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53:ようこそ魔女の村へ

 主都から車で二時間ほどの場所に、アーヴィング村はあった。

 農業が主産業の、自然に囲まれた小さな田舎村である。


 途中、羊の群れの横断で通行止めに見舞われるという、田舎的ほのぼのハプニングによって予定より少し遅れたものの。

 昼過ぎには、二人ともスタンリーの別荘に到着した。


「なんかさ、山小屋っぽいよな」

 別荘を見上げて、腰に手を当てたヘザーがぽつりと言った。丸太を組んで作られた、無骨とも素朴とも評せる外観なのだ。

「山小屋っぽいけど、とりあえず普通の家、だよな」

 続けてそう、どことなく残念そうにこぼす。

「ああ、そうだな」

 車のトランクを開けるクライヴも、平素の暗い声で応じる。


 ヘザーは彼の方へ視線を移した。

「なあクライヴ。変なコト言ってもいいか?」

「君の妄言はいつもの事だろう。どうぞ」

「オレさ、スタンリーさんの別荘ってなんかこう……難破船なんぱせんっていうの? ああいう感じなのかなーって」


「フリーリング領に海はないだろう」

と、呆れた声が返ってくるかと思いきや。

「……奇遇だな」

 ぼそりとした返答は、まさかの同意であった。

 予想外過ぎる答えだったため、ヘザーはしばし目をまたたいた。

「初めてクライヴと気が合っちゃった。やだ、ちょっと嬉しいかも」

 わざとらしく、頬に手を添える。

「妙なところで感動するな」


 呆れるクライヴが二人分の荷物を持ちつつ、ティナが待ち構える出入り口に向かった。本日はサーベルも持参のため、大荷物である。

 彼に荷物持ちをさせるのは面映おもはゆいものがあるものの、涼しい顔で「君より力がある」と言われれば、それ以上強情を張ることも出来ない。よって、ヘザーも彼の好きにさせているのだ。

 男だった身としては、エエカッコしたい気持ちも、まあ分かるし。


 つい先日も会ったばかりだと言うのに、ティナは大歓声でヘザーを出迎えた。ぴょんっと飛び跳ね、駆け寄ってくる。

「お待ちしておりましたぁー! ヘザー様、今日のお召し物も素敵ですぅー! ビーズのステッチがお可愛らしくて、ヘザー様のお美しさにピッタリ!」

「お、おお、ありがと……」

 現代日本ならば、「こっち見て」「ヘザーLOVE」等が書かれたうちわを振り回しそうな勢いだ。ためにヘザーも、ちょっとたじろいだ。


 たじろぎつつ、傍らのクライヴをちらり。

「可愛いってよ、服。よかったな」

「あ、ああ」

 所在なさげにへどもどするクライヴに、ティナは心のうちわを収めて首をこてん。


「クライヴ様が、どうしてお照れに?」

「この服、コイツが見繕ってくれたんだよ」

 つん、とクライヴの脇腹をつつくと、彼の視線が遠くなった。

 一方のティナは手を打って感嘆。

「あらぁっ! クライヴ様ったら女性のお召し物の、ご趣味もよろしいんですのね。審美眼が見事でいらっしゃいますぅ」

 たしかに普段の彼の装いも、派手ではないが非常に似合っている。今日のネイビーを基調とした、チェックのジャケットも颯爽と着こなしていた。手足が長いので、一層映えるのだろう。


 思いがけぬ絶賛にたじたじのクライヴだったが、いたたまれなくなったのか、荷物を抱えなおして歩き出す。

「……スタンリー氏が待っているだろう、案内してくれ」

「はぁい、かしこまりましたぁ」

 クスクス笑うティナが、小走りで二人を先導した。ヘザーも耳まで赤くなっているクライヴを楽し気に眺めつつ、最後尾を歩く。


 室内も外観と同じく、シンプルで温かみのある内装だった。いかにも金のかかっていそうな、壺や絵といった芸術品の類もない。

 代わりに廊下には、野草と思しき楚々そそとした花が飾られていた。やはりあの、パイレーツ野郎が家主とは思えぬ愛らしさだ。


 スタンリーはこじんまりとした応接間で待っており、先日と同じくガハハ大笑いで二人を出迎えた。

 ちょうどアフタヌーンティーの頃合いであったため、軽食を楽しみつつ再度の顔合わせを行う。


 スコーンにベリーのジャムをこんもり乗せたヘザーが、小さなサンドイッチを口に放り込むスタンリー――彼が持つと、コイン大に見える――を見た。

「ってかアンタ、殺人事件も起きた場所でよく泊まれるよなぁ」

「医者をやっていれば、これより危険な事件に遭遇することもあるからな」

 きちんとサンドイッチを飲み込んでから、大口を開けて笑った。つまりは荒事に慣れているらしい。

 そして意外に行儀もいい。

「それに小生は、村の穏やかさも好きだが、魔女伝説にも惹かれて別荘を買ったんだ。元々、幽霊や魔術の類が好きでな。だからこそ、小生も真相を知りたいわけよ」


 そういえば、彼はオカルト通であったか。

 『霊媒探偵ライダー』ファンだったヘザーは承知の事実だが、初耳であるクライヴは異常者でも見るような眼を向けている。

 こめかみに指を添えつつ、彼はためらいがちに言った。

「医師にこのようなことを言うべきではないだろうし、失礼なのも重々承知だが――一度、病院で診てもらった方がいいのでは?」

「お前さん、本当に失礼だな!」

 そうたしなめつつも、愉快そうに笑っているため、さほど気にしていないようだ。


「まあ、良識ある大人は皆、そういう態度を取るもんだ。ただ代々医師をやっていると、幽霊の存在を信じるしかないような、奇妙な出来事にも案外遭遇するんでな。自然と小生も、親父も伯父貴も、この手の話が好きになったというワケよ」

「へぇ、面白そうだな」

 生前ホラー映画好きだったヘザーは、目を輝かせて身を乗り出した。今は余裕で幽霊や悪魔の類を目視出来るが、それと他人の恐怖体験はまた別腹だ。


 なお怪奇話を既に聞かされた後なのか、大食漢の主のためにサンドイッチのお代わりを持って来たティナは、やれやれと肩をすくめている。


 彼女に軽く礼を言って、スタンリーもヘザーへと前のめりに。

「お、ヘザー嬢はイケるクチだな! それなら小生が出くわした、一番おっかない――」

「スタンリーさん。肥溜め事件の被害者と、本日の面談は可能で?」

 思い切り横道にそれるどころか、獣道に突っ込み始めたスタンリーを、クライヴが渋い声で軌道修正。スタンリーとヘザーの距離感故に、表情もムッスリしている。

 しかしタマゴサラダの挟まれたサンドイッチを持つ手はかすかに震えているので、怪談にビクついているのも明らかである。


 ぺしり、とスタンリーが己の額を一つ打つ。

「おっと失敬。ちゃんと村長のお宅に、くだん放蕩ほうとう息子も一緒に集まってもらうよう手配済みだ」

「了解した。ご助力感謝する」

「いやいや、小生が持ち込んだ依頼だからな」

 ニッと笑ったスタンリーが、自身の屈強な太ももを一つ叩いた。

「となれば、先にお前さんたちの宿泊先に向かおうか。お勧めのホテルで、ちゃんと部屋も手配済みだ」

「あれ、ココにお泊りじゃないんだ?」

 てっきり滞在中は別荘で共同生活だと思っていたヘザーたちは、目を丸くする。わざわざ車から、荷物を運んで損をした。


 スタンリーは腕を組み、胸も張ってにんまり。

「せっかく遠路はるばる、アーヴィング村までお越しいただいたんだ。折角なら観光気分も味わって欲しくてね。小生お勧めのホテルで部屋を取ってある」

「マジで? あざっす!」

 元より観光も楽しむ気満々だったヘザーは、諸手もろてを上げて喜んだ。

 クライヴは「そんな楽しむ余裕なんて」と言いかけ、しかしはしゃぐ彼女の横顔を眺め、結局は意義を飲み込んだ。

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