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60:最後の名家のお坊ちゃんと

 魔女イーディスを捕らえ、そしてえげつない呪いに見舞われた家は三つあった。

 村長・ジョン親子のタッセル家と、ダイアンのブライト家。

 残るアーチャー家の一人息子であるティモシー青年は今、資料館の臨時館長に就いているという。

 タッセル家もブライト家も精神的ゆとりゼロであったため、今回の騒動とは距離を置いているアーチャー家が成り行き上、半ば仕方なく館長職を請け負うことになったようだ。


 森の入り口にある魔女イーディスの資料館は、石造りの堅牢けんろうな三階建てだった。ちょっとした城のようである。

 外壁にツタも這う資料館は、武骨でありつつ随分と年季も入っているようにも見えた。おそらく、魔女の死後すぐに建てられたままの姿なのだろう、と想像できる。


 ヘザーとクライヴは資料館を見上げ、軽く吐息をこぼす。

「こんな立派なの建てるって、村長たちのご先祖サン、マジで魔女が怖かったんだな」

「それはそうだろう。社会的に死ぬかどうかの瀬戸際だからな」

「だな。オレもめっちゃ立派な家建てて、なんだったら毎日お供えするかも」

 腰に手を当てたヘザーが、つい遠い目になった。


「お供え?」

 墓参りの習慣自体になじみがない、ゴリゴリのキリスト教徒であろうクライヴがきょとん、と深い森色の目をまたたく。

「おう。クッキーとかチョコとか、家の前に毎日置いてさ。それで『もう化けて出てくんじゃねぇぞ』って、挨拶ついでに祈るワケ」

「なんだか……土産物のようだな」

「あー、そんな感じかも。死んだ人に渡す、おみや的な?」

 へへッと笑った彼女に、「妙な気遣いだな」と答えるクライヴも小さく笑い返して、資料館の両開きの扉を開いた。


 館内は少し薄暗いが、床に敷かれた青い絨毯じゅうたんには染み一つなく、窓ガラスもぴかぴかに磨かれている。静謐せいひつで清潔な空間だ。

「あら、いらっしゃいませー」

 ホールを見渡している二人に、朗らかな女性の声が投げかけられた。ほぼ同時に振り返ると、長い金髪をみつあみにまとめた、眼鏡姿の若い女性が立っている。


 女性はニコニコと、分厚い本を抱えたまま駆け寄って来る。

「資料館は初めてでいらっしゃいますか?」

「いや、オレたちは利用客っていうか」

「スタンリー医師からの依頼で、今回の落下事件を調べております」

 肩をすくめるヘザーに次いで、クライヴが淡々と自分たちが探偵である旨を告げる。


 館員らしきおさげの女性は、一度驚いたように目を大きくしたものの、すぐに神妙な顔となる。

「館長の事件も調べて下さってるんですね……ありがとうございます」

「お姉さんはココの人?」

「ええ。館員のケイティと申します。館長にも生前、とてもお世話になっておりました」

 そう言って笑う彼女の顔は、どこか寂しげであった。部下からも、館長は慕われていたらしい。


 ヘザーたちがつられてしんみり顔となったことで、ケイティは慌てたように本を抱きしめる。

「ああっ、すみません湿っぽくなっちゃって! こちらにも、調査に来られたんですよね? ただいま館長代理を呼んでまいりますね」

 それでもケイティは、そつなく二人を応接間へ誘導して、そして存外隙のない仕草で軽やかに廊下へ戻っていく。


 応接間は中央に丸テーブルが置かれ、その周りに革張りの椅子が四脚置かれていた。壁面は、いずれも背の高い本棚に囲まれている。

「ココの本も、魔女絡みばっかだなぁ」

 いかにも知性を必要としそうな背表紙の群れに、ヘザーの鼻についしわが寄る。

「魔女の資料館に、政治経済や科学の本ばかりあっても嫌だろう」

 クライヴも軽口を返しつつ、周囲を見渡した。

 だがその途上で、視線が一か所で止まる。

 彼の斜め前にそびえる本棚の、上から三段目に不似合いな本があったのだ。


 鮮やかな黄色の背表紙の本は、小説のようだった。周りの学術書と比べても薄く、小ぢんまりとしている。

 タイトルは『或る風来坊の日記』で、作者はダン・ブリーグハイト――と読めばいいのか。見慣れぬファミリーネームなので、他国の出身者かもしれない。

 風来坊という単語から彼はつい、パイレーツじみたあの医師を思い出していた。いや、むしろ彼は無頼漢ぶらいかんと呼ぶべきか。

 そんな彼の思考を打ち切るように、ノックの音がした。


「すみません、お待たせいたしました」

 軽やかな挨拶と共に、ジョンやダイアンとさして年齢の変わらなさそうな青年が、柔らかな笑顔を浮かべて入室してきた。明るい茶髪にたれ目の、なんとも温和そうな男性である。

 クライヴとヘザーが椅子から立ち上がり、彼を出迎える。

「突然の訪問で、こちらこそ申し訳ありません」

「いえ、こちらもちょうど来客数が落ち着いていましたので、お気遣いなく。それよりも事件の調査、ご苦労様です」


 この爽やか青年が、やはり館長代理のティモシー青年であった。

 軽い挨拶を交わした後、揃って椅子に座りなおす。

 そこへちょうど、ティーワゴンを押してケイティが姿を見せた。

「お茶をお持ちいたしましたー」

 朗らかな声と共に、慣れた手つきでお茶とカップケーキを丸テーブルに並べていく。

 ヘザーとクライヴが短く礼を伝えると、彼女はニコリと笑い返して、先ほどと同じく軽やかに応接間を出て行った。


 お茶が供される間は黙していたティモシーが、扉が閉じられると同時に少し身を乗り出す。

「それで探偵さんは、どんなことをお知りになりたいんです?」

 ニコリと笑った顔は、どこか楽しんでいるようにも見えた。探偵なぞ、日常ではなかなか出会わない職種だろうから、これも無理のない反応か。

「ティモシーさんから見た、こちらの資料館や被害者についての話を伺えればと」

 一方のクライヴは至って平常通りの、暗く静かな声だ。


 愛想ゼロの彼に若干困惑気味であったものの、ティモシーはすぐに笑顔に戻って

「そうですね……ただ、僕はあまり村にいないので、前館長についても詳しくは知らないのですよ」

少し申し訳なさそうに言った。


「どっか出稼ぎにでも行ってんすか?」

 ティーカップを持ったまま首を傾げ、ヘザーが問う。クライヴやシェリーにみっちり仕込まれたため、お茶をする仕草は案外上品だ。口調は不良少年のままだが。

「出稼ぎ――というほど大仰なものではありませんが。隣町の銀行で、普段は支店長をしております」

 ティモシーは柔和に笑んで答える。

「支店長サンが、魔女の資料館も運営してんの?」

「あくまで当座しのぎの一時的な館長、ですからね。その内、前館長のような有識者をお招きする予定です」


 当座しのぎとはいえ、村の観光名所を託された若き支店長。どうやらジョンとは真逆の優等生であるようだ。

 幼馴染二人が揃って、真面目で優秀――ジョンはさぞかし、村で肩身の狭い思いをしていたのだろう。同じ劣等生としてヘザーもとい高田も、なんとも切ない気持ちになった。

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