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64:魔女は元ヤン秘書に興味津々

 クライヴが喉の奥から言語未満の、それはそれは儚い叫びをこぼした。

 あまりにも弱々しいため、ヘザーは当初、越冬した蚊の羽音と聞き間違えたぐらいであった。


 彼女としてはほぼ骨な死者が蘇ったところで、ホラーマンとキン骨マンの大群にしか見えない。よって怖さは皆無、なのだが。

「うーん。ここでやり合うのか」

握りしめたロザリオに一瞬視線を落とし、唇を尖らせた。

「ヘザー、どうしたんだ……?」

 いつになく困った様子の声音だったので、彼女に支えられるクライヴにも不安が伝播でんぱする。


 ヘザーはクライヴにぎゅうぎゅうと抱きつかれながら、肩をすくめた。気分はさながら抱き枕である。

「だってさ、ほら。周りに墓、いっぱいあるじゃん?」

「……それは、墓地だからな。あってしかるべきだろう」

「だからオレのアーメンビームで、墓ごと焼け野原になっちまいそうだなーって」


 そう。アーメンビームは一撃必殺の飛び道具である。威力に比例して、周囲への影響も笑っちゃうぐらい強大なのだ。

 こんなだだっ広い場所で、四方を埋め尽くす骸骨を一掃しようものなら、さながら巨神兵のごとき蛮行待ったなしである。

 いや、こちらは腐ってやがるどころか、成長途上なピッチピチの若人だ。巨神兵越えも夢ではなかろう。


「や、焼け……?」

 内心で彼女の必殺技に命運を託していたクライヴが、愕然がくぜんと固まった。

 よほど驚いたのか、怪我の功名で震えも止まっている。

 固まる彼とは対照的に、困り顔のヘザーの口調は案外のんきである。

「おお。たぶん墓石ごと、ガイコツぶっ飛ばすことになるな。墓石の修理代って、たぶん高ぇよな?」


 その時クライヴの脳裏に、一発のアーメンビームによって大破した、実家の浴室の惨状が蘇った。

 修繕までに三ヶ月を要し、べらぼうな修理代がかかったと兄が呆れていた浴室が。

「こんな大技はね、周りに何もない、平原とか砂漠以外で使っちゃ駄目だと思うよ」

 後日裏庭でアーメンビームを見学した兄が、しみじみ呟いていた言葉も思い出す。


 彼の中で異形と金欠への恐怖心が、天秤にかけられる。

 拮抗きっこうの末、勝ったのは金欠という生々しい恐怖存在だった。

 伯爵家の人間とはいえ、自ら生活費をまかなっているクライヴは即座に腹をくくった。

「君は、俺が討ち漏らしたものだけを仕留めてくれ。出来るだけ……そう出来るだけ、怪光線は放たない方向で!」

 クライヴはそう懇願して、迫りくる化け物の前に躍り出る。同時にサーベルを鞘から抜き放った。刀身は、清らかな白い光を帯び始める。


「おう、分かったよ」

 覚悟の決まった彼に全幅ぜんぷくの信頼を置くヘザーは、軽い調子で請け負って背中合わせに立った。


 二人めがけて、骸骨どもが殺到する。

 が、彼らへ触れようと手を伸ばした端から、クライヴの光る剣閃に晒された。

 骨だけで形作られた不安定な体は、次の瞬間にはダイス状に切り刻まれる。


 辛うじて剣閃から逃れた者には、ヘザーの容赦ない蹴りや掌底しょうていがお見舞いされる。

 長いドレスを華麗にひるがえしての、細い体に似合わぬ重い一撃に、骨はバラバラになって吹き飛んだ。


 数は多いが弱っちいな、とヘザーが内心で肩透かしにがっかりしていると――その視界に、半透明のものが紛れ込んできた。

 手近な骸骨に肘打ちを与えつつ、彼女がほぼ無意識に横目でそれを追い

「クライヴ、避けろ!」

叫びながら、体当たりするようにしてクライヴの背中を突き飛ばした。


 ヘザーは不意打ちの体当たりで吹き飛ばされた彼が、数秒前まで立っていた場所へと躍り出た。そこへ空中を高速でジグザグに進む、半透明の帯に似た何かが肉薄する。

 しかしヘザーは一切動じず、むしろ不敵に笑ってロザリオの十字架を眼前へ突き出した。

 アンニュイ顔のイエス・キリスト像が発光し、すぐさま金色の光線が放たれる。極太な光線は半透明の帯を貫き、ついでにその背後に広がる雲をも貫き、次の瞬間に爆破させた。相変わらず、無意味なまでに派手である。

 二人を観察していたイーディスが、アーメンビームを目にするや否や冷ややかな笑みを消した。


「ほう……」

 そう一言呟いたイーディスが、滑るように歩き出した。

 ヘザーは彼女にまで意識が回らず、クライヴと骸骨を交互に見ながら拳を強く握りしめている。

「おいっ、クライヴ大丈夫か?」

 距離の空いた彼の背中へ、周囲を見渡しながらヘザーが声を上げる。


 クライヴは突き飛ばされた勢いですっぽ抜けたサーベルを拾い、居残る骸骨をみじん切りにしながら、不機嫌な声だけを返した。

「君にいきなり突き飛ばされたこと以外は無傷だ。何なんだ急に?」

「だってなんかキモい、透けてるヘビみたいなのが、空飛んで――」

 最後まで言えなかった。すぐ目の前にいつの間にか、イーディスが立っていたのだ。

 束の間、ヘザーの呼吸が止まる。


 虚を突かれたヘザーを、イーディスは先ほどよりも愛想のある笑みで見下ろしていた。思ったよりも背が高い。

「そなたは、これが見えるのかね」

 イーディスの声に呼応するように、ヘザーの周囲に先ほどの半透明の帯が発生した。

 目を凝らすと、それはイーディスの背部から生み出されている。まるでイソギンチャクの触手のようだ。

 無数の触手にたちまち、腕を拘束されて持ち上げられる。触手プレイがあるなんて、聞いてない。


「なにすんだよ、テメェ!」

 凶悪な面構えになったヘザーは怒鳴りながら蹴りを繰り出そうとするも、今度は足も拘束された。

「足癖の悪さは、いただけぬな」

「うるせぇ! これもオレのチャームポイントなんだよ!」

 イーディスの揶揄に声だけで噛みつきつつ、この触手が落下事件の実行犯であろう、と察していた。


 殺意満点の美少女にもまったくひるまず、イーディスはヘザーのあごを掴んだ。

 そして口づけできそうなほど顔を近づけて、すん、と鼻を鳴らした。赤い瞳が、愉快そうに細められる。

「そなた、随分と変わった魂をしているな」

「は?」

 意図不明の言葉に、ヘザーは危機的状況も忘れて目を点にした。


 イーディスはキョトン顔の彼女を見つめ、妖艶に笑う。

「独特の色と匂いだが、とても心地がいい。それにとても良い目をしているね……ふふ、このまま手放すには、実に惜しいな」

 そう呟いてペロリと、ヘザーの白い頬を一つ舐めた。

「うぇぇっ」

 美女とは言え死霊に舐められた事実と、生者とはまったく違う冷たい湿り気を帯びた感触。ヘザーはその両方に怖気おぞけと生理的嫌悪を覚え、不本意ながら悲鳴もこぼしてしまう。


 彼女が小さく声を上げたその瞬間、二人の間に白い雷光が走った。

 雷光はヘザーを拘束するイーディスの触手と、彼女のあごを掴む魔女自身の腕をも一刀両断する。

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