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15:義弟殿の(特に興味もなかった)半生

「薪割りのお手伝いは、それとして。ヘザー様を、叔父様とはいえ殿方と二人きりにさせるわけにはいきません。わたしもこちらに残りますぅ。」

 労働に関しては折れてくれたティナだったが、この時代の価値観として、そこだけは譲れないらしい。先に屋敷に戻ってもいいよ、と伝えても首を左右に振るだけであった。


 ヘザーとしては仮に襲われたとしても、確実に一矢報いる気満々だ。この手にある得物で。


 そしてクライヴも、こんなヤツと間違いを犯してたまるか、全身から不本意と不機嫌を発散していた。だが

「君の言い分ももっともだな」

と、言葉の上ではティナに同意。不本意ではあっても、この時代の道徳観は優先できるらしい。


 女性に無理強いするのが苦手な性分であるヘザーも特に抗弁せず、小さく嘆息たんそくしてすぐに引き下がった。

「ティナもコレが仕事だもんな……じゃあ悪いけど、コイツ持っててくれねぇか?」

 自分の羽織っていた赤いケープを脱いで、ティナに被せた。

「ほぁっ?」

 彼女は小さく叫んだ。自分では一生縁がなさそうな高級品に触れてもいいものか、とわななく両手が無意味に宙をいている。


「ヘザー様、こ、こ、こちらはっ……あの、わたし」

「こんなの着て動いたら、暑いしさ。汚しそうだし、代わりに着ててくれよ」

 そんな言葉とヘザーの屈託ない可憐な笑顔に加え、ケープから漂うフローラルな香りにたまらず、ティナは陶然とうなずいた。

「は、はぃぃ、大事にお預かりいたしますぅぅ!」

 やっぱり美少女は香りもお美しいのかぁ、と彼女はぼんやり考える。


 キュンキュンときめくティナに、クライヴは呆れたまなざしを投げかける。

 次いでヘザーを見た。

「君はずいぶんと、使用人の心を掴むのが上手いんだな。そうやって、兄上にも取り入ったわけか?」

 一切トゲを隠そうともしない声音に、ヘザーは鼻で笑った。


「けっ。男に媚売る趣味はねぇよ。それにオレ、金持ちって好きじゃねぇし」

 彼女の脳裏によぎったのは、権威主義だった父親の後ろ姿だ。

 医者であるはずなのに、患者よりも金と名声を優先する、典型的なクズ野郎だった。


 父も、自分の――不肖の息子の死に、何か思うところはあったのだろうか。

(ちょっとはガッカリしてくれりゃあ嬉しい、かな。まぁ、んなワケねぇと思うけど)


 ほんのりと暗い表情になった彼女に、クライヴは何か言いたげな視線を寄越したものの、

「……すまない、俺も言い過ぎた。考えれば君は以前にも、養子縁組を辞退しようとしていたな」

そう言って清々すがすがしいまでに堂々と、ヘザーへ頭を下げた。


 年下の、それも孤児である自分に、ボンボンが頭を下げるとは夢にも思わなかった。

 ためにヘザーも、若干どころかドンと引く。


「お、おぉ……アンタって、結構その、素直なんだな。なんかこう、色々お貴族サマらしくないよな」

 もちろん率先して薪割りを行っていることも含めて、だ。

 視界の隅では、ティナも小さくうなずいていた。つまり彼女からしても、こいつの行動は枠にはまっていないらしい。


 クライヴは頭を上げて、不思議そうに目をまたたく。

「そうか?」

「おお。なんてーか、貴族ってか普通。ってかまとも。すげぇ合理的」

 うんうん、とティナも今度は大きくうなずく。この子、段々と遠慮がなくなっている。


「貴族が異常で、非合理の塊のような言い草だな」

 一応はヘザーの発言をくさしているものの、クライヴの声にも顔にも不快感はない。いつもより険のない陰気顔だ。


「合理的なのは、軍にいたからかもな」

「マジでか! アンタ、元軍人だったんだ!」

 ヘザーが、藤色の瞳を無邪気に輝かせた。

 男だったら多くの者が憧れるであろう、戦いの世界で生きて来た猛者が目の前にいるのだ。興奮するよりほかない。


「あ、ああ、数年間従軍しただけだが……」

 まさかここまで食いつかれると思わなかったらしく、クライヴは若干のけぞっている。


 そのまま二人で薪割りをしながら、クライヴの従軍経験を掘り下げる。彼は学校を卒業後にそのまま軍に入り、異国の戦地を飛び回っていたらしい。

「従軍って、すげぇな。ってかお貴族サマでも、そういうの行くんだ?」

「本来貴族とは、そういった局面で矢面に立つべき存在だ。ノブレス・オブリージュの精神だな」

「ノブ……? 千鳥の?」

 長いまつげを揺らして、ヘザーはぱちくりとまばたき。


 聞き慣れない単語に、クライヴはむっつり眉を寄せた。

「何故鳥が出てくる? 財や地位を持っている者には、それ相応の義務が生じるという考え方だ」

「へぇー。つまり金貰った分、命がけで頑張ろうぜ!ってコトだよな?」

「まぁ、ざっくばらんに言えば、そうだな。君も貴族の家に入るのならば、覚えておくように」

「うっす。貴族って大変なんだな……戦場ってやっぱ、ヤバかった?」


 カーン、カーン、と高々と響く音の合間に、会話が続く。

 クライヴは自分の、斧を握る手をじっとにらんだ。

「そうだな、何度か死にかけたな」

「わぉ」

「だが同時に、銃の扱いや格闘術の知識に加えて、命の尊さも改めて学べた。きっと有意義でもあったのだろう」

「あと名誉な」

「え?」


 にんまりほほ笑むヘザーに、クライヴは手を止めた。彼女の無邪気な笑みを、じっと見下ろす。

「男ならやっぱ名誉、大事だろ!」


 ヘザーも手を休めて、こぶしを突き上げつつ天を仰ぐ。

「てめぇの力で戦って生き抜いて、ついでに金も稼げて、最高にカッケェじゃん!」


 かね、とクライヴはぼんやり呟いた。

「なんだ。ロマンチストかと思ったら、君は案外即物的なんだな。元シスターのはずだが、その考えは教義に反しないのか?」

「金持ちは大っ嫌いだけど、貧乏も辛ぇだろ? 人間ほどほどに金持ってねぇと、祈ってる暇もねぇからさ。だからシスター的にも、お銭はマジ大事」

「たしかに。それは言えてるな」


 ヘザーにうなずきながら、クライヴの陰気なしかめっ面が和らいだ。

 お世辞にも笑顔とは呼べないものの、本来なら劇中で一度も拝めず仕舞いの、穏やかな顔だった。

 不意打ちの柔らかなイケメン顔に、ヘザーはガチリ、と固まった。


 急に硬直した彼女に、クライヴは首をかしげる。

「どうしたんだ?」

「いや……別に」

 もごもご答えるも、頬が赤くなるのを止められなかった。視線もどんどん下を向く。


 なんとも年頃の乙女らしい反応に、二人を眺めていたティナは小さく

「あらまぁ」

と感嘆をこぼして、笑うのであった。

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