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33:一方その頃、もう一人ののぞき魔は

「おほぁっ、じゃないだろうが! あのボンクラめがぁ! 楽しそうに、小娘と乳繰ちちくり合いおって……くそっ、くそぉぉーっ!」

 一人きりの居室にて、ダニエルはベッドの上で盛大に悪態を吐きまくっていた。

 大きくてふかふかの枕を抱え、そのままのたうち回り、勢い余って下まで転がり落ちる。


「いでぇ! ちくしょうっ……これも全て、あいつらのせいではないか! おのれぇー!」

 床に敷かれたスカーレット色の絨毯に、勢い任せで枕を打ち付ける。

 やっていることが、完全に駄々をこねる子どもと同レベルだ。


 しかし子どもと比べて、持病持ちの中年男性 (ほぼ寝たきり)の体力は、悲しいほどに少ない。

 すぐに息が上がり、虚しさに襲われたのだろう。

 無言で、八つ当たりしまくって少々凹んだ枕を抱えなおし、ベッドによじ登って横になった。


 そして掛け布団を再度首元まで引っ張り上げて、天井をにらみながら

「あの小娘は、規格外過ぎる」

ぽつりと断言。判断が遅すぎではなかろうか。

 しかしこの場に、のんびり過ぎるダニエルの考えをいさめてくれる相手もいないため、彼の独白は続く。


「こちらがあの手この手を打っても、一切響かないうえに、あいつは……あいつだけは何を考えているのか一切分からん。むしろ怖い。出来るなら、もう屋敷から追い出したい」

 掛け布団を掴む手も、かすかに震えている。赤みを帯びた茶色い瞳にも、うっすらと涙の膜が。どうして雪深い、出入りが不便な屋敷に呼び寄せちゃったんだろう。


 今すぐこの場で縁を切りたい一方、彼女の健康と美しさ(と、謎の強フィジカル)は、やはり惜しいので。

「……であれば、先にクライヴを排除するべきか。あやつ単体ならばどうとでもなるだろうし、小娘にも必ず精神的痛手を負わせられるはずだ」

 暗い声で、義弟を見切ることを決めた。


 本来ならば彼を焚きつけて、ヘザーを精神的に追い詰めるつもりだった。そう、己の手を直接汚さずに。

 そのためヘザーを迎え入れる前に、渋る愚弟を何度もしつこく呼び出しては、自分がどれだけ養女に期待しているのかと長々語った。

 次いで、お前は本当に期待外れのどうしようもない愚か者である、とクライヴをとことんおとしめることも忘れなかった。


 ヘザーを誉めそやして彼をけなせば貶すほど、あの陰気な顔が恥辱にまみれていく様を見て、これならば計画通りに事が進む、とほくそ笑んでいたのは――もう遠い昔のことのように思える。

 まさかこんな、あっという間に小娘に飼い慣らされるだなんて、夢にも思っていなかった。


 あの女が恐ろしいまでの美貌の持ち主であることは、ダニエルも認めている。むしろそれ以外に、これといった取り柄のない女とすら思っていたのだが……

「思っていた以上に、アレは愚かであったのだな。ヘザーの件がなくとも、殺処分は必須だな」

 細いため息をつき、翌朝の早期処分を決意する。


 夜の内に、睡眠中を狙った方が何かと手間は省けるが、ぶっちゃけもう全身が睡眠を求めていた。

 ヘザーの戦闘力や行動力は当然規格外であるが、ダニエル自身の病弱さもまた、規格外である。


 元々体は弱い方だったが、悪魔の依り代となったことでかなりの負荷がかかっているらしい。憑依した途端、ほぼほぼ寝たきり生活になったのは大きな誤算であった。

 それでも、ヤることは結構ヤったりしているのだが。だって悪魔だし。


「まったく、ままならぬ肉体よ……忌々しい。だが、朝食の場であやつを派手に殺せば、さすがに小娘の精神にも傷が入るだろう」

 目の前でなすすべもなく、惹かれつつある男が死ぬ様を眺めている時――果たしてあの美貌が、どこまで崩れるのだろうか。

 想像するだけでワクワクする。青白く皮膚の薄いダニエルの頬に、束の間赤みが戻った。


「あやつらがねんごろになったのは想定外であったが、惨殺するならばかえって好都合か」

 本来は優しげな美貌に、酷薄な笑みを重ねて、ダニエルは密やかに笑う。

 派手に、そして出来るだけむごたらしく。

 規格外の女ですら、気が触れるほどに。


 クライヴのそんな死にざまを想像しながら、うつらうつらとする内に、ダニエルは夢の世界へと飛び立った。

 夢想するものの陰惨さに反し、なんとも穏やかな寝顔で。

 だが彼の一連の奇行や呟きは、薄っすらと開いたドア越しにずっと観察されていた。


 観察者は、水差しを持ったシェリーだった。

 彼女の顔は強張り、全身がかすかに震えている。

「旦那様、どうして……」

 ほとんど吐息のような声は、ぐっすり熟睡中のダニエルに届かなかった。

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