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おまけ3:名づけの流儀

 悪魔の脅威から皆を救った埃だらけのサーベルを、クライヴはちゃっかり我が物としていた。

 もとより温室で放置されていたものなので、借りパク上等である。


 ロイドに取り憑いていた悪魔の残滓ざんしも無事消滅させた後、クライヴは談話室のソファでサーベルを磨いている。

 さすがはお貴族様のお屋敷というべきか、武具の手入れ道具ですら一通りあるらしい。


 なんとなく、ヘザーも隣の一人掛けソファに膝を抱えて座り、それをぼんやり眺める。昨日から続いた大立ち回りの反動で、なかなか疲れていた。

 しかし一方で精神は高ぶっているため、自室に戻ってのんびりする気にもなれないのだ。


 そんな事情を抱えたとぼけ顔の彼女を、クライヴは少し不安そうにちらちらと伺う。

「なあ、ヘザー……部屋で休んでいた方がいいんじゃないか?」

「んあ? なんで?」

「いや、悪魔にその、一瞬とはいえ、取り憑かれていたのだから……」

 自分が憑かれたわけでもないのに言い淀む辺り、なんともクライヴらしい。つい、ヘザーも笑みを浮かべる。


「心配すんなよ。中に入って来やがった途端、ふん捕まえてフルボッコにしてやったから、平気だって」

「……君の精神世界はどうなってるんだ? 武装集団でもいるのか?」

「やだなぁ。善良でクソ可愛い、一般人のオレしかいねぇよ?」

「善良な一般人の解決手段は暴力なのか? 初耳だ」

「あー。オレがいたトコは、割とそうだったかも」

「そんな修道院があってたまるか!」

 ギョッと目をむいたクライヴの驚き具合が面白く、訂正するでもなくヘザーもニヤリと返した。


 しかしその悪い笑顔で、おちょくられたと感じたらしい。

 ムッとした後に陰気顔へと戻った彼はまた、黙々とサーベルの手入れを再開した。


 クライヴの骨ばった大きな手は、存外器用に動いていた。シャツをまくってあらわになったたくましい腕に、不覚にもどぎまぎしてしまった事実は、ヘザーにとって生涯の秘密である。

(薪割りん時は全然平気なのに……)

 完全にクライヴ沼にはまっているな、と思い知って余計に気恥ずかしくなった。


 そこで照れ隠しのため、つい彼を茶化す。

「わざわざ自分でやって、アンタもマメだなぁ」

「今後もこれを使う機会はあるかもしれない。自身で手入れをしておいて、損はないだろう」

「ふぅん」


 埃だらけの鞘や、何由来か分からない油汚れで曇った刃をせっせと拭きつつ、そうだとクライヴがつぶやいた。

「せっかくだから、名前も付けるべきか」

「なんでだよ」

 ぬいぐるみや人形じゃないんだから、とヘザーがつい一笑に付すも、クライヴは生真面目顔で一つうなずく。


「物には愛着を持って大事に扱え、と母上も言っていた。愛着を持つならば、名前を付けて差別化を図るのが良いだろう」

「その母上って、生んでくれた方? 引き取ってくれた方?」

「両方だ」

「おぉ、そっか。じゃあ付けた方がいいな」


 ヘザーもとい高田は実母ともギクシャクした関係だったが、父や兄と比べればまだマシな間柄だった。また育ての親でもある、母方の祖母は大好きだった。

 なのでなんとなくではあるが、母を想う気持ちなら分かる。


 無邪気に大賛成のヘザーに、クライヴもどこか安堵したように小さく笑った。

「君のことだから、親離れが出来ていないと笑うかと思った」

「しねぇって。ほら、家族と仲がいいに、越したことはねぇからさ。で、なににすんだ?」

「そうだな……思いついたのは、ジョージかポールか、もしくはジョンか……」


(コイツ……ワザとなのか?)


 あいまいな半笑いの顔で、ヘザーは自身のこめかみをかいた。

 何故かビートルズのメンバーの名前ばかり列挙しているが、彼らが登場するにはおそらく五・六十年ほど早い。今はまだ、生まれてすらいないだろう。


 これはただの偶然なのか、なにか運命的な未知なる力が働いているのか。

 はたまたメタ的なサムシングなのか。


 どうしても気になり、ソファから身を乗り出してヘザーも口をはさむ。

「なぁクライヴ。リンゴはどうだ?」

 少し視線を持ち上げて思案したのち、クライヴはゆっくり首を振った。

「リンゴは……少し違うかな。なにかしっくり来ない」

「んだよ。リンゴ全否定かよ」


 おそらく日本人にとっては「覚えやすさNo.1」であろう外国人名だが、クライヴ的には違ったようだ。

 お坊ちゃんのこだわりは理解しがたい。


 ややあって、クライヴがなにかをひらめいたらしい。

 わずかに目を輝かせて、汚れを丁寧に拭い取ったサーベルを掲げる。

「よし。こいつの名前はリチャードにしよう」

「あー……そっか。まあ、いいんじゃない?」

 抱えた膝にあごを乗せたまま、どこか気だるげな声で、ヘザーもそう賛同した。


 ちなみにリンゴ・スターの本名は、リチャード・スターキーである。

 やはりワザとなのだろうか。


(オレ的には、フレディとかブライアンの方がよかったけどなぁ)

 そんなことを考えつつ、天井のシャンデリアへぼけーっと視線を注ぐ、QUEENファンのヘザーであった。

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