ヘザーの身支度がおおむね終わったところで、待ち構えていたかのように。
コンコンコン、とノックの音がした。
この部屋を訪ねて来る人間なんて、ティナ以外にほぼいない。しかもこんな、朝飯前の早いお時間に。
そのためヘザーとティナは、二人で「はて?」と顔を見合わせる。
まさか人間以外のナニかがご訪問だろうか、とも思ったが、連中がご丁寧に扉を叩くとも思えない。
扉をすり抜ける、あるいはぶち破って入って来そうだ。
そんな風に、ヘザーが思考をぐるぐる回転させて疑心暗鬼になっている内に、ティナがそそくさとドアに駆け寄った。
「はぁい、どなた様で――あら、クライヴ様」
扉の隙間から、上背のある暗い顔と目が合ったティナは、しばし目をぱちくり。ほんの一瞬だが、
(ついにわたしも幽霊を目撃……じゃなくて義弟様でしたかぁ)
と残念がった事実を、ティナは墓場まで持って行こうと瞬時に決意した。
一方、スツールの上であぐらをかいていたヘザーは、彼の名前を耳にしてギョッとのけぞる。
咄嗟に声が出ぬまま、口だけで「なんで」と呟いた。
「こんな朝早くに、どうなさったんですか?」
小首をかしげつつも、ティナは扉を全開にしてクライヴを招き入れる。
彼女へ小さく礼を言って、クライヴはヘザーへ顔を向けた。
「昨夜のこともあるからな。……一応、迎えに来た」
が、視線が合わない。
顔はヘザーと向き合っているが、視線は絶妙に斜め向こうへ飛んで行っている。
「お、おお。悪ぃな、ありがと」
しかしヘザーもしどろもどろと、絨毯をじっと見つめていた。
お互いの視線が明後日に向かっているため、結果的に両者視線が合わない事実に気付いていない。
ドレッサーの片付けをしつつ、ティナは横目に二人を観察。
昨夜のパーティーの後は、ヘザーが疲れ切っていたものの、二人は良好そうな空気を
いや。良好どころか、若干イチャついていた。
夜中に一体、何があったのだろうか――ほんの一瞬だけ不埒な考えがよぎるが、二人に限ってそんな、と首を振ってそれを打ち消す。
(クライヴ様はきっと順序を守られる方でしょうし、ヘザー様は色事よりお金がお好きなご様子ですし)
特に後者に関して、この予想は大当たりである。ティナは案外、観察眼に長けているのだ。
なんともギクシャクした空気のまま、三人で部屋を出た。
クライヴとヘザーが並んで歩き、ティナはその数歩後ろを歩いている。
長い廊下を半ばまで来たところで、短気なヘザーがぎこちなさに音を上げた。
細い腰に手を当て、大きな瞳でじろりとクライヴを見上げる。
「ってかさ、オレの裸ぐらいで、どんだけ挙動不審になってんだよ」
「……ぐっ!」
前をにらんだまま、クライヴの頬が赤くなる。
ティナは背後で口をつぐんだままであったが、目を大きくむいた。全裸事案があっただなんて、初耳である。
しかもアクシデントにより、クライヴがヘザーのありのままな姿を拝めたらしい。この居たたまれない雰囲気から察するに、少なくとも一線は越えていないようだが。
(クライヴ様……よく我慢出来ましたねぇ。鋼の忍耐力ですぅ)
ティナは内心で舌を巻いた。視線はもちろん、ヘザーのたわわな胸元に注がれている。
次いで二人に気付かれぬよう、そぉっと距離を詰め、聞き漏らすまいと耳も澄ます。
真後ろの野次馬に一切配慮できぬまま、不機嫌顔のヘザーは続ける。本当に怒っているというよりも、気まずさを怖い顔でごまかしているだけのようだ。現に目は、ドギマギと桃色の海で溺死寸前だ。
「アンタ男前なんだしさ、女なんてよりどりみどりじゃねーの? たかが小娘の裸ぐらいで――」
「いいか、ヘザー」
愛猫の突然死を知らせるかのような、低く陰鬱な声が、ヘザーの軽口を遮った。
言葉をぶった切られたヘザーは、藤色の瞳をキョトンとさせ、ふっくら唇も半開きのまま固まっている。
間抜け面の彼女とようやく目を合わせて、どこまでも真剣な表情のクライヴがグッと、自分の親指で自身を指し示した。堂々と胸もそらす。
「一つ言っておくが。俺は伯爵家の出来損ないの次男坊で、おまけに分家と呼ぶのも
最後は血でも吐きそうなぐらい、悲壮感のにじむ叫びであった。
だが内容は「俺がモテるわけないでしょ! ぷんぷん!」という自虐が過ぎる開き直りなため、ヘザーはついつい半笑いになる。
「お、おお。まあそうだな、うん。なんかほんと、地雷踏んじゃってごめん。うん、強く生きてね」
「それから!」
「えっ、あ、はい……?」
鬼気迫る顔でぐいと距離を詰められ、ヘザーが半笑いで固まる。茶化す暇もない。
というか、ちょっとどころでなく怖かった。
「君も! 自分が
「こわ?」
「……い、色気と魅力が、有り余っている、という意味だ!」
「いっ、え、あぅ」
言った方も言われた方も、同時に赤い顔で沈黙。視線が、今度はどちらも足元に落ちた。
ヘザーは非常に珍しいことだが、口元をそっと両手で隠してもじもじと、大変いじらしい仕草を見せる。乙女スイッチが全力点灯中である。
「……あの、えと……ごめんな? オレが可愛いばっかりに」
絶世の美貌の持ち主でなければ、とんだ
だが謝っているヘザーは、至極真面目であり。
「まったくだ! 自分の美貌を正しく理解しているなら、それに見合った危機感も持つべきだ! 以前にも言ったが、君はあまりにも無防備過ぎる!」
そしてプンスカ怒っているクライヴも、もちろん真剣そのものであった。
「一周回って、これは
独り