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27:ご褒美か拷問かは紙一重

 ついに武闘――否、舞踏会当日が訪れた。

 パーティーの通達があってからの一週間、ヘザーとクライヴはわずかな隙間時間であっても、みっちり特訓を重ね続けた。


 その結果、ヘザーのダンスの腕前は「生粋の令嬢相当」どころか、「もう、これだけで食っていけるのでは」レベルにまで磨き上げられていた。

 それもこれも、金になりそうなスキルなら率先して学ぶ貪欲なヘザーと、ガッツみなぎる優秀な教え子相手にタガが外れたクライヴとの、初めての共同作業と言えよう。


 なお、一度練習風景を見学に来たシェリーとダニエルが、

「お二方とも、もうその辺になさった方がよろしいかと……」

「うむ……あくまでも、関係者へのお披露目程度だからな……ほどほど、で構わんのだぞ、ほどほどで」

と揃って制止の声を上げるほどの、ハードモードな特訓であったこともここに補足する。


 彼女の醜態を狙っているダニエルはともかく、シェリーの不安いっぱいな顔には、さすがのヘザーも申し訳なくなった。

 たしかにやり過ぎたかもしれない、と連日の筋肉痛を思い返せば、更に反省の気持ちも強まる。

 だがおかげで、クライヴと踊ることへの照れも払拭されたので結果オーライだ。


 そして今夜、ダンスの腕に見合うどころか、その腕すら凌駕りょうがする勢いで、ヘザー自身も磨き上げられた。

 彼女の準備は、当日の朝から始まった。

 日課となった薪割りに向かう途中で、ヘザーはティナが呼び寄せたメイド集団に遭遇。そのまま部屋へと強引に連れ戻され、彼女たちによって全身洗われたのだ。


 ニコニコ笑顔の美人メイドたちに囲まれ、もみくちゃにされる――

 これはなんのご褒美――いや、拷問だろうか、と少し戦慄したほどだった。

 そして頭の先からつま先までピッカピカになったところで、ごくごく軽いブランチと小休止を挟み。


 仕上げに、最初の晩餐で着たドレスよりも、更に華美なドレスを着せられた。

 ベロア生地の、胸元と肩が大きく露わになったドレスだ。生地の色はもちろん深紅で、黒い糸で施された細やかな刺繍によって縁取りされている。

 ドレスの左右には深いスリットも入っているが、スリットからは黒いレース素材のインナースカートが見え隠れしている。


 つまりはとても扇情せんじょう的なデザインであるのだが、儚げ・清らかの見本図のような容姿のヘザーがまとうと、不思議と色香以上に高貴さが強調された。

 そんなドレスを身にまとった自分を、ヘザーは大きな姿見で眺めた。


(舞踏会のシーンでヘザーが着てたのって、もっとこう布面積が多い、なんか野暮ったいピンクのドレスじゃなかったっけ……?)

 己の磨かれっぷりに仰天しつつも、ふと小さな疑問が芽生える。


 しかしそこまでドレスに注目して観ていなかったし、メイドたちの奮闘を間近で眺めていたので、まあいいかとすぐに納得した。こちらの方が、自分には合っている気もするのだ。


 実のところ、当初は劇中と同じ露出度ほぼゼロな、淡い色味の禁欲的ドレスを着用する予定だった。

 だがヘザーの元気はつらつっぷりにメイド一同、

「これではドレスが絶対に似合わない……似合うわけがないわ。むしろ浮いちゃう。もっとヘザー様の豪快さに釣り合ったドレスを選ばないと!」

危惧きぐもとい躍起になった結果のセクシードレスだったりする。


 ともあれ彼女の出来栄えに、ティナを始めとするメイドたちは、頬を赤らめうっとりした。どエロいドレスを着こなした、稀代の美少女は男女問わず魅了するのだ。

 次いで彼女らは、自分たちの仕事の完璧ぶりにも歓喜した。


「最高です、ヘザー様……!」

「どこから見ても、女神でございます!」

「これなら絶対、会場中の視線を釘付けに出来ますね!」

「ヘザー様の前に列をなす、求婚者の方々の姿が目に浮かぶようですぅ!」

「おう、そうなるといいな」


 当のヘザーは若干他人事ひとごとのような軽さで、ヘラヘラ笑っている。

 この先の展開を知っている彼女は、舞踏会の参加者がそんな好意的であるわけがない、と理解していた。

 そしてその理解に、誤りはなかった。悲しいかな。

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