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62:元ヤン秘書「あのキャッキャ感が、いいんじゃねぇか」

 その後、ケイティからも前館長であるハーデンブルック氏の印象を訊いた。

 するとやはり、彼女は悲しげに微笑む。

「館長はとってもお優しい方でした。あたしみたいな、ただのにわか魔女ファンでも熱心に教育してくださって……」

「にわか」

 クライヴは暗い顔で、ついオウム返しをする。

 何がきっかけでこんな邪道に足を突っ込んだんだ、とそのまま詰め寄りたかったが、これでも紳士の自覚はあるため控えた。


 自分のスカートを撫でながら、ケイティは続ける。

「それに物欲や金銭欲もない方でした。資料館の利益もいらないって、突っぱねてらっしゃいましたね」

「え、ここの売上、館長サンのものじゃないの?」

 ヘザーがのけぞって、素っ頓狂な声を上げた。


 仰天する彼女に笑い返すケイティの表情は、先ほどよりも明るい。

「館長もあたしも、ただの雇われの身なんです。資料館自体は、御三家に所有権がありますから」

「御三家ってぇと……」

 フシギダネやヒトカゲのことでないのは、たしかだろう。あるいは野口五郎でも。

「ええ。タッセル家・ブライト家・アーチャー家ですね」

 村長一家・ダイアン一家・ティモシー一家のことであった。彼らの先祖が建てたのだから、当然といえば当然か。


「その利益を巡って、ハーデンブルック氏と彼らが争っていたことは?」

 金のあるところに争いあり、と察したクライヴは掘り下げる。いくら物欲がなかろうとも、過ぎた搾取を受けていれば反発も生まれるだろう。


 しかしケイティは、即座に首を振った。

「むしろ皆さんが館長を共同運営に誘って、丁重にお断りされちゃってたぐらいですね。特に村長なんて、それはもう落胆されてました」

「えぇー……マジで欲がない人だったんだなぁ」

 腰に手を当てたヘザーは、感心しつつも不可思議そうに首をかしげている。


 クライヴはお金大好きガールの、そんな反応を静かに眺め

「君も、少しは見習うべきかもしれないな」

「あァ?」

余計なことを言ったばかりに、思い切りにらまれた。久々のキレッキレな眼差しに、クライヴはごくりと息を飲む。

 殺される、と彼の本能が察した。


 そのため楚々そそと、静かな動きで彼女の背後に回り、無意味に背中をさすり始めた。

 彼の意図が全く読めず、ヘザーの眉間のしわが深くなる。

「何やってんだよ、アンタ?」

「いや、その……温情を得られないかと思い」

 ぼそぼそとした弁明に、ヘザーの不機嫌顔が思わず緩まった。ふへっと笑う。

「あったまってんのはオレの情じゃなくて、背中だけどな」

「ぐっ」

 喉にヌガーでも詰まったかのような、うめき声が漏れ出てしまう。


 二人の意外な力関係に、目を丸くするケイティに先導されつつ、その後も資料館を見て回った。

 二階の展示物は、魔女イーディス以外の魔術師たちにまつわる資料が主だった。ケルトの神々や、ドルイド僧に関するものも多い。

 また三階にある図書室の蔵書も潤沢で、生ぬるい内容で素人観光客を雑に喜ばせるだけではない、ハーデンブルック氏の本気がうかがえた。


 その間も溌剌はつらつとした笑顔のケイティから、丁寧な解説を受けつつ。最終的には度を越えた怖がりであるクライヴも、なんだかんだで楽しんでいた。


「急な来訪にもかかわらず時間を割いていただき、懇切丁寧な案内もしていただき、申し訳ない」

 帰り際にクライヴが低姿勢で謝り、ヘザーも

「マジで楽しかったよ。絶対、今度は観光で遊びに来るからさ」

と、ケイティの手を取って力強く握手する。

 ケイティは空いた方の手を振り、またニコリと笑った。

「いえいえ! 魔女に興味がない方にも楽しんでもらおう、というのが館長の目標でしたから。こちらこそ、クライヴさんとヘザーさんにも楽しんでいただけて、嬉しいです」


 なんというか、根っからのいい子なのだろう。全身から、お人よしオーラがにじみ出ている。

 彼女の上司であったハーデンブルック氏もかなりの善人であったようなので、馬も合っていたのだろうな、と推察できる。


 昨夜のダイアンといい、この村の女の子は優しい子が多いのだろうか――と考えるヘザーが資料館のドアを出たところで、こちらに向かってくる赤毛の女性の姿を捉えた。

 丁度いいと言うべきか、その女性はダイアンだった。彼女もヘザーたちに気づき、緑の瞳をわずかに見開く。

「あら。クライヴさんと、ヘザーさん。調査ですか?」

「うっす、そんなトコ。ダイアンは?」


 実は彼女もオカルト好きなのだろうか、と思いきや。

 ダイアンは手にしていたカバンから、小さな茶色の紙袋を取り出した。手のひらに乗る大きさだが、まちもしっかり付いているため、内容量は案外ありそうだ。

 彼女がそれをかかげると、中からかさりと音がした。

「ケイティに、うちの料理人が作ったクッキーをおすそ分けに来たんです」


 二人の後で外に出たケイティが、ダイアンとクッキーに気づいて飛び跳ねる。

「わぁ! ありがとう、ダイアン! あなたの家のお菓子、ほんとに好き!」

「あら、私のことは好きじゃないの?」

 少し悪戯っぽく目を細め、ダイアンは首をかしげた。

「やだなぁ、好きに決まってるじゃない!」

「ふふ、ならよかった」

 手を合わせ、顔を見合わせ、二人は同時に軽やかに笑った。


 なんとも親しげだ。ただ、意外な組み合わせかと言われると、案外そうでもなかった。

 村の名家の優等生と、有能な資料館の館員。どちらも品行方正そうでもあるため、しっくり来るコンビだ。

 それに何より、女の子同士でキャッキャと楽しそうにしている姿は、滋養にいい気がした。同時に心も洗われていくな、とヘザーは豊かな胸に手を添えてしみじみと、はしゃぐ二人を眺める。


 ただ、いつまでも鑑賞しているわけにもいかないので。

「それじゃ、オレたちはこれで」

 たっぷり心身を浄化された後で、クライヴの腕を引きつつ辞去を告げる。ハッとなったケイティたちが、やや照れくさそうにはにかんで、二人を見送った。


 手を振る二人に手を振り返しつつ、魔女の墓へ向かって歩き出す。資料館のすぐ近くにある、とケイティから説明を受けていた。

「いやぁ、楽しそうでいいな」

 緩やかな吐息まじりで言うヘザーに、クライヴは暗い顔のままでうなずく。

「人口の少ない小村で、気心の知れた相手がいるのは幸いだな」

 着眼点は、かなり異なるけれど。

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