさ、ケイティの名前を一回も呼ばなかったよな」

「あ――」

 そう呟いたのは、誰であったか。

「あと、茶入れてもらっても、ガン無視だったし」

 これは、女性や下の者にこそ優しく丁寧であれ、と口酸っぱく教えられてきた彼女だからこそ引っかかった違和感だった。

 たとえ周りにいい顔を見せていても、弱い立場の人々へ傲慢な人間が好青年なわけない。


「オレたちには愛想よくしてたけどさ。訊かれてもねぇのに支店長サマだって名乗ってたし、たぶんアイツ、めちゃくちゃ自己顕示欲強いと思うぜ。こう、すぐに人に優劣つけるタイプっていうか」

 これはヘザーの、半ば偏見まじりの分析であったが。

 おそらく最も彼との付き合いが長い、ウィリアムの腑には落ちたらしい。彼も視線を落とし、思案顔になる。


「そういえばティモシーは、ジョンを庇ってくれるんだけど、ちょっと軽んじているところもあったというか……でもそれは、幼馴染だから、どうしても気安い態度になるのかなって……」

「ダイアンはキツい言い方してたけど、ちゃんとジョンのこと心配してたぜ? 気安い態度ってさ、そういうのじゃねぇの?」

 なおも悩むウィリアムに、ヘザーが引導を渡す。愕然がくぜん、と黙りこくったウィリアムをちらりと見て、クライヴが肩をすくめる。


「もちろん動機があり、人間性に問題があるだけで、警察に突き出すことも出来ないがな」

「そりゃそう、だけども」

 一応は納得しつつも、ヘザーは口を尖らせる。

 実のところ彼女の中では、ジョンよりもぶっちぎりでティモシーへの心証が最悪だったのだ。


 不満そうな彼女を見下ろし、クライヴが一つうなずいた。

「ならば本人に、直接問い正してみるしかないな」

「は? いやいやいや、オレらが『アンタ人殺した?』って言ってすぐゲロるようなヤツが、魔女に濡れ衣おっかぶせるか?」

 両手を左右に激しく振って「否!」と、ダイナミックにアピールするヘザーの大仰ぶりに、クライヴの陰鬱顔が束の間和らぐ。


「俺たちが尋問者ならば、自白は難しいだろうな」

「だろ?」

「だが、尋問者が被害者自身ならば、どうなると思う?」

 そう言ってニヤリと悪い笑みを浮かべる彼の表情には、ノリとハッタリで事件を解決する霊媒探偵ライダーの片鱗が、確かにあった。

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