ヘザーはにっこりと、天使のように可憐なほほ笑みで。
「ダチとつるんでサボるとさ、もう、たまんねぇから。残り半日、オレら世界一自由じゃん!って謎のパワーが出てくんのよ」
「そ、そうなのか」
対するクライヴは、露骨に困惑している。
しかしヘザーは構わず続けた。
「まあ、先公にバレたらフリータイムも即終了だけどな。でもあのアンチェイン感は、一度は味わうべきだぜ」
堅物クライヴへ
「……んん? あれ?」
と小難しい顔で首をかしげた。
「ひょっとして、初対面の時からオレに超突っかかって来たのって……オレがオバケに出くわす前に、追い返そうとしてたのか?」
その初対面時に、教会への寄付のためにも養子縁組は受けるべきと言いつつ、「俺も君のような者を引き取ることには反対した」とも言っていた。
また本来の筋書きでも、彼は一貫してヘザーに塩どころか激辛ハバネロ対応だ。
高田を始めとした観客はみな、ヘザーが跡取りになることに腹を立ててのハバネロ対応だと思っている。
しかし、クライヴも怪奇現象に遭遇していたのなら――彼の冷徹さに、別の意図も見え隠れする。
ヘザーは身を乗り出しながら上半身をねじった。クライヴの顔を、遠慮なしに覗き込む。
超至近距離からの美少女フェイスに、クライヴは首の後ろに手を添えて、視線をついとそらした。
そしてぼそぼそと、覇気のない声で答える。
「……もちろん、兄上が絶賛する君への敵対心や悪意も、大いにあった。俺はそこまで善良じゃない」
それはつまり、まだ見ぬヘザーへの配慮も(ほんの少しかもしれないが)あったというわけで。
「いやいや! めっちゃいいヤツだよ、アンタ!」
感極まった余り、大きな青紫の瞳をきらきらと輝かせて、ヘザーは力強く断言。
白く華奢な両手を豪快に振り回し、身振り手振り混じりに熱弁する。
「普通はさ、嫌いなヤツがのこのこ危険地帯に突っ込んできても、ほっとくんだって。んで、ひでぇ目に遭ったの見て笑うんだよ。人間って、だいたい根っこがクソだからな」
そこで呼吸を整えて、更にクライヴへと距離を詰める。
「なのにアンタはわざわざ、オレを追い返そうとした! こんなの、いいヤツしか出来ねぇんだよ! アンタは根っこが善人! うん、オレが保証する!」
そう一気にまくし立てられ、ぽかん、とクライヴは間抜け面になった。
ぼんやりしたまま、口を開く。
「ここまで手放しで褒めてくれた人は、母上以来かもしれない」
「お、おお……そっか……」
予想外の告白に、ヘザーの勢いが沈静化。体もそっと控えめに、後方へ下がった。
何年ぶりの全力褒めだったのか、詳しく聞くとこっちも呆然としてしまいそうだ。
「……母上って、やっぱ、実のおふくろさんなのか?」
しかし、好奇心を抑えきれずについ訊いてしまった。これで答えが「YES」なら、彼が褒められたのは二十年ぶりぐらいになるのでは。哀れすぎる。
幸いなことに、クライヴの首は真横に振られた。
「実母も褒めてくれたが、伯爵夫人もとても優しい方だった。彼女は養子の俺にも、分け隔てなく接して下さるような方で――」
言葉が途中で途切れ、間抜け面が暗い思案顔になった。
ヘザーもベンチに座り直して、こてん、と首をかしげる。
「ん? どうした、クライヴさん?」
「……母上の部屋の周りでは、頻繁におかしなものを視たんだ。だから母上が体を壊されても、そいつらに遭うのが怖くて、ろくに見舞いも出来なかった」
「その部屋は、どこにあるんだ?」
「二階の中央にある。代々の伯爵夫人の居室として使われた場所だが、兄上は独り身だから、今は使われていないはずだ」
これは絶対何かある。ヘザーの野生の勘あるいは、映画オタク魂が断言した。
腕を組んでしばし黙考の末に、ヘザーは自身の膝を一つ打った。
「よし、そこ行こうぜ」
「何故そうなるんだ」
「遅まきの見舞いってか、墓参り的なのも兼ねてさ、ちょっと様子見てみようぜ。ほら、なんか分かるかもしんねぇし」
「分かったところで、どうするんだ」
クライヴは暗い表情をますます暗くして、露骨に渋っている。声も、葬儀に参列しているかのような陰鬱さだ。
まあ、元々葬儀会場や霊安室の似合う面構えではあるのだが。
「なんか分かって、ちょっとでもバケモノの数が減りゃあ、アンタも実家に帰りやすくなるだろ? な?」
念押しと同時に、さり気なく彼の膝に手を乗せる。
控えめに膝へ触れながら、上目遣いになって
「なぁ、駄目か?」
「……っ!」
押し付けがましくない程度のボディタッチ+上目遣いという、高田も生前嫌というほど
焦りつつ、ためらいつつも、とうとうヘザーのうるうる瞳に堕ち、クライヴは力なくうなずいた。
「少しだけ、様子を見る、程度なら……」
「ぃよっしゃあ!」
どうやら二十世紀初頭においても、あざとい女は有効のようだ。
これは絶対覚えておこう、と心に決めるヘザーだった。