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59:村人がピュアすぎてつらい

 ヘザーとクライヴは、ホテル一階のレストランで食事を摂った。

 天井と壁面の、大きなガラス窓から朝日が降り注ぐ、明るく清潔なレストランだ。

 スタンリーから「ここのベーコンポテトパイが絶品でな」と聞いていたが、実際その通りであった。

 元日本人としてもったいない精神に満ちたヘザーも、ご機嫌なホクホク笑顔でペロリと完食する。


 とはいえすこぶる絶不調のクライヴは、サラダとミルクティーだけで精一杯のようだった。

 それすらも、かなり無理をして口内にねじ込んでいる有り様だ。

「明日は食えるといいな、パイ」

 食後のデザートであるクレープをつつきながら、ついヘザーが励ますと。

「……そうか。明日も俺は、ここにいるのか……」

 むしろテーブルにめりこまん勢いで、凹んだ。やぶ蛇であったらしい。


「いや、でもほら、これからいいコトあるかもだしっ」

 おたおた励ますヘザーを、平時の倍以上のくらさを伴った目が見据える。昨夜のうちに、詐欺・空き巣・傷害・痴漢被害にでも遭ったのだろうか。

「残念ながら今回の調査において、俺の最高潮は初日の車中だ」

「えーっ。序盤すぎねぇ?」

 しかも羊の群れとの遭遇程度しかなかった、道中がハイライトだなんて。

「そして今後は下降の一途だ。俺には分かる。なにせ探偵だからな」

 ついにはケッとやさぐれた。霊媒探偵の決め台詞を、こんなしょうもない言い訳に使うな。


 人間、強いストレス下にあったり極度の疲労状態だと、とんでもないネガティブ思考になるものだが。

 それにしても――昨日と打って変わって、意気消沈し過ぎである。魔女がそこまで怖いのだろうか、とヘザーは首をひねる。


 ヘザーはジョンを、ただのこじらせ思春期男子と認定している。

 そのため彼の存在が、クライヴの暗い性格を更に捻くれるさせる程のストレスを与えているなど、夢にも思わなかったのだ。

 なにせヘザーにとって、ジョンは「ない」一択の男である。


 彼女の困惑が伝わったのか、クライヴが首の後ろに手を当てて息を吐く。

「すまない、八つ当たりのようなことを言ってしまって」

「お、おお……?」

 八つ当たりだったのか――四角四面のコイツも八つ当たりするんだ、とわずかに目を丸くする。

「時間が惜しい。調査に取り掛かろう」

 半ば無理やり話を打ち切るようにして、彼は席を立った。ヘザーも慌ててそれに続く。


(なんかクライヴのヤツ、むちゃくちゃ機嫌悪い? あ、ひょっとして……頭なでたのがマズかったか?)

 さすがに三十手前の男にしかける励まし方ではなかったか、と彼の後ろでこっそり自省じせい

 しかし、見るからにくたびれている彼を、元気づけたかったのは事実であり。

 一方でキスなどの重めのスキンシップを取るほど、彼女の中で覚悟は固まっておらず。その結果、精一杯の愛情表現としての頭なでなでだったのだ。


 人付き合いって難しい、という共同社会における根本的な問題に立ち返りつつ、クライヴと共にホテルを出た。

 本日は第三の犠牲者が館長を務めていた資料館と、魔女の墓を調べに行くのだ。


 だが基本が牧歌的な農村において、小洒落たスーツを着こなす長身の根暗男前と、華やかなドレス姿の元ヤン美少女は思い切り浮いているし、それはもう目立っていた。

 自分たちを遠巻きに見る村人を訝しみながらも、クライヴが農夫らしき男性に声をかけた。

「失礼します。魔女イーディスの資料館への道は――」

 そう尋ねた途端、あっという間に村人に囲まれた。娯楽に飢えすぎではなかろうか。


「あんたら、観光客かい?」

「魔女が好きなの?」

「にしちゃあ、どっちもきれいな顔だねぇ」

「そうだそうだ。ここに来る旅行客なんて見るからに変わり者か、家族連ればっかなのに」

 などと、やいやい質問攻めにされたところで

「ひょっとしてあんたら、スタンリー先生が呼んだ探偵さんでないか?」

誰かがアッと目を見開いた。


「おお、そうだけど」

 ご婦人に両腕を掴まれて翻弄ほんろうされまくっているクライヴに代わって、ヘザーがうなずく。

「探偵はコイツで、オレは秘書な」

 そう言いつつクライヴを指さすと、彼は完全にマダム陣に囲まれていた。もはや頭しか見えない。昨日といい、熟女からモテすぎではなかろうか。


 ますます生気を吸われるのでは、と密かに彼を案じるヘザーを見つめ、村人はとぼけた感嘆をもらした。

「はぁー……主都にはこんな、お姫様みたいなべっぴんがいるんだなぁ……」

「探偵さんも、タッパがあって強そうだな。ちょっと暗いけども」

「いやいや、でもいい男だよう?」


 ワチャワチャ騒ぎ立てた末に、彼らは星のまたたく純朴そのものな瞳を、二人に向けた。

「魔女様のお怒り、鎮めてくださいね先生!」

「うっ」

 とうとう「先生」呼びまでされ始めたクライヴが、喉の奥をうならせてたじろぐ。

 なんだかこのまま、手を合わせて崇められそうな勢いだ。いや、キリスト教圏なので十字を切られるのかもしれない。


 どちらにしても、そこまで敬われる柄ではない。どうにか資料館への道を聞き出せた二人は、そそくさと足早に立ち去った。

「……純真無垢な、村民の期待が重い」

 ようやく距離を取れたところで、クライヴが酷く暗い声音でぽつり、ともらす。

「それはオレも同感」

 クライヴの陰気が移ったかのように、ヘザーも珍しくどんより顔でうなずいた。


 純朴であるが故、なのだろう。あらゆる出来事に対して額面通りに受け取ってしまうのかもしれない。

 その証左しょうさが先ほどの歓迎っぷりであり、そしてジョンへの疑心暗鬼であろう。

 やっぱり人付き合いって難しい――特に小さな集落ならなおさらだ、と閉鎖社会の抱える問題について思いを巡らせる、都会育ちの高田ことヘザーであった。

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