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63:それはまるで亀甲墓のような

「墓、デカすぎね?」

 もはや神殿か何かではなかろうか、という雄々しさを見せる魔女イーディスの白い墓室を見上げて、ヘザーは唖然とした。

 イーディスの墓を建てたことがきっかけで、周囲には霊園が出来上がったようだ。しかし、洋画でよく見かける腰の高さ程度の墓石に囲まれた、イーディス当人の墓室が異質すぎる。


 これに似た墓を生前、沖縄へ旅行に行った際に見かけた記憶がある。もはや家と呼んでも、差し支えないだろう。

 またひょっとしなくても、会社員となった高田が住んでいたワンルームより広いに違いない。あんなに一所懸命、働いて手に入れた城だったのに。


 日本の住宅事情の無情さに気づいた彼女は、しばし無言で目頭を押さえる。

「どうしたヘザー。目が痛いのか?」

 残業終わりの中年サラリーマンじみた仕草を見下ろし、クライヴが眉を寄せた。

「おお、ちょっと眼精疲労で。ほらさっき、難しそうな本読んだから」

「君は背表紙を見ただけだろう」

 ジト目を更に細め、露骨に呆れたクライヴだったが。


 深い森色の目は、すぐに墓へと戻った。正確には、墓の前に飾られた真っ白な花束へ。

「村民から、丁寧に扱われているようだな」

「だな。墓もピカピカだし」

 細い腰に手を当て、ヘザーも墓室の周りをぐるりと見る。

「雑草もちゃんと引っこ抜かれてて、毎日ちゃんと手入れしてるっぽいな」

「ますます、彼女の蘇った理由が分からん」


 赤みがかった金髪をかき回し、低くぼやく彼のしかめっ面を、ヘザーが覗き込んだ。

「そういやアンタ、さっきも魔女が人殺ししたこと、なんか言ってたっけ?」

「なんか、とは――ああ、彼女の肖像画の時か?」

 クライヴは曖昧過ぎる質問に顔をしかめかけ、すぐに思い出したらしい。

 魔女の肖像画を見た際に、彼は「慈悲深い人格者が何故、婚約を解消させるためだけに、人を殺めたんだ?」と自問していたのだ。

 ヘザーもうなずき、彼の陰気面を指さした。

「そうそう、それ。別に生前いいヤツでも、殺しぐらいすんじゃねぇの? もう死んでんだし」


 ヘザーはそう言ってこてん、と首を傾げた。クライヴも腕を組み、つられるように彼女と同じ方向へ首を傾ける。

「確かにその可能性は、有り得なくもない。だが今回は生前の彼女もよく携わっていた、男女の色恋にまつわる問題だろう? 行動理念が真逆になるなど、有り得るのだろうか?」

「うーん……でも、アイツらほら、色恋する気ゼロだし――あ」

 ヘザーは反対方向に首をひねったところで、ようやくクライヴの言わんとしていることに気付いた。彼もうなずく。


「そう、そもそも本人たちが婚約に乗り気ではないんだ。理由はともあれ婚約に反対しているのならば、わざわざ死者を出すような脅しなどせずとも――」

 その続きは、言えなかった。

 彼が持論を展開していると、突然周囲の空気が変わったのだ。


 ねっとりと、生臭さを伴った風が吹き込んで来る。風が、霊園に黒雲をも運び込んできた。

「なんだ? 雨か?」

 口を尖らせて空を仰いだヘザーが、ギョッと目を剥いた。空を流れていた黒雲が、二人目がけて流れ落ちて来たのだ。

 素早くヘザーの腰に腕を回したクライヴが、彼女ごと飛び退すさって黒雲から逃れる。


「えっ、雲って落ちるもんなの? オレ初耳なんだけど」

「普通は落ちないだろう」

 目を丸くするヘザーを庇いつつ、クライヴがサーベルに巻き付ける布を外した。

 軽口を叩いたヘザーも表情をかき消し、ロザリオをドレスの胸元から引っ張り出す。

 地面でうごめく黒雲は、すぐさま収縮を始める。それはたちまち人の形を取り、黒衣をまとった真っ白な女性となった。


 娘をモデルに描かれたという、魔女の肖像画はどうやらかなり正確であったようだ。

 黒雲から生み出された女性は、絵の中の人物と瓜二つである。ただしこちらは、慈愛のかけらもない無表情だが。

 真っ白な肌のため、まるで能面である。

「一応確認だけど。アンタが魔女イーディス――の幽霊ってことでいいんだよな?」

 無表情の魔女に対し、ヘザーはふてぶてしい笑みで問いかける。


 虚空を見るようだった魔女の赤い眼差しが、彼女に固定された。

「いかにも。わたくしがイーディスと呼ばれていた、女の死霊だ。もっともわたくしは、自身で魔女などと名乗った記憶もないがね」

 元々の白さに加え、死んだことで生気すら失せた青白い美貌がゆっくり、ニィと笑みを作った。

「ひっ……」

 初動こそイケメン仕草を魅せられたものの、イーディスと大差ない青さになっているクライヴが弱々しい悲鳴をこぼした。


 が、かろうじて足は震えを抑えている。彼女が生前と変わらぬ姿で現れたおかげであろう。

 「やっぱりもっと脅かして、失禁まで追い込んでやろう」と、魔女がグロテスクな第二形態 (そんなものがあるのか定かではないが)に移る前にカタを付けよう――そう意気込んだヘザーが、クライヴの背から前へ出る。


「出て来てくれて、ちょうどいいや。オレたちさ、なんでアンタがジョン……いや、タッセル家とブライト家だっけ? とにかくさ、アイツらの婚約に反対してる理由を知りたいんだよ」

 イーディスが意外にも理性的な口調と態度であるため、まずは懐柔を試みてみる。

 ヘザーは年上のお姉さん、あるいはおばあちゃん第一主義である。女性への暴力を避けられるならば、それに越したことはない。


「それは無理だ。わたくしの秘密は、誰にも教えられぬ」

 が、返されたのは取り付く島もない拒絶だった。ミルク色の長い髪を指先に絡め、イーディスが傲然ごうぜんと続けた。

「秘密の代わりに、わたくしの周りを嗅ぎ回るそなた達には……そうだな、仕置きをくれてやろう。喜んで受け取るがいい」

「あぁ? いらねぇよ、バカ!」

 ヘザーが即座に受け取り拒否するも、聞き入れてもらえるはずもなく。


 冷笑を浮かべるイーディスが、顔の高さまで持ち上げた右手でパチンと指を鳴らした。

 途端、地面のあちこちで鳴動と、地中を掘り進めるような異音が起こる。

「おい、何やったんだよお前? ってか今の指パッチンモーション、なんかカッケェな」

 地面と連動するように震えだした、クライヴの腕を掴んで支えつつ、ヘザーは周囲を睥睨へいげい。もちろん軽口は忘れない。


 イーディスの意図は、すぐに判明した。

 霊園中の墓石周囲の地面が、内部から掘り返されたのだ。続いて、土――あるいは付着する肉片によって薄汚れた、骸骨たちが姿を現した。

 その数は……あまりにも多すぎてよく分からない。とりあえず百はいそうである。

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