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23:陰キャイケメンの赤ちゃん返り

 十字架の上部から一直線に噴出した金色の光線が、夫人の霊に突き刺さる。

 瞬間、『プラトーン』のジャケット写真がごとく仰け反った夫人の体も、内側から光を放ち始め――と思ったら、即座に爆発四散した。さながら、特撮モノに出てくる怪人である。

 ボガーンと、キノコ雲が昇り立ちそうな爆発音を残して消え去った夫人の霊に、ヘザーは呆然。四つん這いのクライヴも、あんぐり口を開けている。


(こ、これは……)

 未だ握りしめる十字架を見下ろして、ヘザーの全身は戦慄わなないた。

(これは、めちゃくちゃ気持ちいいぞ! もう、すっごい、信じられねぇぐらいに!)

 頬も紅潮させ、荒っぽい鼻息を噴き出す。


 こちらは無傷のまま、強敵を瞬殺出来たことが嬉しいのは無論として。元々が高予算映画であるためか、アーメンビームのエフェクトがとにかく派手だったのだ。


 十字架の光り具合も遠慮がなく、ビームも極太であった。しかもその発信源が、まさかの自分と来た。

 なんというか、全少年の夢を凝縮したかのような、貴重なイベントを経験できた気がする。


 感動と爽快感で、キャッホウと小躍りしかねないヘザーに対し、クライヴは今も呆然自失状態である。

 いつもどんよりと半開きの、深緑の瞳も真ん丸に見開かれていた。


 彼は四つん這い状態のままの、思わず踏み台にしたくなる背中を晒して、

「なに、今の、ぴかーって、光って」

ぽつりぽつり、とたどたどしく単語で呟いている。

 非現実的事象の波状攻撃で、今も自我が取っ散らかったままのようだ。


 当作のファン全員のヘイトを集めているであろう、悪辣あくらつイケメンとは思えぬ間抜け面 (と屈辱的過ぎる体勢)に、ヘザーは苦笑い。

「あー、まぁ、ほらオレって……うん、シスターだからな!」


 本当はビームが出た理由は一切不明であるものの。

 この際、生き残った者にこそ人権および発言権ありと判断し、自信満々に言い切った。勝てば官軍の精神だ。


 霊媒探偵ライダーの口癖である「探偵だからな!」を意識して、グッと親指も立てる。にっかりと、無邪気かつ愛らしい笑顔を浮かべるのも忘れない。


 一見するだけならばただ可愛い笑顔も、クライヴはアホ面で見上げて

「シスター、すごいね」

ぼんやりと呟いた。未だ放心中であるらしい。

 というよりも、幼児退行したような気がする。


 段々と、ここまで来ると心配になって来たので、四つん這いイケメンの前にヘザーもしゃがみ込む。

「なぁクライヴさん……アンタ大丈夫か、マジで?」」

「へぇ?」

「なんか喋り方が、やっと歩き出したガキんちょみたいだけど、ちゃんと一人でトイレ行けるか? ん?」

「しっ、失礼な! 行けるに決まっているだろうが!」

 途端、クライヴの顔に理性が戻った。ちょっと残念だ。


「そう言う君こそ、トイレの場所は知っているんだろうな!」

 ついでに嫌味も復活したのだが、まだ本調子ではないらしく、圧倒的にキレが足りない。

「おお、うん、無理すんなよ。ってかそろそろ立ったら――あ」


 相変わらず四つん這いの彼に疑問を持ち、彼の足をのぞきこんで、痛ましげな顔になる。

 今も膝から下が、小刻みに震えていた。


「あーあ……大丈夫か? 手、貸そうか?」

「う、ううう、うるさい!」

「うん、だからさ、無理しなくていいよ」

 いっそ慈愛マックスの温かい笑みを浮かべるヘザーに、照れと羞恥で真っ赤になりつつも、クライヴはおっかなびっくり両手を差し出す羽目になるのだった。


 屈辱に顔をしかめつつ、ヘザーの手を借りてクライヴが立ち上がったその頃――

 当代伯爵である義兄のダニエルも、自室でえらい目に遭っていた。


 先述の通り、彼の自室は屋敷の北端にある。

 年中薄暗い上、朝でも夜でも深紅の分厚いカーテンが閉め切られた室内の中央に置かれた、ひときわ豪華なベッドの上に、彼はいた。


 大きな枕を背もたれにして、寝間着のままではあるものの、傍らの椅子に座るロイドと打ち合わせを行っていた。

 中身はもちろん悪魔だが、伯爵の肩書きを維持するため、存外勤勉に領地運営も行っているのだ。最近は株への投資にも積極的だったりする。


 このように病身に鞭打ち働くダニエルだったが、その顔が急に強張る。

「伯爵様?」

 雇い主の異変に気付いたロイドが、ぬいぐるみのようなピュアな瞳をまたたかせる。


 二人のそばにひっそり立っていたシェリーも、眼鏡を押し上げ、ダニエルの顔を遠慮がちにのぞきこんだ。

「旦那様、どうされましたか? お加減が優れないのでしょうか?」

 しかしダニエルは答えられなかった。


 真っ青な顔に脂汗をにじませ、ブルブルと震えるばかり。

 そして彼は、盛大に血を吐いた。


「わあぁぁぁ!」

「きゃああぁーっ! 旦那様ぁ!」

 ロイドとシェリーが飛び上がらんばかりに驚き、異口同音に悲鳴を上げる。

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