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50:元ヤン秘書は、割と配慮が足りない

 不機嫌丸出しの面構え通り、実際クライヴは不機嫌だった。

 なにせ海賊風の大男が、あっという間にヘザーと打ち解けたのだから。嫉妬心を抱いても致し方なしだ。

 無論、得体の知れない依頼への恐怖や警戒心も、多分にある。


 そんな嫉妬の炎で火傷寸前の彼へ、残念ながらヘザーの気遣いはややズレていた。

「どうした? なんかスネてる?」

ねてなどいない」

「えー、マジで? でもめっちゃ眉間にシワ、できてんじゃん。ひょっとして眠いのか?」

 おまけに眉間を、細い指でグリグリと揉まれた。


 二人きりなら嬉しい触れ合いだが、他人がいる場でのこれは、恥ずかしすぎる。ちょっとした刑罰だ。ティナたちの視線も痛い。


「ねっ……眠くないし、眠かろうとも不機嫌になる訳がない。俺は子供じゃないんだっ」

「いやいや、眠かったらガキでもジジイでも機嫌悪くなるから。ってか、いい大人は腐ったソーセージ食って腹壊さねぇし――あ、ひょっとしてまた食ったの?」

 ジト目で指から逃げようとするも、可憐な心配顔で、つい二週間前の失態まで蒸し返されてしまった。ここが地獄か。


「いっ、今はソーセージは食べてない!」

 羞恥で赤くなり、目の泳ぐクライヴへさらなる追撃が迫る。

「じゃあ、腐った芋でも食っただろ。ん?」

「そもそも腐った物など食っていない!」

「でもアンタ、飯関係はむちゃくちゃ雑じゃん? ちょっと変な臭いしても、気にしねぇっていうかさ」

「あれ以来気を付けているし、腹も痛くない!」

 やけっぱち気味に反論すると、閃いたとばかりにヘザーが手を打つ。


「あっ、分かった! シンプルにウンコに行きたいんだろ」

「ウンコは無関係だ!」


 伯爵の弟君から繰り出される渾身の「ウンコ」に、スタンリーとティナが思い切り吹き出して、腹を抱えて笑った。

 愛する人からの、全く嬉しくない言葉責めでぐったりうなだれるクライヴへ、目尻の涙を拭ったスタンリーが声をかける。

「腹下しなら、いい薬があるぞ?」

「もう排泄はいせつ器官から離れていただけませんか」

 じろりと見ると、おどけたように肩をすくめられた。


 内心では「あなたがヘザーに、馴れ馴れし過ぎるのが悪いのだが」と八つ当たりしつつ、クライヴは息を整える。

「まずは、依頼の詳細を教えていただけませんか。詳細が不明では、こちらもけるべきか判断出来かねる」

「ああ、そうだった。失礼した」

 自身の狭い額を一つ叩いたスタンリーが、詳細を語り始める。


 現在はフリーリング領のここ主都で開業医を営んでいるスタンリーの一族だが、先祖は領内の小村アーヴィング村の出身だった。

 アーヴィング村は魔女伝説の残る、牧歌的な村だという。

 そんな先祖の故郷を訪れ、穏やかな気風を気に入ったスタンリーは別荘を購入。休暇の折には、よく滞在しているという。


「だが最近、そこで奇妙な事件が起こっていてな」

 膝の上で組んだ指に力を込め、スタンリーの表情に影が差す。

「……先ほど仰っていた魔女の霊が、それに関わっていると?」

「たぶんな。ただの人間に、あんな真似は出来んだろうさ」

 声音も深刻さを帯び、自然とクライヴとヘザーの背筋も伸びた。


「村の名家の人間が二人、肥溜めにぶっ刺さる事件が起きたんだ」

「思っていた以上に、奇妙ですね」

「オレはなんか、思ってた奇妙と違った……」

 ヘザーが露骨に落胆した声で呟いた。背中も丸まっている。


 もちろんただ肥溜めにダイブしただけならば、自作自演あるいはただのイタズラと判断されるだろう。

 だが肥溜めにぶっ刺さった被害者はいずれも、刺さる前に忽然こつぜんと姿を消し、その数分後に突如肥溜めの真上に現れていたのだ。

 しかも彼らが姿を消していた間の記憶は、綺麗さっぱり消えているという。


 なるほど、とクライヴがうなずく。

「人体を消失させ空中に再び出現させるなど、普通の人間には出来ませんね」

「だろう? ちなみに、村長が被害に遭った時の写真ならあるぜ」

 スタンリーがニヤリと口角を持ち上げた。


「そんなものが、何故あるんですか」

 露骨な侮蔑の眼差しを向けられ、スタンリーは照れるようにもじもじ。

「それが思わず撮りたくなる、見事なぶっ刺さり具合でなぁ」

「村長サン、マジかわいそ……」

 ややのけぞり、スタンリーの良心に疑念を抱く二人を気にした様子もなく。

 彼はボタンも留めずに羽織っただけのジャケットから、渦中の写真を引っ張り出した。


 畑の一角に設けられた肥溜めに両足を屹立きつりつさせ、頭からまっすぐに突き刺さってる男性――らしき人物が写っていた。なにせ足しか判断材料がないのだ、性別の判断すら困難と言えよう。

 決定的瞬間を撮られただけでも屈辱的だろうが、更に不憫なことに、彼の周囲には野次馬も群がっている。

「あのさ。誰か一人ぐらい、助けてやれよ」

 笑いよりも同情が勝ったのか、ヘザーは哀れっぽく口をすぼめている。

 スタンリーはあごひげを撫でつつ、再びのガハハ笑いで弁解。


「娯楽の少ない村だからな。物珍しさが、勝ってしまったというわけよ」

「ひょっとしてこちらの村長は、村の鼻摘まみ者か何かでいらっしゃると?」

 普段から嫌われ者であれば、この晒し者状態もまあ、気持ちは分かる。


 首を傾げるクライヴに、ティナが代わって答えた。

「いえいえ。穏やかなお人柄の、皆さまに愛されるご立派な村長様ですぅ」

「そんな人格者を娯楽にしてやるな」

 クライヴの陰気顔が、ますます曇る。

 写真に写る野次馬の中には、よく見るとティナの姿もあった。主人とメイド、気風は近いようで何よりだ。

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