十字架の上部から一直線に噴出した金色の光線が、夫人の霊に突き刺さる。
瞬間、『プラトーン』のジャケット写真がごとく仰け反った夫人の体も、内側から光を放ち始め――と思ったら、即座に爆発四散した。さながら、特撮モノに出てくる怪人である。
ボガーンと、キノコ雲が昇り立ちそうな爆発音を残して消え去った夫人の霊に、ヘザーは呆然。四つん這いのクライヴも、あんぐり口を開けている。
(こ、これは……)
未だ握りしめる十字架を見下ろして、ヘザーの全身は
(これは、めちゃくちゃ気持ちいいぞ! もう、すっごい、信じられねぇぐらいに!)
頬も紅潮させ、荒っぽい鼻息を噴き出す。
こちらは無傷のまま、強敵を瞬殺出来たことが嬉しいのは無論として。元々が高予算映画であるためか、アーメンビームのエフェクトがとにかく派手だったのだ。
十字架の光り具合も遠慮がなく、ビームも極太であった。しかもその発信源が、まさかの自分と来た。
なんというか、全少年の夢を凝縮したかのような、貴重なイベントを経験できた気がする。
感動と爽快感で、キャッホウと小躍りしかねないヘザーに対し、クライヴは今も呆然自失状態である。
いつもどんよりと半開きの、深緑の瞳も真ん丸に見開かれていた。
彼は四つん這い状態のままの、思わず踏み台にしたくなる背中を晒して、
「なに、今の、ぴかーって、光って」
ぽつりぽつり、とたどたどしく単語で呟いている。
非現実的事象の波状攻撃で、今も自我が取っ散らかったままのようだ。
当作のファン全員のヘイトを集めているであろう、
「あー、まぁ、ほらオレって……うん、シスターだからな!」
本当はビームが出た理由は一切不明であるものの。
この際、生き残った者にこそ人権および発言権ありと判断し、自信満々に言い切った。勝てば官軍の精神だ。
霊媒探偵ライダーの口癖である「探偵だからな!」を意識して、グッと親指も立てる。にっかりと、無邪気かつ愛らしい笑顔を浮かべるのも忘れない。
一見するだけならばただ可愛い笑顔も、クライヴはアホ面で見上げて
「シスター、すごいね」
ぼんやりと呟いた。未だ放心中であるらしい。
というよりも、幼児退行したような気がする。
段々と、ここまで来ると心配になって来たので、四つん這いイケメンの前にヘザーもしゃがみ込む。
「なぁクライヴさん……アンタ大丈夫か、マジで?」」
「へぇ?」
「なんか喋り方が、やっと歩き出したガキんちょみたいだけど、ちゃんと一人でトイレ行けるか? ん?」
「しっ、失礼な! 行けるに決まっているだろうが!」
途端、クライヴの顔に理性が戻った。ちょっと残念だ。
「そう言う君こそ、トイレの場所は知っているんだろうな!」
ついでに嫌味も復活したのだが、まだ本調子ではないらしく、圧倒的にキレが足りない。
「おお、うん、無理すんなよ。ってかそろそろ立ったら――あ」
相変わらず四つん這いの彼に疑問を持ち、彼の足をのぞきこんで、痛ましげな顔になる。
今も膝から下が、小刻みに震えていた。
「あーあ……大丈夫か? 手、貸そうか?」
「う、ううう、うるさい!」
「うん、だからさ、無理しなくていいよ」
いっそ慈愛マックスの温かい笑みを浮かべるヘザーに、照れと羞恥で真っ赤になりつつも、クライヴはおっかなびっくり両手を差し出す羽目になるのだった。
屈辱に顔をしかめつつ、ヘザーの手を借りてクライヴが立ち上がったその頃――
当代伯爵である義兄のダニエルも、自室でえらい目に遭っていた。
先述の通り、彼の自室は屋敷の北端にある。
年中薄暗い上、朝でも夜でも深紅の分厚いカーテンが閉め切られた室内の中央に置かれた、ひときわ豪華なベッドの上に、彼はいた。
大きな枕を背もたれにして、寝間着のままではあるものの、傍らの椅子に座るロイドと打ち合わせを行っていた。
中身はもちろん悪魔だが、伯爵の肩書きを維持するため、存外勤勉に領地運営も行っているのだ。最近は株への投資にも積極的だったりする。
このように病身に鞭打ち働くダニエルだったが、その顔が急に強張る。
「伯爵様?」
雇い主の異変に気付いたロイドが、ぬいぐるみのようなピュアな瞳をまたたかせる。
二人のそばにひっそり立っていたシェリーも、眼鏡を押し上げ、ダニエルの顔を遠慮がちにのぞきこんだ。
「旦那様、どうされましたか? お加減が優れないのでしょうか?」
しかしダニエルは答えられなかった。
真っ青な顔に脂汗をにじませ、ブルブルと震えるばかり。
そして彼は、盛大に血を吐いた。
「わあぁぁぁ!」
「きゃああぁーっ! 旦那様ぁ!」
ロイドとシェリーが飛び上がらんばかりに驚き、異口同音に悲鳴を上げる。