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13:都会っ子とイヌは雪が好き

 ヘザーにあてがわれた部屋のベッドは、女性なら大喜びするであろう天蓋てんがいの付いたフリフリかつ大きな代物だった。

 ビジュアルに対しては「掃除がめんどくさそう」程度の感想しかなかったが、寝心地はなかなかよかった。


 生前使っていたのが、上下スウェットにクロックスを履いた男女が群れていることで有名な、某キホーテの激安布団だった。

 しかもそれをフローリングに直敷き生活だったので、自分がどれだけ寝具をナメていたのか、と今世で思い知る。ややこしいことに、年代的には今世の方が前世ではあるのだが。


 ともかく寝起きの爽快さが、格別に違うのだ。

 眠りに就くまでは、それなりに気も張っていた。なにせここは、敵の住処である。

 いつまた黒い影が現れるか、はたまたポルターガイスト現象等に襲われるのか、とピリピリしていたのに。

 フッカフカに挟まれて横たわっている内に、気が付いたら夜明け前だった。


「マジかよ、熟睡じゃねぇか」

 己の図太さに呆れつつ、ベッドから這い出る。窓は全て、緞帳どんちょうのように分厚い深紅のカーテンに覆われていたので、部屋は薄暗い。

 ベッドに負けないぐらい、フリフリ・ラブリーな夜着に包まれた腕でカーテンをめくり、外をのぞく。


 思わず、歓声を上げてしまった。

「すっげぇ、真っ白じゃん!」

 昨日はうっすら地面を覆う程度だった雪が、辺り一面を白一色に染め上げていたのだ。


 真っ白な世界に、日が昇りつつある紺碧こんぺきの空の対比が、どこか神々しくてとても美しい。

 悪魔の巣窟から眺めていい絶景ではないだろう。きっと。


 高田は生前都会っ子だったので、雪とは無縁の生活を送っていた。

 両親と兄はしばしば、長野県までスキー旅行に行っていたようだが、祖母宅で暮らしていた彼にとっては完全に他人事だ。


 ごくまれに実家に戻り、その際にスキーの話題が出て初めて

「へぇ、留守にしてたんだ。その隙に、オヤジのエロDVDでも探しときゃよかった」

と思う程度のイベントである。


 ちなみに父の好きなジャンルは、家庭教師モノだ。色々と意見の合わない親子であったが、不思議とエロ方面では気が合ったのだ。


 またヘザーの方も、生まれも育ちも伯爵領より南方にある町であり。

 おまけに平地にいたため、雪はそこまで身近な存在ではなかった。冬に若干量は積もるが、それなりに人の多い町での降雪だ。

 人の足や車、あるいは廃れつつある馬車によって、すぐに汚されてしまうのである。

 こんな純白を、味わえるわけがない。


 だから肉体も魂も、双方がはしゃいでいた。

 そのため完全に自制心が吹っ飛び、ヘザーは大きな両開きの窓を全開にして、そこから飛び降りた。

 二階からの身投げだが、危うげなく受け身を取る。そもそも雪がこんもり積もっているので、怪我の心配は少ないだろう。


 そして、まだ誰も触れていない、フカフカの雪を堪能した。

「うはっ、足がめちゃくちゃ沈むな! つめてぇ!」

 はしゃいでいると、上空からギャッと悲鳴が聞こえてきた。


 見上げると、ヘザーが飛び降りた窓から、真っ青な顔をしたティナがこちらを凝視している。

「ヘザー様ぁ! 何なさってるんですかぁー!」

「いや、ほら、オレ、雪に慣れてねぇから、ちょっとはしゃいじゃって」

「ちょっとじゃないですよぅ! ああもう、ほら、お手々も真っ赤じゃないですか!」


 キャンキャン吠えた後、ティナが部屋に引っ込んだ。そしてすぐ、ドアの開閉する音もかすかに聞こえる。

 ギリギリ品位を下げない、競歩選手のような足取りで、ティナも前庭に出て来た。


「もうっ、まだ寝間着のままじゃないですかっ。せめてお着替えなさってくださいよぅ」

「わりぃ、わりぃ」

 全身雪まみれになったヘザーの体を、サッと両手で払って、そのまま屋内に連れ戻す。


「シェリーさんや、メイド長に気付かれなくてよかったです。お二人は、とても厳しいお方ですから……」

「そんなおっかないんだ」

「そうですよ。メイド長に見つかったらヘザー様、しばらくお部屋から外出禁止になりますよぅ?」

「おぉ、それはマジで困る。気を付けるわ」


 帰りも競歩スピードを維持しつつ、足音も出来るだけ控えつつ、どうにか誰にも見つからずに部屋に戻れた。

 どうやらティナは、ヘザーをとっ捕まえに行く前に、暖炉の火を起こしてくれていたらしい。

 赤い火のゆらめきで、室内はほんのり温まりつつあった。


 これはありがたい、とヘザーは冷えた両手を、白い石造りの暖炉にかざす。

 その間、ティナはクローゼットに上半身を突っ込んで、探し物をしている。

「暖かくて、動きやすいドレスをご用意いたしますので。今後は、寝間着でお外に出られるのはご自重じちょうくださいね?」

「ごめんな。つい嬉しくて」


 へへ、とはにかんだ美少女に、振り返ったティナはうっかりキュンとした。

「ほんとにもうっ……ヘザー様は、女たらしでいらっしゃいますよねぇ」

「えー、そうか? オレ、そんなにモテなかったよ?」

「今は大層、おモテでいらっしゃると思いますよぅ」


 どうせなら、男の内にモテたかったなぁ、と詮無せんないことを考えつつ。

 ティナに手伝ってもらいながら、厚手のドレスに着替えた。

 昨日の真っ赤なものとは違い、白いレースで縁取りされたサーモンピンクのドレスだ。襟元には、カメオのブローチもあしらわれている。


 ジブリの映画とかに出て来そうなドレスだな、とそっと布地をつまみあげていると、遠くから何かが聞こえてきた。

 カーン、と硬いものを断ち切るような甲高い音だ。音の震源地は、屋敷の裏手のようだ。

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