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28:「あれは前科持ちの目だ」BY某イケメン

 練習中はがらんとした、「成金が建てた体育館」状態だったダンスホールが、今夜はこれでもかと飾り付けられていた。


 ホールの壁面には、彫刻や絵画や壺が配置されていた。またその間を埋めるように、等間隔に並べられたテーブルには、目でも楽しめるような軽食も美しく整列。

 きらびやかな装いで歓談する参加者の間を、赤い制服で統一した使用人たちが、飲み物を配って回っている。これぞ「ザ・パーティー」な絵面だ。


 開催地が雪山にポツンと佇むお屋敷という、立地も酷ければお足元も最悪な中にもかかわらず、参加者は多い。

 とかく貴族というのは、非合理的で非生産的なのだろう。付き合わされる使用人たちに合掌だ。


 ヘザーがクライヴに伴われて会場に入ると、そんな参加者の視線が、一斉に彼女へと向いた。

 孤児であるにもかかわらず、伯爵家の養女の座を勝ち取った小娘に向けられる視線は、羨望・好奇・嫌悪・嫉妬・侮蔑・邪推……多種多様ではあるものの、ヘザーにとってはいずれも「クソくらえ」な代物である。


 だから彼女は、まとめて全て無視することを選んだ。

 姿勢よく立ち、すかした微笑みで受け流す。首元を飾るチョーカーに付いた星形のチャームが、どこか鋭さのある笑みによく似合っていた。


 全く堪える様子のない彼女を、隣のクライヴがしげしげと見下ろす。

 彼も公の場であるので、珍しく前髪を上げていた。出で立ちも、いかにもお高そうな鈍色の燕尾服だが、体格がいいので見事に着こなしている。


「君は強いな」

「ん?」

 ヘザーの鋭い笑みから角が取れ、呑気な顔でクライブを見上げる。その落差に、クライヴの肩からもつい力が抜けた。


「普通ならこれだけの視線に晒されれば、委縮してしまうだろう。君は大物だよ」

「んー、まあ、慣れてるからな、こういうの」

 ティナたちによって巻かれた黒髪をそっと撫で、小さく苦笑い。


 高田であった頃も、父方の一族の集まりではずっとこんな扱いを受けていた。

 だがそれに泣いていたのは、もうずいぶんと昔の話である。

 おまけに今は、隣に頼り甲斐……は残念ながらあまりないけれど、それなりにこちらの性分を理解している身内もいる。心強さは段違いだ。


 その後、シェリーに支えられながら主催者であるダニエルが最後に現れ、ヘザーたちへ手招き。

 そして彼女を伯爵家に迎え入れた旨を、改めて参加者に宣言した。

 紳士淑女である彼らも表向きは拍手をして、彼女を歓迎する。目は全く笑っていないが。


 だがそれに関しては、ヘザーも殺意マシマシの笑顔で相対しているので、おあいこ様である。

 このヘザーの眼力を、不幸にもタイマンで受けた経験ありのクライヴが、極々小さな声で

「そうそう。怖いんだよ、この目が」

と呟いた気がしたが。気のせいであろう、うん。


 なおヘザーと一瞬でも目が合ったお貴族様は皆、老若男女問わずすくみ上がっていた。


 ヘザーの紹介とあいさつが終わると、すぐに生演奏によるダンスが始まった。

 なんとも豪華な話である。

 事前の打ち合わせ通り、ファーストダンスはクライヴと踊る。というか、セカンドやショートやサードはする予定もないが。


「いいか、切れの良さは控えろ。優美――君が言うところの『すっとろい』動きを心がけろ」

「へーい、眠くなるような踊りをすりゃいいんだろ」

 などと減らず口を叩きつつも、特訓の甲斐あって彼女は笑顔をキープ。

 作り笑いをすると、相変わらずしゃくれあごになるクライヴは、平素通り暗い真顔をキープ。だが幸いにして、彼に目を向ける余裕のある人間はいなかった。


 本人はヌルヌル動いているつもりであるが、傍から見るヘザーの踊りは優美で典雅てんがの極みだった。あでやかなドレスが、その美しさを更に際立たせている。


 加えて、貴婦人のアルカイック・スマイルとは異なる、活力みなぎる凛々しい微笑みを浮かべているため、男女問わずその姿に惹かれた。

 誰かがほぅっ……と、熱い吐息をこぼすほどに。


 それはもちろん、彼女のパートナーも同じであり。

 見惚れたかのようにじっと、彼女の笑みを凝視する。

 さすがのヘザーも、若干の居心地の悪さを感じた。にらまれるのは慣れているが、こう熱心に見つめられるのはほぼ未経験だ。


「……あのさぁ」

「なんだ」

「オレが超すんげぇ美少女なのは分かってるけどさ、見過ぎじゃね? 毎日見てんだろ? どんだけ面食いなんだよ、アンタ」

 クライヴのぽんやりうっとり顔が、瞬く間に見慣れた辛気臭い表情となる。


「君は――」

「んぁ?」

「本当に、口を開くとどうしようもないな。救い難い」

「しみじみ言うんじゃねぇよ! なんでちょっと悲しそうなんだよ! コレもオレのチャームポイントだろ、受け入れとけよ!」

「無理難題だ」

 余命でも宣告しているかのような、顔と声色である。


 一応は小声で行われているものの、大変IQの低い会話ですら、周囲の者からは仲睦まじい様子に映ったので更に目を惹いた。

 だが、少しむくれるヘザーが、あまりにも魅力的過ぎたのか。

 気が付けば参加者の人垣の合間に、人ならざる黒い影がちらほら、と姿を見せていた。


 人外が目指すはもちろん、今夜の主役だ。

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