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49:丘パイレーツ襲来

 お互いに噛み合いそうで噛み合わない、かえって奇跡的なバランスを維持する二人のもとに、ある日ティナがやって来た。


 しかも、男連れで。

 長身のクライヴよりも更に背が高く筋骨隆々で、ボサボサの黒髪を無造作に束ねた男性だ。

 おまけにあごひげも腕毛も濃く、右目には黒革の眼帯を装着している。はだけた白いシャツの胸元にも、見事な胸毛がこんもりあった。

 どこに出しても危険人物な、「賊」感のある男性だ。どちらかというと、海の賊感が強めではあるが。


 来客時にはビルの宿った絵を隠すのが暗黙の了解であるため、渋々彼をキッチンに移動させたヘザーは、ついでに首を傾げつつお茶を用意する。

「どうしたの、ヘザー嬢?」

 外を眺めやすいよう、窓に近い壁へかけられたビルが、ヘザーの背中に声をかけた。


「ん? おお、なんか今来てる客がさ、気になって」

「たしかヘザー嬢のお友達だっけ?」

「いや、ティナじゃなくて、その子の連れの男がなーんか、見たことあるような……すっげぇ怪しいビジュアルなんだけど」

 ティーポットで茶葉を蒸らしつつ、遠くをにらむ。


 そう。賊じみた筋骨隆々男に、どうにも既視感があったのだ。

 ふうむ、と絵の中のビルが腕を組む。

「ひょっとして賞金首、だったり?」

「だったらオレとクライヴで、生け捕りにしよっかなぁ」


 ただ、さすがにティナが賞金首と知り合いとは思えないので。

 四人分のお茶をテーブルに並べたヘザーは

「で、その人は、ティナの彼氏か?」

と、単刀直入に訊いた。まどろっこしいのは嫌なのだ。

「ヘザー。君はもう少し、配慮を学ぶべきだ」

 隣のクライヴが小声でたしなめつつ、呆れたジト目を向ける。


 しかし幸いにして、彼女の疑問をティナは朗らかに笑い飛ばした。素朴で愛らしい笑顔だ。

「ヤですよぅ、ヘザー様ったら! わたしだって、もっとお若い方がいいですぅ」

 発言には毒っ気があるけれど。

「お前さん、雇い主相手にも容赦ないな!」

 ざっくばらん過ぎるティナの回答に、何故か賊もどきもガハハと大笑いした。


 彼がティナの恋人でないのはよかった、のだが。

 今の答えでは、かえって疑問が増えてしまった。

「ティナ。フリーリング家を辞めたのか?」

 平素よりも陰鬱いんうつな顔で、今度はクライヴが尋ねる。

 しかし気遣われている方のティナは、なおもあっけらかんとしていた。


「はい、少し前に。あ、でも、ご安心くださいね。伯爵様のご紹介で、こちらのスタンリー様のお宅に移った円満移籍ですぅ」

「兄上の? その、スタンリー殿は兄のお知り合いで?」

 クライヴのどんより目が、わずかに見開かれる。

 昨年の冬まで、クライヴと兄ダニエルの関係は最悪だった。そのため兄の交友関係も把握していないのだろう。


 スタンリーと呼ばれた賊風が、鷹揚おうようにうなずく。

「一応な。小生が新しいメイドを探している、とダニエル殿にご相談したところ、『ウチに活きのいいのがいるよ』と紹介を受けたのさ」

「ティナは魚じゃねぇんだけど」

 もうちょっと言い方はなかったのか、とヘザーが鼻白む。


 スタンリーの説明によれば、彼はダニエルの主治医の甥であり、自身もダニエルと旧知の仲の医師なのだという。どう見ても賊あるいは野盗なのに、意外なインテリ職だ。

 恩人の甥っ子からの頼みであったため、ダニエルも一番活きのいいお勧めメイド――つまりティナを紹介したのだという。


 またティナ自身も、ヘザーと会うのが休日の楽しみおよび生き甲斐となっており。

「スタンリー様は市街地にお屋敷がありますから、ヘザー様にもお会いしやすくなるかもしれませんよ」

 ダニエルの新妻であるシェリーにもそう背中を押され、転職を決めたのだそうだ。なんともいじらしい理由である。


「えっ、オレに会いたくて転職してくれたの?」

 自身を指差して、ヘザーが目と口を丸くする。しかし嬉しくもあるので、頬はほんのり色付いていた。

 一方のティナは得意げに、軽く胸を張る。

「はいっ。スタンリー様も御しやすい旦那様なので、もちろん転職先でも楽しくお仕事してますぅ」

「お、おお……」

 この感想は、本人の前で言っても問題ないのだろうか。


 ブチ切れていたらどうしよう、とスタンリーをちらりと伺えば、またガハハと哄笑こうしょうした。

「こんなナリだが、お人好しの町医者で通っているからな!」

「医者っぽいナリじゃねぇって、分かっててやってたんすね」

「ああ、覚悟の上だ! 何分小生は、堅苦しい装いが苦手でな!」

「あー、なるほど。それはオレも、気持ち分かる」

 ヘザーもつられるように、にっかり笑う。


 見た目は賊で口調は野武士だが、至って好人物のようだ。

 それにヘザーは、彼の職業と「お人好しの町医者」という評判で、既視感の正体に気付いていた。


 オカルト通の医師・スタンリー。『霊媒探偵ライダー』シリーズに登場する、ライダーの友人兼情報屋なのだ。

 残念ながら現在の若かりしライダーからは、露骨に疑いの目を向けられているものの。

 それでもあと十ウン年経てば、マブダチになるはず……なのだろう、きっと。


 つまりは賞金首でないはず、と判断したヘザーが身を乗り出しつつ、お茶と手製の焼き菓子を勧める。

「で、わざわざ自分トコのメイドの休日に、同伴するのが趣味ってワケでもないっすよね? なんか、ウチに依頼でも?」

 彼女に水を向けられたスタンリーが、ガハハ笑いを止めて一つ首肯。


「ああ、もちろん。伯爵ご夫妻とティナから、お前さんたちの話を聞いてな。是非頼みたいことがある」

「それってやっぱ、オバケ絡みっすか」

「ああ、幽霊絡みだ。それも、魔女の幽霊でな。話を聞いてもらえるだろうか?」

 先ほどまでとは打って変わって、静かな低音で告げられた依頼に、ヘザーは高揚した。


 ただの幽霊騒動でもワクワクするのに、生前は魔女と来た。

 しかもわざわざ魔女の霊と告げるということは、とんでもないことが起きている可能性も高く。

 血の気の多いヘザーに、興奮を自粛できるわけなかった。


 瞳をきらめかせ、彼女は隣のクライヴを見上げた。

「なぁ、クライヴ。詳しく聞いて――どうしたんだ?」

 怯えているかも、と思っていたら、思い切りの仏頂面があったのだ。予想外の顔に、しばしヘザーはキョトンとする。

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