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おまけ4:マインド的には完全に弟扱い

「アニキ強すぎだろ! また一抜けじゃん!」

 談話室の天井を仰いで、ヘザーは叫んだ。手には年代物のトランプが四枚ほどあった。

 彼女の左右にはクライヴとロイドが、それぞれ一人掛けソファに座っている。ロイドの手札は三枚、クライヴは六枚。

 そして彼女の正面にいるのは、両手を空っぽにしてニコニコ笑うダニエル。

「ごめんよ。体力はないけれど、運はいい方でね」


 彼らの中央には小さな円卓が置かれ、そこにトランプの小山が出来ていた。

 パチパチと暖炉の火が爆ぜる夜更けに、四人が遊んでいるのはOld Maid――日本で言うところのババ抜きであった。


 しかしヘザーの言葉通り、ダニエルは全てのカードゲームにおいて圧倒的強者なのだ。

 ポーカーを行えば穏やかな笑みのまま、えげつないブラフをかまし。

 かと思えば「ぜってぇイカサマじゃん!」と叫びたくなるような、恐ろしい手役を揃えて来るのだ。


 本人の言う通り、たしかに体力や運動能力は人並み以下なのだろうが。

 それを補って余りある、知力・胆力そして運の持ち主であるらしい。さすがは生まれついての特権階級、である。


「ヘザーはそうだね……思い切りがいいけれど、ここぞという時に手心を加えがちだね」

「ぐぬっ」

 人差し指を立てたダニエルに、にこにこと弱点を的確に指摘され、ヘザーがわずかにのけぞる。


 彼女と熾烈しれつな二位争いを繰り広げているロイドも、つい笑みをこぼした。

「たしかに。ヘザーさんはなんと申しますか、追い込みが甘くていらっしゃる」

 ダニエル先生は、そう言ってコロコロ笑うロイドにもピッと指を立てた。

「ロイドの改善点は、焦るとミスをしがちなところだね。もっと泰然自若たいぜんじじゃくとしていなさい」

「はぁー……さすがは伯爵様。よく見ていらっしゃる……」

 自身の弱点もきちんと把握されている事実に、ロイドも苦笑いに変わった。


 そして連敗記録を地道に重ねて、普段の八割増しで陰気面になっているクライヴにも、ダニエル兄上はやんわりアドバイス。

「クライヴは――なんでもすぐ顔に出るのも問題だけれど、それ以上に……カード運が酷いね。ひょっとして、呪われているのかい?」

「呪われておりません」

 むっつり返したクライヴだったが、不満げな視線はヘザーにも注がれた。


「ん? なんだ?」

「前々から気になっていたのだが、何故君が兄上をアニキと呼ぶんだ?」

「だって、アニキからそう呼べって言われたし」

 肩をすくめたヘザーが、「なぁ」とダニエルに水を向けると彼も首肯しゅこう


「うん。養子縁組は解消したけれど、ヘザーは大事な命の恩人だから、家族同然と思っているんだ。だったらお兄ちゃんと呼んで、気安く接して欲しいなと思ってね」

「でもお兄ちゃんってガラでもねぇし、だったら『アニキでもいいよ』って」

 ねー、と声を揃えた二人は、ほぼ同時に小首もかしげた。息ピッタリの行動が、たしかに兄妹感を漂わせている。


 なんとも微笑ましい光景に、

「仲良しでいらっしゃいますね」

ロイドはそう言って朗らかに笑うものの、クライヴは変わらず仏頂面だ。

「アニキになった経緯は分かった……では、引き続き名前で呼ばれている俺は、君の弟になるのか?」

 眉をぐっと寄せる彼の表情と声に、ロイドが閃いたと手を叩く。

「あ、なるほど。引っ掛かっていらっしゃったのは、絶対そちらの点ですね」

「ぐっ」

 思わず漏れ出たうめき声が、肯定を伝えていた。


 ヘザーはつい、無表情とも違う生ぬるい中途半端な顔になる。

 日数としては短いものの、色々と濃い時間を彼女と共有しているクライヴは、その曖昧模糊あいまいもことした表情を瞬時に読み取った。


「『小さいなコイツ』と、思っただろう」

「ちげぇよ。『マジちっせぇなコイツ』だよ」

「ほぼ正解だろ!」

 怒れるクライヴをヘッと鼻で笑いつつ、ヘザーは考えた。


 クライヴを弟ポジションで見ていたのは――正直言って大正解である。

 なにせ高田時代は、彼より年上だったのだ。そして色々と頼りない彼を、下に見ても致し方ないだろう。


 とはいえ現在の年齢では、自分が一番下っ端であることもまた事実だ。

 なんだかんだと上下関係には厳しい世界で育って来たので、彼への態度を改めようかと考える。


 カードを膝に乗せ、腕を組んでうなったヘザー。

 ややあって不満顔のクライヴへと、向き直る。

「じゃあ、叔父貴で」

「どうしてそうなるんだ?」

「ダメ? それじゃあ、小せぇ方のアニキ――略してチーアニ」

「馬鹿にしてるだろう、君」

「してねぇよ。見たまんま、あだ名にしただけじゃん。実際アンタ、器が小せぇじゃん」

 そう言い切ったヘザーは無邪気な笑顔を浮かべており、見た目だけなら可憐そのものであった。


 麗しい笑みと発言内容の落差に、クライヴの背中が力なく丸まる。

「……分かった。クライヴのままで、いい」

「んだよ。なに落ち込んでんだよ、チーアニ」

「その呼び方だけは、金輪際こんりんざい止めてくれ」

 露骨にがっかりした彼に、ダニエルとロイドがたまらず肩を震わせて笑いをかみ殺すのであった。

 大笑いしたいところではあるものの、クライヴへの同情心も一応はあるのだ。


(本当は兄でも弟でもなく、もっと違う形で特別扱いされたいんだろうな。我が弟ながら、アプローチがあまりにも下手過ぎる)


 肩と言わず背中全体を震わせながら、その仮説に行き着いた聡明なダニエルだったが、ここはアドバイスをせずに留める。

 たぶん彼らの場合、そういった事象も込みで色々と迷走した方が上手く行きそうだ、と直感したのだ。

 勝負運がべらぼうに強い伯爵の直感だ。きっと当たっているだろう。

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