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12:ヤンキー令嬢の無限大殺意

 表面上はそれなりに穏やかに、初めての晩餐は無事終了した。

 ヘザーとしては何かアクシデントが起きてくれても、全然構わなかったのだが。

 たとえば急な落雷により、停電するなど。

 ミステリー作品でよく発生する、あの展開だ。


 元々の質がいいのか、伯爵家の優秀な使用人による手入れのおかげか、ナイフもフォークもかなり鋭かった。

 夜闇に紛れてズブリと刺せば、あのヒョロヒョロした体なら容易に暗殺可能だろう。


 ただ願わくば、ヤツが人間ではないという確実な証拠を掴み、周囲に「これは殺害もやむを得ない」と納得させたうえで殺したいところではある。

 ガラが悪い自覚はあるものの、これでも盗み・殺人・放火・薬物・買春とは無縁で頑張って来たのだ。


「不良同士の喧嘩はいいが、それ以上の犯罪はするな」というのが、祖母の教えだった。

 おかげで死ぬまでの間、警察のご厄介になったのは数えるほどだ。ありがとう、おばあちゃん。

 とはいえ、孫を連れて競馬や競艇に行くのは、さすがにどうかと思ったよ。


 しかし祖母も、正当防衛ならば大賛成のはずだ。元々暴力が好きな御方であったし。なにせ趣味は、ホラー映画鑑賞と格闘技観戦だった。

 なので伯爵を説得しよう、悪魔になんとか帰ってもらおう、といった平和的手段を取るつもりは特になかった。


 ティナが準備してくれた、泡まみれの風呂にとっぷり浸かりつつ

「でも悪魔って、どうやって殺せばいいんだ?」

ふと、つぶやいた。

 そして今まで観てきたホラー映画での、人類と悪魔の戦いの模様を思い返す。


(王道なのはたぶん、聖書読むアレだよな。『エクソシスト』にもあったし。でもどこ読めばいいんだアレ? なんか、父と子と母がどうのって言って……ってかアレで退散したトコ、観たことあったかな?)

 だいたいは聖書が効かず、主人公たちはもっと荒々しい手段に打って出るのがセオリーだ。『エクソシスト』の場合は、神父自身の体に乗り移らせて、飛び降り心中している。


(ってかあんな分厚いんだから、直接殴った方が効果あるんじゃ? あ、あと聖水もなんかぶっかけるよな)

 しかし教会などあるはずもないフリーリング邸で、聖水が手に入るとも思えない。もちろんヘザーも所持していない。


(いや、酒の方がいいんじゃね? だって除菌とかするし、悪魔にも絶対効くだろ)

 毒霧よろしく口から噴射して、ついでに火もつければ完璧だろう。

 それでも生きていれば、カラス神父リスペクトで屋根からぶん投げよう。


「ここまですりゃ、少なくとも体はダメだろ。そのままどっか行ってくれりゃ、後はもうオレも関係ねぇし」

 悪魔祓いが本業ではないので、そこまでのアフターフォローは不要だろう。誰に頼まれたわけでもなく、ただ保身のために悪魔を遠ざけたいだけなのだから。


 白いバスタブにもたれ、天井を見上げる。

 ヘザーの自室に備え付けられた浴室は、全面に貼られたタイルも薄いピンク色だ。

 金の猫足がついたバスタブといい、満天の乙女趣味である。


 ヘザー個人としては、野趣やしゅあふれる露天風呂の方が好みであるが。

 日本酒片手に長風呂しようものなら、もう最高だ。


「あー、せめて酒飲んでから死にたかった」

「ヘザー様ぁ、お湯加減はいかがですかぁ?」

 彼女のつぶやきが聞こえたのか、ドア越しにティナが話しかけてきた。

 まさかティナが待機しているとは思ってもみなかったので、ヘザーはちょっと飛び上がる。あやうく、泡風呂の中で尻を滑らせるところだった。


「ティ、ティナ、まだいたのかよっ?」

「ええ、もちろん。だって、ご入浴の後のお手入れが、まだですものぉ」

 湯上りの貴婦人にガウンを着せ、髪をとかしたり肌に何か塗りたくるメイド……なんとなく想像できるシーンだ。

 高慢な女主人にこそ合う絵面であり、ヘザーのような孤児上がりには勿体ない贅沢だろう。


 なので、ティナの気遣いをやんわり拒むことにした。バスタブの縁で頬杖をつき、彼女を説得する。

「そんなの自分で適当にやるからさ、ティナも部屋に戻って休みなよ」

「いえ、ですが……」

「だってオレ、長風呂だぜ? 待ってたらティナの美容に悪いじゃねぇか。今日はもうゆっくり休んでくれよ。オレも、元気なティナの顔見る方が、気分アガるしさ」


 彼女が意固地になって待たないよう、あえておどけた調子で言ってみた。

 白い扉越しに、かすかにだがティナの笑い声が聞こえた。


「ふふっ、ありがとうございます。それではドレッサーに、お体用のクリームや御髪おぐし用の香油、置いていますからねぇ。もちろんお顔にも、化粧水や乳液をお忘れなく」

「おう、ありがと」

「それからタオルとガウンは――」

「この、壁にぶら下がってるヤツだろ? 分かってるよ」

「かしこまりました。それでは、お休みなさいませぇ」

「おお、お休みー」

 ティナに挨拶しつつ、浴槽でグッと体を伸ばす。


 日本の、それも現代の風呂場とは色々と勝手も違うが、広々としたバスタブはありがたかった。

 生前一人暮らしをしていたのは、ユニットバスのあるワンルームだった。浴槽はずいぶんと小さく、三角座りでの入浴待ったなしだった。


 なのでずっとシャワー生活だったため、前言通り長風呂を決め込むことにするヘザーであった。

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