ヘザーの直感は残念ながら、大当たりであった。
自室に案内され、一人になって早々に幽霊と遭遇したのだ。
彼女が案内されたのは二階の南側に位置する、日当たりがよくだだっ広い部屋だった。
日本の首都暮らしだった身としては、この四分の一程度の広さの方が落ち着くのだが……引き取ってもらった手前、そう
部屋の壁紙はごくごく淡いベビーピンクで、絨毯もフラミンゴの羽のような明るい赤色だ。
そして真っ白な家具や調度品――ヘザーの中身も乙女であれば、一目で
しかし現在の中身はアラサーのオッサンであるため、第一印象は
「ソファーまで白いと、信玄餅とか絶対食えねぇな」
であった。これはひどい。
なお劇中でのヘザーは、もちろん部屋の様子に目を輝かせて、ソワソワとあちこちを開けたり閉じたり――クローゼットに入った大量のドレスに目を剥いたりしつつ、これからの生活にめいっぱいの夢や希望を抱いていた。
むしろ部屋に案内されたこの瞬間こそが、彼女の人生のピークだったりするのだが。
そうとは知らずに浮かれる彼女の背後で、壁際の本棚から突然本が飛び出して、次々と床に落ちて行く。
しかし部屋にはヘザー以外に誰もいない。
もちろんヘザーも、本には触れていない。前述の通り、その時はクローゼットの中に夢中だったので、本棚には背を向けていた。近付いてすらいなかったのだ。
結局原因が分からぬまま、彼女は恐怖と怪訝がない交ぜになった表情で、おそるおそる本を拾い上げるのだった。
そして、それが彼女の幸せの
という流れが、本来のものなのだが。
さして熱意もなく室内を見渡していたヘザーには、本棚の前に佇む黒い影がばっちり見えていた。
影の身長や体型から察するに、おそらく女性であろうか。
目を細めて、しばし無言で影を見つめていたヘザーだったが。
一つ息を吸うと、ふかふか絨毯の敷かれた木床を蹴って飛んだ。
猛ダッシュで影に近寄ったヘザーは、腰のひねりを加えながら右腕を振りかぶった。
「オラァッ!」
気合の咆哮に、女?の影がぎくりとのけぞる。
「なんで見えているんだ、なんで殴りかかろうとしてるんだ」
という戸惑いが、聞こえるような挙動である。
しかし
途端、影はパンッと弾けて消えた。
「けっ、ザコが余計なことすんじゃねぇよ」
振り切った腕を戻しながら、ヘザーが
そう。魂も肉体も、どちらも一度死を経験しているためか。
はたまた高田がパイルダーオンしたことで、ヘザーの内に眠っていた才能が目覚めたのか。
真実がどちらかは分からないが、現在の彼女には霊を視る・
この能力にヘザーが気付いたのは、フリーリング邸への道中で立ち寄ったレストランにて、とある出来事に遭遇したため。
そこで一体の幽霊を見かけたのだ。
先ほどの影よりも、もっと形が曖昧な、もやに毛が生えたような程度の存在感の幽霊だった。
それは客席に向かう途中の通路を、うろうろと徘徊していた。
(なんだこれ? オバケか? にしても邪魔だな)
恐怖でも驚きでもなく、シンプルにうっとうしがったヘザーは、躊躇なくそれに触れる。
そして押しのけようと、力を込めた途端に、先ほどと同じく
もやモドキの幽霊が、実際悪霊だったのかは今もって分からない。
なので、悪いことをしたな、と罪悪感を覚えなくもない。
だがこの気付きは、思わぬめっけもんだった。
ヘザーに除霊能力という名の暴力性があるのなら、必死こいて逃げる必要がないかもしれない。
逃げるのではなく、立ち向かえる可能性があるのだ。ひょっとすると、悪魔だって蹴散らせるかもしれない。
そう考えた彼女は、養父に取り憑いている悪魔を追い払おう、と結論付けた。
なにせ暴力は、現在のヘザーの最も得意とする分野である。
あと生コンの取扱いも、結構得意だったりする。
昔というか、生前取った杵柄である。