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61:聖か魔か

「村から距離を取られているあなたから見た、個人的な印象で構わない。ハーデンブルック氏にはどのような印象が?」

 しかしクライヴは引き下がらず、静かに問いを重ねる。

「そうですね……月並みな表現にはなりますが、村のために尽力してくださった功労者、でしょうか」

 ティモシーの視線が、自身の手元に落ちる。

「事件が起きた日の夜も、あいにく僕は村を離れていましたが。まさかそんな功労者が、窓から転落死されたなんて、にわかには信じられませんでした」


「館長サン、朝死んだんじゃないんだ?」

 意外な新情報に、ヘザーが少し裏返った声を上げる。クライヴも同様に、わずかに目を見開いていた。

 二人の反応を眺め、ティモシーは眉を下げる。

「ご存知ではなかったのですか?」

「村長サンとダイアンは、朝っぱらから肥溜めにダイブしたって聞いてたんだよ。だから、てっきり朝死んだのかなーって」

 ヘザーは腕を組み、ふっくらした唇をすぼめてうなる。


 ティモシーはゆっくり、首を二度振った。

「聞くところによると前夜に、窓から転落されたようですね。そして翌朝、通いの掃除婦の方が遺体を発見したようです」

 ヘザーの小さな顔が、盛大にしかめられる。

「うわー。掃除婦さん、とんだ貰い事故だな」

「ええ……やはりショックだったようで、今もお仕事を休まれています。仕方がないこととは言え、その余波で当館も人手が不足気味です」

 束の間経営者の顔になったティモシーが、悩ましげに息を吐いた。肩も丸まる。


「……ちなみにハーデンブルック氏との間で、トラブルを抱えていた人物に心当たりは?」

 少しためらいがちなクライヴの問いに、ティモシーは黙考の末に首を振った。

「いいえ、残念ながら。氏は広く浅く、誰とでも平等に付き合う方でしたから。それこそ頻繁に呑んでいたのも、ジョンぐらいではないかと」

 生活の拠点を村外に置いている彼にとっても、二人の友人関係は周知の事実であるらしい。


 ただ、とティモシーは更に言い添えた。

「ジョンは幼い頃から、いささか短気な部分がありますので。親友の間柄であったものの――いえ、そうであったからこそ、何度か衝突している場面も見かけていました」

「村の人気者と厄介者が、最も親密な関係性でありつつ、一番の火種も抱えた間柄であったと」

 クライヴの結論に、ティモシーが両手の指を落ち着きなく絡めながら苦笑した。

「ええ。前館長のような優等生に限って、ジョンのような問題児を放っておけないようでして。世話を焼いてしまう分、どうしても反発が起きてしまっていたようです」


「アンタも見た感じお利口サンだけど、アイツの面倒見ないの?」

 身を乗り出したヘザーの問いに、すぐさま否定が返された。

「残念ながら僕は、我が身で手一杯の秀才が関の山なもので。彼の面倒までは……申し訳ないけれど、手が回らないかな」

「おお、そっか。アイツ、バカな犬っぽいもんな」

「君、なかなか洞察力がありますね」

 軽やかに笑ったティモシーが、さて、と呟いた。


「あとは当資料館について伺いたい、でしたね」

「ええ。お時間があれば、是非」

「時間はあるのですが、生憎僕はしがない間に合わせの館長でして。そちらについては前館長の頃から勤めている、彼女の方が適任でしょう」

 どこまでも淡々としたクライヴへ静かに返し、ティモシーはテーブルに乗った銀製のベルを鳴らした。


 ややあって、小走りの足音が近付いて来る。次いでリズミカルなノックと共に薄く扉が開いた。

「お呼びですか、ティモシーさん?」

 金のおさげを揺らし、ケイティが顔だけひょっこりとのぞかせる。ティモシーは彼女へ手招きした。

「君。こちらの探偵さん方に、資料館をご紹介して差し上げて」

「はい、かしこまりましたー」

 笑顔で扉を全開にした彼女が、ヘザーたちを外へと誘導する。


 二人はティモシーへ軽く礼を述べ、ケイティの後に続いた。

 彼女の案内で、資料館の展示室や図書室を見学する。

 資料館の一階と二階に展示室があり、三階は図書室と休憩室になっていた。

「おおっ。マジでオカルトパラダイスだな」

 魔女イーディスの遺品――恋占いに使っていたというタロットに似たカードや、秘薬作りに使われていたすり鉢や瓶、ザ・魔女な木の杖など――の展示エリアを見渡して、ヘザーが口笛を吹いた。


「そんな悪趣味な楽園パラダイスがあってたまるか」

 相変わらずオカルト全般が苦手なクライヴは、しかめっ面を隠そうともしない。

 が、すぐにここで働くケイティがいることを思い出したのか、にわかに眉を寄せる。

「いや、申し訳ない……決して、君の職場自体を否定したわけでは」

 気まずそうに謝る彼へ、ケイティはクスクスと笑い返した。


「お気になさらないでください。苦手な方が多いことも承知していますから。クライヴさんも、魔女の類がお好きでないんですね」

「コイツは魔女ってか、オバケがとにかく怖いタチなんだよ。単なるビビりだな」

 人の悪い笑顔になったヘザーが、遠慮なしにクライヴの左わき腹を小突く。いや、えぐる。

 結構いい角度でめり込んだため「いたっ」と、思わず彼が小さな悲鳴を上げる。


 クライヴは左手でわき腹を守りつつ、右手でビシリとヘザーを指さした。

「いいか、ヘザー。そのすぐ手を出す癖は、即刻改めるべきだ」

 ヘザーはチェシャ猫のように目を細め、肩をすくめる。

「すぐじゃねぇぞ? 考えるより先に、手を出してるだけで」

「それを世間一般では『すぐ』と呼ぶんだ」


 世間一般では「馬鹿馬鹿しい」と呼ぶであろう、二人の益体やくたいもない会話にケイティが楽しそうに笑いつつ、

「さあ、お客様。こちらが魔女イーディスですよ」

右手を掲げ、展示室最奥の壁に飾られた肖像画を指し示す。

 その呼びかけにつられて、二人も知能レベルの低い会話を打ち切って絵を見上げた。


「残念ながら描かれたのはイーディスの死後ですが、彼女に瓜二つだった娘さんをモデルに描かれたそうです」

 ケイティがそう補足する。

 描かれているのは美しいが、異質な女性だった。

 真っ白な肌に髪、そして赤い瞳――魔女らしく黒いドレスをまとった、アルビノの女性だ。

「そっくりってことは、娘さんもこういう……真っ白な?」

「はい。そのように伝えられています」

「はー、苦労しただろうなぁ」


 魔女狩りなどという、現代人からすればとんだ蛮行がまかり通っていた時代だ。周囲と違う姿で生まれ、さぞや辛い目に遭ったことだろう。

 また早々に夫も亡くして娘との二人暮らしも余儀なくされ、最期は魔女として捕らえられた悲劇の女性。

 しかし

「なんか、優しそうだな」

慈愛に満ちた笑みを浮かべる、絵の中の女性を見つめ、ヘザーはぽつりとこぼした。


 彼女のつぶやきに、ケイティが胸を張る。

「ええ。イーディスは生前、村内に限らず近隣中の女性の味方だったそうです。もちろん、恋に悩む男性にも優しくて。だから魔女どころか、聖女と崇められていたという手記も残っています……ただそのせいで、時の権力者ににらまれてしまったのですが」

 どうやらかなりのイーディスオタクであるらしく、後半は随分としょげた声になった。


「聖女、か」

 腕を組み、ヘザーと並んで絵を見上げるクライヴの表情は、暗く固い。

「そのような慈悲深い人格者が何故、婚約を解消させるためだけに、人を殺めたんだ?」

 重い声音で紡がれた疑問への答えを持っている者は、この場にいなかった。

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