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18:オレ、気付いちゃいました

 ヘザーはにっこりと、天使のように可憐なほほ笑みで。

「ダチとつるんでサボるとさ、もう、たまんねぇから。残り半日、オレら世界一自由じゃん!って謎のパワーが出てくんのよ」

「そ、そうなのか」

 対するクライヴは、露骨に困惑している。


 しかしヘザーは構わず続けた。

「まあ、先公にバレたらフリータイムも即終了だけどな。でもあのアンチェイン感は、一度は味わうべきだぜ」

 堅物クライヴへ滔々とうとうと、アウトローへの入門方法を語るヘザーであったが、途中で

「……んん? あれ?」

と小難しい顔で首をかしげた。


「ひょっとして、初対面の時からオレに超突っかかって来たのって……オレがオバケに出くわす前に、追い返そうとしてたのか?」

 その初対面時に、教会への寄付のためにも養子縁組は受けるべきと言いつつ、「俺も君のような者を引き取ることには反対した」とも言っていた。

 また本来の筋書きでも、彼は一貫してヘザーに塩どころか激辛ハバネロ対応だ。


 高田を始めとした観客はみな、ヘザーが跡取りになることに腹を立ててのハバネロ対応だと思っている。

 しかし、クライヴも怪奇現象に遭遇していたのなら――彼の冷徹さに、別の意図も見え隠れする。


 ヘザーは身を乗り出しながら上半身をねじった。クライヴの顔を、遠慮なしに覗き込む。

 超至近距離からの美少女フェイスに、クライヴは首の後ろに手を添えて、視線をついとそらした。

 そしてぼそぼそと、覇気のない声で答える。

「……もちろん、兄上が絶賛する君への敵対心や悪意も、大いにあった。俺はそこまで善良じゃない」


 それはつまり、まだ見ぬヘザーへの配慮も(ほんの少しかもしれないが)あったというわけで。

「いやいや! めっちゃいいヤツだよ、アンタ!」

 感極まった余り、大きな青紫の瞳をきらきらと輝かせて、ヘザーは力強く断言。


 白く華奢な両手を豪快に振り回し、身振り手振り混じりに熱弁する。

「普通はさ、嫌いなヤツがのこのこ危険地帯に突っ込んできても、ほっとくんだって。んで、ひでぇ目に遭ったの見て笑うんだよ。人間って、だいたい根っこがクソだからな」

 そこで呼吸を整えて、更にクライヴへと距離を詰める。

「なのにアンタはわざわざ、オレを追い返そうとした! こんなの、いいヤツしか出来ねぇんだよ! アンタは根っこが善人! うん、オレが保証する!」

 そう一気にまくし立てられ、ぽかん、とクライヴは間抜け面になった。


 ぼんやりしたまま、口を開く。

「ここまで手放しで褒めてくれた人は、母上以来かもしれない」

「お、おお……そっか……」

 予想外の告白に、ヘザーの勢いが沈静化。体もそっと控えめに、後方へ下がった。

 何年ぶりの全力褒めだったのか、詳しく聞くとこっちも呆然としてしまいそうだ。


「……母上って、やっぱ、実のおふくろさんなのか?」

 しかし、好奇心を抑えきれずについ訊いてしまった。これで答えが「YES」なら、彼が褒められたのは二十年ぶりぐらいになるのでは。哀れすぎる。

 幸いなことに、クライヴの首は真横に振られた。


「実母も褒めてくれたが、伯爵夫人もとても優しい方だった。彼女は養子の俺にも、分け隔てなく接して下さるような方で――」

 言葉が途中で途切れ、間抜け面が暗い思案顔になった。


 ヘザーもベンチに座り直して、こてん、と首をかしげる。

「ん? どうした、クライヴさん?」

「……母上の部屋の周りでは、頻繁におかしなものを視たんだ。だから母上が体を壊されても、そいつらに遭うのが怖くて、ろくに見舞いも出来なかった」

「その部屋は、どこにあるんだ?」

「二階の中央にある。代々の伯爵夫人の居室として使われた場所だが、兄上は独り身だから、今は使われていないはずだ」


 これは絶対何かある。ヘザーの野生の勘あるいは、映画オタク魂が断言した。

 腕を組んでしばし黙考の末に、ヘザーは自身の膝を一つ打った。


「よし、そこ行こうぜ」

「何故そうなるんだ」

「遅まきの見舞いってか、墓参り的なのも兼ねてさ、ちょっと様子見てみようぜ。ほら、なんか分かるかもしんねぇし」

「分かったところで、どうするんだ」

 クライヴは暗い表情をますます暗くして、露骨に渋っている。声も、葬儀に参列しているかのような陰鬱さだ。

 まあ、元々葬儀会場や霊安室の似合う面構えではあるのだが。


「なんか分かって、ちょっとでもバケモノの数が減りゃあ、アンタも実家に帰りやすくなるだろ? な?」

 念押しと同時に、さり気なく彼の膝に手を乗せる。

 控えめに膝へ触れながら、上目遣いになってすがるようにクライヴを見つめた。

「なぁ、駄目か?」

「……っ!」


 押し付けがましくない程度のボディタッチ+上目遣いという、高田も生前嫌というほど篭絡ろうらくされた殺人技に、たちまちクライヴも真っ赤になった。案外初心うぶらしい。

 焦りつつ、ためらいつつも、とうとうヘザーのうるうる瞳に堕ち、クライヴは力なくうなずいた。


「少しだけ、様子を見る、程度なら……」

「ぃよっしゃあ!」

 どうやら二十世紀初頭においても、あざとい女は有効のようだ。

 これは絶対覚えておこう、と心に決めるヘザーだった。

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