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57:館長とバカ息子

 肥溜めぶっ刺さり事件については、おおむねスタンリーから聞いていた概要の通りだった。

 新情報としては、ダイアンが第一被害者であったことと、翌日に村長がぶっ刺さった直後、教会の壁に魔女からのメッセージが浮かび上がったことも分かった。

 また二人とも、朝食中に突然姿を消していたことも明らかとなる。


 低くうなって、クライヴが腕を組む。

「まるでわざわざ、周囲に家族や使用人がいる時間帯を狙ったようだな」

「魔女、目立ちたがりなんだな」

「目立ちたがりか、あるいは被害者の自作自演であると反論させないためか――ところで皆さんは、もう一人の被害者である館長はご存知で?」


 途端、三人とスタンリーの表情に影が差す。中でも殊更ことさら、ジョンは意気消沈して見える。

「彼は……村の恩人なんです……」

 村長が泣き出す一歩手前の声で言った。いや、実際に涙ぐんでいる。

さびれかけていた資料館を、こんなにも、見事にっ……立て直して下さって……うぅっ……」

 顔を腕で隠して泣き出した彼に代わって、ダイアンが続けた。

「それなのに偉ぶったりしない、とても紳士的な方でした。きっと村中全員が、あの方のことを好きだったと思います」


 ハーデンブルック氏は芸術家であり、優れた経営者だった。

 十年近く前、旅行で偶然この村を立ち寄った氏は、魔女イーディスに興味を持った。

 そして彼女の遺品だけを惰性だせいで陳列する資料館を、「もったいない」と評した。


 村に移住した彼は、イーディスに限らず魔女や古い神話・民話にまつわる、非キリスト教的な歴史資料の収集を始めた。

 いつの間にか「なんとなく残っている」程度の価値に成り下がっていた資料館なので、強く反対する者もいなかった。

 なにせ収集品は、ハーデンブルック氏の私財で集められたのだから。


 するとこれが、好事家こうずかや観光客に大ウケしたのだ。

 彼は他にも、魔女やケルト文化に関するイベントも企画した。今度は村中を巻き込んで。

 この頃にはもう、ハーデンブルック氏の人柄も周知のこととなっていたため、誰も反対しなかった。


 こうしてド田舎であるのに、妙に立派なホテルも有する魔女の村が出来上がったのだった。


「隣国アイルランドでは十年ほど前に、W.B.イェイツの詩作によってケルト文化の復興運動が起こっていたと記憶している。おそらく彼は、その影響も見越していたのだろうな」

「すげ、めちゃくちゃ切れ者じゃん」

 クライヴの言葉に、ヘザーが目を丸くする。

 ネットもないこの時代に隣国での流行りまで押さえて、しかも「ウチにもワンチャンあるぞ!」と思い切れる胆力に脱帽だ。


「あいつだけは、俺とダイアンの婚約……賛成してたんだ」

 ぽつり、とジョンが呟いた。膝の上に置いた両手を固く握りしめ、顔は苦悶に歪んでいる。

「『きみたちなら、いい家庭を作れる』って喜んでて……俺のこと、色眼鏡で見なくて、一緒に呑んでくれて、ほんとにっ……いいヤツだったんだ」

 彼の青い瞳に、涙の膜が張った。


 ああ、そうかと、ヘザーは腑に落ちた。

 彼は自分の友人が殺され――それもひょっとすると、自分の婚約が原因かもしれないことに荒れていたのか、と。

 スタンリーが言っていた通り、根は悪い奴ではないのだろう。


 事実、先ほど誤って転倒させたメイドにも、へどもどと詫びていたぐらいだ。

 二十歳そこそこの年齢で、理解者をうしなってしょぼくれる若人わこうどに、高田の兄貴魂がついうずいた。実際には彼も、末っ子なのだが。

「泣くんじゃねぇ。魔女がどういうつもりなのか、オレたちで突き止めてやるからよ」

 だから思わず、優しい言葉をかけてしまう。鼻先を赤くした、ジョンの顔が持ち上がる。


「ヘザー。安請け合いはするべきではない」

 クライヴが眉をひそめてジト目でたしなめるが、彼の二の腕を肘で軽く突いてにっかり。

「アンタ頭いいし、オレも腕っぷしなら自信あるし、どうにかなるって」

「しかし」

「やる前から失敗考えてたら、できるコトもできなくなるだろ?」

 珍しくもド正論なヘザーの意見に、クライヴは押し黙る。


「どうせなら魔女の首根っこふん捕まえてボコボコにして、館長サンの墓の前で泣いて詫びさせる気マンマンでいようぜ。な?」

 無垢な笑みでの物騒極まりない誘いに、黙したままのクライヴが一度、足元へ視線を落とす。

「……霊とはいえ、女性を殴るのは気乗りしないな」

 なんとも紳士的な意見に、ヘザーも肩をすくめる。


「まあな。でもグッチョグチョの腐ったビジュアルなら、女の子感なくてイケるだろ?」

「それはそれで、俺個人としては別の問題があるが」

 主に膝から下の、震え問題であろう。

「いざとなりゃ、どうにかなるんじゃね?」

「君は本当に大雑把だな」

 呆れつつも、クライヴも年中無休で下がりがちな口角を持ち上げた。そしてジョンたちを見る。


「秘書も戦意十分のようですので。彼女と共に、解決に向けて全力で取り組みたいと思います」

「あっ……ありがとう、ございます!」

 ぱっと、村長の泣き顔が輝いた。ダイアンも感極まったように口元を押さえ、深々と頭を下げた。


 ただ一人、ジョンだけはヘザーに釘付けだ。その目は陶然とうぜんとしている。

「やっぱりお前、俺様に気が――」

「カケラもねぇよ」

 食い気味の否定に、ダイアンとスタンリーが吹き出した。村長は青ざめて

「ジョン! ヘザーさんになんてことを!」

と、身を乗り出してジョンの頭を叩く。

「いてっ」

「さっき思い切り叱られたお前に、望みがあるわけないだろう! 相手してもらいたければ、せめて顔を洗いなさい! 目やにもついてるぞ!」

「うっ、うるさいっ!」


 衆人環視の中で親からされるのって恥ずかしいよね、とスンとした顔のままのヘザーも、内心でちょっぴり同情した。

 自身も覚えがあったのだ。

 不良仲間とつるんでいる時に祖母が現れ、「明日のおやつはチョコパイとルマンド、どっちがいいんだ?」とグイグイ迫られたことが。

 その結果、しばらくあだ名がチョコパイになった。どうせならばルマンドと呼ばれたかったな、と今も時々思い出す。


 つい生暖かい視線を注いでしまう彼女の隣で、クライヴだけはムッツリと遠くをにらんでいた。

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