ドレスの上からフードの付いた赤いケープを羽織って、ヘザーはティナの案内で裏庭に出た。ケープの内側には、ウサギの毛皮が縫い付けられており、非常に暖かい。ちょっと暑苦しいほどだ。
ヘザーは元々働き者で代謝もいいため、貴族令嬢と比べればかなり暑がりである。
「たぶん園丁のどなたかが、薪割りをしているだけだと思いますよぅ? 今朝、一気に冷え込みましたから、薪も足りないと思いますし」
ティナもコートを着込みながら、不思議そうに首をひねっている。ヘザーが、音の出処を見に行きたいと言い出したことが理解できないのだろう。
分かってないなぁ、と言いたげにヘザーの鼻息は荒い。
「だから見に行きてぇんじゃん。働く男ってカッコいいだろ」
「そうですか? あくせくなさっていない、紳士の方が素敵だと思いますけどぉ」
「オレは汗水たらして働いてるオッサンの方が、グッと来るんだよなぁ」
言いつつ、こぶしもグッと握るとティナが笑った。
なにせ現代日本で薪割り風景なんて、まずお目にかかれない。
それに高田は、いわゆる職人技に弱かった。無条件で「かっけぇー!」と、お腹を見せて全面降伏をしてしまうのだ。
全てが整然としている庭園と違い、裏庭は
一応ある程度は開けている、薪小屋周辺の見通しのいいエリアが、裏庭に該当するのだろうか。
そこで台代わりの切り株に、長さ五十センチ弱に切り揃えられた丸太を乗せ、せっせと縦割りにしている男性がいた。決して大振りではなく、最小限の動きで素早く効率的に割っている。手慣れた動きだ。
青いセーターを着た上背のある男は、まさかのクライヴであった。
暑いのかコートを脱ぎ、腕まくりもしている。
傍らには成果物である薪が、積みあがっていた。結構な量である。
足音に気付き、振り向いたクライヴがジト目をわずかに見開く。
「次期伯爵夫人殿が、何の用だ」
が、
本日はちらほら雪が降っているものの、空は晴れていた。
明るい朝日が降り注ぐ中で見る彼の金髪は、赤みがかっているためか、オレンジ色にも見えた。
何度も映画を観ていたのに、初めて知った。その鮮烈さに、しばし目を奪われる。
が、途中でハッとなり、男の髪色にうっとりした事実に
気恥ずかしさと同時に、己への怒りがじわじわにじみ出てくる。
そのため八つ当たり気味につい、ヘザーも意地悪な口調になってしまった。
「伯爵サマの弟サマが、なんだって薪割りなんかしてんだ?」
「園丁が腰をやったらしくてな。屋敷の男手の中では、俺が一番体力がある。やって当然だろう」
貴族の家系に生まれたにも関わらず、なんとも合理的な考えの持ち主だ。
しかしヘザーとしては、好ましく映った。
というわけであっさり、八つ当たりを放棄する。
「そっか。じゃあ手伝うよ、クライヴさん。一人じゃさすがに大変だろ?」
別の切り株に刺さっていた、もう一振りの斧へ手を伸ばす。
ヤンキーという生き物は結構義理堅いというか借りを作りたがらない生き物であり、また年長者だけ働かせることに抵抗もあった。
「いや、女性には――」
無理だ、と彼が止めるよりも早く、ヘザーは難なく斧を引き抜いた。クライヴだけでなく、ティナもギョッとなる。
二人ににんまり笑い返しつつ、ヘザーは軽々と持ちあげた斧で、軽快に丸太を両断。腰の入った、見事な割りっぷりである。
「凄いな」
思わず、といった様子でクライヴが素直に感心する。
「へへっ、体動かすのは好きだからな。それにさっき、アンタが薪割るのも見てたし」
勉強嫌いの高田だが、こういう仕事すなわち金につながる知識や技術を覚えるのは早かった。
そう、彼は現金な性格だったのだ。
ヘザーの言葉にぴくり、とクライヴの左眉が持ちあがった。
「うん? つまり完全なる初心者か?」
「薪割るのは初めてだけど、ハンマーとかバットはもちろん使ったことあるぜ」
なので”何か”を割る動作自体は、なじみが深いのだ。
武器にもなる二つの道具の名前に、クライヴは顔をしかめた。
「『もちろん』の意味が、全くもって分からんのだが。君はシスター、なんだよな?」
「おお、めっちゃシスター」
「本当かよ……」
首筋に手を当て、彼は目を細めた。
一方のティナは、目も口もあんぐり開けて、見事に二等分された丸太を見ていた。
だが、首を振って慌てて我に返る。
「だっ、駄目ですよぅ! ヘザー様はご令嬢なんですから、そんな肉体労働しちゃ!」
「でもさ、特にやることもねぇんだろ? それとも何かあるの?」
肩をすくめてそう尋ねつつ、ダンスやら刺繍やらのレッスンが待ち構えているなら絶対に逃げよう、と密かに誓う。
幸い、ティナはためらいつつ首を振った。
「い、いえ、伯爵様からは、こちらに慣れるまでゆっくりして欲しい、と……」
「だったらいいじゃねぇか。なんか仕事してた方が、オレも気がまぎれるし。みんなバカスカ薪も使えるし、いいコトづくめじゃん。な?」
「でもぉ……」
ティナとて寒いのは嫌だ。
ただでさえ使用人部屋の防寒機能は、伯爵一家のものよりも粗末である。気兼ねなく薪が使えるのは、彼女もありがたい。
「兄上は――どうせ寝室で休まれているから、気付かないとは思うが。君に何か言ってくるようなら、俺の名前を出して構わない。俺から、彼女に手伝いを頼んだと伝えてくれ」
「はっ、はひぃ!」
ティナは少し飛び上がりながら、裏返った声で返事した。
まさかフリーリング家の腫物こと、義弟様自らが憎まれ役を買って出てくれるとは、夢にも思っていなかったらしい。
しかしそれはヘザーも同じだったので、思わずしげしげと、彼の陰気面を見上げる。
横目に彼女を
「どんな仕事でも、早く終わらせるに限る」
「まぁ、そりゃそうだな」
つくづく、金に物を言わせる貴族らしくない。完全に社畜の思考回路だ。