亡者たちが口を開き、クライヴを貪り食わんと飛びかかり。
ヘザーが涙目で絶叫し。
ダニエルがのけぞって
シェリーがなすすべもなく、両手で顔を覆った時だった。
クライヴが亡者に群がられながらも、サーベルを抜き放ったのは。
瞬間、彼を覆いつくす死霊たちの体に、光る線が無数に走った。
思わず真顔になったヘザーとダニエルが、線の正体に内心小首をかしげている内に、死霊たちがこぞってサイコロステーキ状に切り刻まれた。
ボトボトと、世にも汚いサイコロステーキが地面を転がる音に、シェリーも顔を上げてギョッとのけぞる。
「ひぇっ……こ、これは何ですか……?」
その答えを、ヘザーは無論ダニエルも教えて欲しいぐらいであった。
死霊を切り刻んだのはもちろんクライヴであり、
本来は古びてボロボロであろう、反りの入った刀身が、淡い金色の光を帯びていた。それを振るったクライヴも、予想外の出来事に目を丸くして、サーベルをしげしげと眺めている。
「切れ味がよすぎる……」
切れ味以前の問題があるだろう、と即座に返せる余裕を持つ者は、この場にいなかった。
ややあって、サイコロステーキ・ショックから最初に立ち直ったのは、ダニエルだった。
豪奢な杖に両手でしがみつきながら、憎々しげに歯をむき出しにして唸る。
「貴様ぁ……まさか視えるだけでなく、破邪の力をも隠し持っていたというのか!」
愚弟と侮っていた者に欺かれたという事実に、彼のやせ細った体はぶるぶると震えていた。
怒り混じりのダニエルの指摘に、ヘザーもあんぐり口を開けながら気付いた。
(……そっかアイツ、たしか戦争で死にかけたって)
ヘザーのガワ・中身が一度死んだため、悪霊や化け物に攻撃を加えられるようになったという、彼女の仮説が正しいのであれば。
戦場という、死が付きまとう場所に身を置いていた彼もまた、同様の力を得ていて当然であろう。実際、彼は死に瀕したこともあった、と述べていたぐらいだ。
ただクライヴの中に刷り込まれていた、「オバケは怖いし、俺は無力」という恐怖心や固定観念のため、今までその力が振るわれることはなかったようだ。
だから自分で悪霊をダイス状にしておきながら、「俺、何かやっちゃいました?」と言わんばかりの、若干
そんな顔も、それはそれで可愛いのだが――と考えが乙女ロードへ脱線しかけたところで、ヘザーは慌てて首を振る。
代わりに、クライヴへ叫んだ。
先ほどのような嘆願ではなく、彼に発破をかけるために。
「やっちまえ、クライヴ!」
「い、いや、しかし俺にも何が何だか……」
「そんなもんオレも知るか! でもいいから行け! オレが許す!」
根が臆病な彼の、戸惑いに揺れる森色の瞳を見据えて、一つふてぶてしく笑えば。
クライヴも覚悟を決めた。サーベルを構え直す。
「分かった。君に代わって、悪魔をブチのめそう」
彼にしてはいささか物騒な物言いで、ダニエル目がけて駆け出した。
「くっ、来るなぁ!」
ふんぞり返っていたダニエルが、これに慌てる。
次々と亡者を召喚するも、輝くサーベルを振るうクライヴによって一体残らず切り伏せられ、消滅させられた。
覚悟の決まったクライヴは、鬼神の如き強さであった。その剣さばきに、一瞬の恐怖もためらいもない。
あるのは「悪魔をブチのめす」という意思、ただ一つ。
がら空きになったダニエルが、往生際も悪く逃げ出そうと背を向ける。
それにクライヴが素早く追いつき、抜き去る瞬間。
サーベルの刃先が、無様にもがく右手にはめられた指輪を、見事に破壊した。
紫の石が砕け散ると共に、大地を揺るがすような絶叫が、温室のガラスをガタガタと震わせた。
しかしそれも、数秒の内に掻き消えた。
同時にダニエルがふらりと地面に突っ伏し、そしてヘザーを羽交い絞めにする死霊たちも、溶けるように消え去る。
「終わった……のか?」
油断なくサーベルを構え、辺りを
映画の中ならば、完全に敵側の復活フラグとなる台詞である。
一度伸びをしたヘザーが、尻を上げた体勢で大地にキスするダニエルに近付き、ブーツの先でツンと蹴った。
小さく、うめき声がする。
次いで先ほどの要領で、足を使ってゴロンと仰向けにひっくり返す。無礼なことこの上ない対応だが、義弟のクライヴも、秘密の恋人であるシェリーも止めない。
「ヘザー、あまり近付かない方が」
むしろヘザーの身を案じてくれる始末であった。これも日頃の人徳であろう。
「いや、たぶん大丈夫。ヤな感じもしねぇし」
軽く首を振りつつ、それでもロザリオを握りながらダニエルの腹をベタベタ触った。以前に感じた、中にいるナニカの存在はもうなかった。
「うん、ほんとに終わったっぽいな」
「……よかった」
腰に手を当てて深くうなずく彼女に、クライヴもほっと肩を落とした。
「旦那様……ご無事ですか?」
彼女がダニエルの頬に触れると、先ほどよりもはっきりした声が返って来た。
「うぅ……シェリー、かい……?」
薄っすら目を開けて、ぼんやりと呟かれた声は、憑き物が落ちたかのように優しいものだった。
実際、長年の悪魔憑きから解放されているのだが。
「はい、シェリーでございます! 旦那様、よかったご無事で……!」
はらはらと涙を流し、シェリーは彼の頭をかき抱いた。
今ひとつ状況が飲み込めず、オタオタと困るダニエルを横目に見つつ。
ヘザーとクライヴも改めて向き合い、お互い気の抜けた笑みを浮かべ合った。