「おほぁっ、じゃないだろうが! あのボンクラめがぁ! 楽しそうに、小娘と
一人きりの居室にて、ダニエルはベッドの上で盛大に悪態を吐きまくっていた。
大きくてふかふかの枕を抱え、そのままのたうち回り、勢い余って下まで転がり落ちる。
「いでぇ! ちくしょうっ……これも全て、あいつらのせいではないか! おのれぇー!」
床に敷かれたスカーレット色の絨毯に、勢い任せで枕を打ち付ける。
やっていることが、完全に駄々をこねる子どもと同レベルだ。
しかし子どもと比べて、持病持ちの中年男性 (ほぼ寝たきり)の体力は、悲しいほどに少ない。
すぐに息が上がり、虚しさに襲われたのだろう。
無言で、八つ当たりしまくって少々凹んだ枕を抱えなおし、ベッドによじ登って横になった。
そして掛け布団を再度首元まで引っ張り上げて、天井をにらみながら
「あの小娘は、規格外過ぎる」
ぽつりと断言。判断が遅すぎではなかろうか。
しかしこの場に、のんびり過ぎるダニエルの考えを
「こちらがあの手この手を打っても、一切響かないうえに、あいつは……あいつだけは何を考えているのか一切分からん。むしろ怖い。出来るなら、もう屋敷から追い出したい」
掛け布団を掴む手も、かすかに震えている。赤みを帯びた茶色い瞳にも、うっすらと涙の膜が。どうして雪深い、出入りが不便な屋敷に呼び寄せちゃったんだろう。
今すぐこの場で縁を切りたい一方、彼女の健康と美しさ(と、謎の強フィジカル)は、やはり惜しいので。
「……であれば、先にクライヴを排除するべきか。あやつ単体ならばどうとでもなるだろうし、小娘にも必ず精神的痛手を負わせられるはずだ」
暗い声で、義弟を見切ることを決めた。
本来ならば彼を焚きつけて、ヘザーを精神的に追い詰めるつもりだった。そう、己の手を直接汚さずに。
そのためヘザーを迎え入れる前に、渋る愚弟を何度もしつこく呼び出しては、自分がどれだけ養女に期待しているのかと長々語った。
次いで、お前は本当に期待外れのどうしようもない愚か者である、とクライヴをとことん
ヘザーを誉めそやして彼を
まさかこんな、あっという間に小娘に飼い慣らされるだなんて、夢にも思っていなかった。
あの女が恐ろしいまでの美貌の持ち主であることは、ダニエルも認めている。むしろそれ以外に、これといった取り柄のない女とすら思っていたのだが……
「思っていた以上に、アレは愚かであったのだな。ヘザーの件がなくとも、殺処分は必須だな」
細いため息をつき、翌朝の早期処分を決意する。
夜の内に、睡眠中を狙った方が何かと手間は省けるが、ぶっちゃけもう全身が睡眠を求めていた。
ヘザーの戦闘力や行動力は当然規格外であるが、ダニエル自身の病弱さもまた、規格外である。
元々体は弱い方だったが、悪魔の依り代となったことでかなりの負荷がかかっているらしい。憑依した途端、ほぼほぼ寝たきり生活になったのは大きな誤算であった。
それでも、ヤることは結構ヤったりしているのだが。だって悪魔だし。
「まったく、ままならぬ肉体よ……忌々しい。だが、朝食の場であやつを派手に殺せば、さすがに小娘の精神にも傷が入るだろう」
目の前でなすすべもなく、惹かれつつある男が死ぬ様を眺めている時――果たしてあの美貌が、どこまで崩れるのだろうか。
想像するだけでワクワクする。青白く皮膚の薄いダニエルの頬に、束の間赤みが戻った。
「あやつらが
本来は優しげな美貌に、酷薄な笑みを重ねて、ダニエルは密やかに笑う。
派手に、そして出来るだけむごたらしく。
規格外の女ですら、気が触れるほどに。
クライヴのそんな死にざまを想像しながら、うつらうつらとする内に、ダニエルは夢の世界へと飛び立った。
夢想するものの陰惨さに反し、なんとも穏やかな寝顔で。
だが彼の一連の奇行や呟きは、薄っすらと開いたドア越しにずっと観察されていた。
観察者は、水差しを持ったシェリーだった。
彼女の顔は強張り、全身がかすかに震えている。
「旦那様、どうして……」
ほとんど吐息のような声は、ぐっすり熟睡中のダニエルに届かなかった。